高麗屋化物屋敷に候えば
どこもかしこもシャッターが降りている商店街が、あちこちに生まれていた。
ここいらも、蕎麦屋や団子屋なんかを残しながらも、半分は店じまいしてしまっていた。
そのくせ、屋台のたこ焼き屋やら焼き鳥屋なんかは、増えている。
なんともバランスが悪いのだ。
老舗の呉服問屋が、とうとう閉まった。
それに引っ張られる様に、隣の履物屋も店を閉じた。
これを見て、商店街の若旦那達が、危機感を覚えたのは、必然だろう。
それまでは、バラバラに行動していたのが、一致団結する事となったのだ。
まあ、呉服問屋にしても、履物屋にしても、後継が公務員や畑違いの飲食業などに行ってしまっていたので、高年齢者では、仕方のない事だった。
後継のいる店が残って行ったのだ。
「何か、アイデア無いか。」
梅チューハイの梅を割り箸で突き回しながら、酒屋の若旦那、前田憲一郎が、黄色い沢庵を睨んでいた。
誰が頼んだろう、今時こんな黄色のを。
「夏祭りも来るしな〜。」
悪気は無いのだが、何処か飄々(ひょうひょう)と、しているラーメン屋の若旦那、森本涼が、その沢庵をボリボリと齧る。
靴屋の若旦那、下平司は、手にしたオシボリで、あちこち拭いてるのは、いつもの癖だ。
八百屋の小山内茂利は、もう真っ赤になっていて、トロンとした眼が眠そうだ。
居酒屋の若旦那、梅田伸は、チョイチョイ接客にまわっていて、席を暖めてもいられない始末だ。
憲一郎は、益々梅を突っつきまわした。
団子屋の東山輝流は、従兄弟の結婚式で欠席してる。
肉屋も服屋も所用だと、欠席してた。
存続してる店でも、後継者難は、顕著に現れていた。
揚げ物屋も豆腐屋も老夫婦二人だった。
寂しい限りではあったが、新しい顔もある。
二軒目の蕎麦屋が新しく開店していた。
ただ、店主は定年退職後の第2の人生とやらで、今ある蕎麦屋よりも、歳上の夫婦者だったのは、何の皮肉だろうか。
新しい店が開くのは有難かったのだが。
一向に、話は弾まなかった。
誰かが何かを言っても、最早使い古されていたので、う〜んとか、だなとか、曖昧な返答が、帰ってくるだけだった。
「ところで、時計屋は来るのか。」
皿をガチャガチャ下げながら、伸が声をかけてきた。
どうやら、ひと息つきそうだ。
「これ下げたら、座れるからさ。」
憲一郎の前の空皿もサッと上に乗せて、厨房に帰って行った。
「時計屋って、若旦那、居たのか。」
茂利が、キョトンとするのも無理は無い。
時計屋のじいさんは、背も高くシャッキリしてはいたが、すでに70を超えていて、ひとり暮らしのはずだったのだ。
「そう言えば、1番下の娘が出戻って来たらしいぞ。
貴子が言ってたからな。」
司の妹、貴子は、中学の教員をしている。
「時計屋の孫が、1年生に転校してきたって言ってたような、そんなような、だ。」
言い終わると、テーブルを又拭き始めた。
「それじゃぁ、中学生の若旦那なのか〜〜。」
茂利が間延びした声で聞き返した時、居酒屋の扉がガラッと開いた。
「いらっしゃい、ませー。」と、勢いのある声で、伸が飛び出して来た。
扉をしっかり閉めてから、深々とお辞儀をして、若旦那の会に来ましたと、声変わりし始めの少年が挨拶をしたのだった。
「はい、はい。
あちらですよ。
あの、お飲み物は。」
伸の問いかけに少し悩みながら、烏龍茶を頼んだ。
若旦那の会の面々が座る座敷に上がる前に、時計屋の本当に若い若旦那が、挨拶をした。
「田端史遊です。
史遊は、歴史の史に遊ぶで、史遊です。
12才の中学1年です。
よろしくお願いします。」
深々と頭を下げた。
「堅いね〜史遊君。
キラキラネームは輝流が居たら、喜ぶよ。
ここらは古くさい名前が多いからさ。
輝き流れるで、テルって読ませてるから、ここから離れたら、誰も読めないだろうって、嘆いていたよ。
さあさあ、座って座って。」
伸はさりげなく、司の横に史遊を座らせた。
そこがこのテーブルで1番きれいだったからだ。
お互い名乗り合い、挨拶を済ませただけなのだが、憲一郎は場が締まったのを感じていた。
決起会ながら、欠席が多くてイライラしていたを、忘れさせてくれる何かがあったのだ。
「さて、来たばかりだろうけど、何処も此処も、商店街は寂れるいっぽうなんだよ。
親達が頑張ってきたのを、俺らの代で潰しそうなんだ。
で、跡取りが集まって、そのだな、活性化のアイデアを出し合おうって、話なんだが。
難しいかな、史遊君には。」
きちんと座っている史遊は、背こそ中学生だが、聡明そうだったので、憲一郎は何処か期待している自分に、驚いていた。
それは、此処に集まった幼馴染の若旦那の会の面々も、感じているようだ。
なんとなく皆、かしこまり出している。
「僕なんかが、口を挟んで良いのでしょうか。
ひと月前に来たばかりなんで、何もわからないんですが。
母が言うには、3歳ごろおじいちゃんの所に遊びに来ていたそうですが。」
「それは、数に入れなくても良いし、時計屋を継ぐなら、立派な若旦那だよ、史遊君。」
さっきまで眠そうだった茂利が、なんかたいそう立派な事を口にしている。
史遊は嬉しそうに見えた。
結局、中学生を居酒屋にいつまでも引き留めておく訳にもいかず、会はお開きになった。
場所を移して、次の土曜日に、再開することになったのだった。
土曜日の集まりは、根本的な問題解決のアイデアも出ず、今年もやってくる、商店街の夏祭りに引きずられてしまったのだった。
去年ウケが良かったので、納涼も込めての幽霊大会に決まった。
「お盆とハロウィンのお化けは被るけど、まあ日本と西洋で棲みわけしてるからな。」
憲一郎の頭には、予算も重くのしかかっていた。
派手に大きくやりたくても、そんな金は何処にも無いのだ。
団子屋の輝流に名前の事で捕まっていた史遊が、手を挙げた。
「おっ、何かな、史遊君。」
律儀に椅子から立ち上がると、史遊の優しい声が響いた。
「はい。
あの、お化け屋敷をやってみたいんですが。」
憲一郎の顔が曇った。
何年か前に、お化け屋敷はやってみたのだ。
今より、商店街が賑やかだったのだが、かなり不評だったのを、覚えていた。
「あれは、余り良い評判がなかった様な。」
靴屋の司が、ボソッとつぶやいた。
「おじいちゃんに聞きました。
昔ながらの人が驚かすお化け屋敷では、集客は望めないって、言ってました。
でも、最近のお化け屋敷、人気あるんです。
カラクリお化け屋敷を、提案します。」
「カラクリって。」
輝流が、となりでポカンと口を開けている。
八百屋の茂利と居酒屋の伸とラーメン屋の涼が失敗したお化け屋敷の事をアレヤコレヤと話し出していた。
騒ついた中で、史遊がいつの間にか、座っていた。
肉屋の小林太一と服屋の中鉢大介も、意見は無いが、不満はあるらしく、姦しい空間の中で、珍しく口を開いていた。
「まてまて。
皆で勝手に話すと、何にもまとまらないだろう。
史遊君、カラクリって、具体的な案があるのかな。
あっ、座ったままで良いよ。」
頷いた史遊が又、口をひらいた。
「最近のお化け屋敷は、機械化されてて、テーマも廃墟の様な古い病院だったりして、かなり怖いと思います。
でも、それじゃあ、子供は無理ですよね。
子供に合わすと、学生や大人が入らなでしょう。
夏祭りなんかで、どちらも惹き付けられれば、常設も、出来ると思うんです。
怖いだけじゃないお化け屋敷は、中々無いと思うんです。
うちのおじいちゃんは時計屋なので、カラクリには、詳しいんです。
さすがにゼンマイを回す物は、人がついていなくちゃいけないので、小さなモーターなんかを使う予定ですが、基本、省エネを心掛けて、作る予定です。
例えば、人がその手で扉を開けたら、その力を、利用するとか、です。
元々、江戸カラクリには、電気なんて使ってませんでしたから、無駄にお金をかけず、古いところと新しいところを混ぜて、作りたいと思っています。
幸い、うちの隣が、丸々2軒、空いていて、あそこなら、かなり大掛かりなカラクリお化け屋敷出来ると思います。
どうでしょうか。」
憲一郎は、史遊の話に、聞き惚れていた自分にビックリしていた。
いつの間にか、勝手なお喋りもおさまっていた。
「時計屋の史遊君、呉服屋と履物屋の建物を使うのは良いけど、家主からの許可は取れるのかな。」
心配症の肉屋の太一が、丸い顔を中央に寄せながら、隣の服屋の大介に突かれて、聞いてきた。
商店街の建物は、その店の店主が持ってる物もあるが、意外と別に大家や地主がいる場合が多いのだ。
店子がいなくなっても、アパートやマンション、駐車場やらで収入のある大家や地主は、商店街の店のシャッターが降りていても、危機感が無く、自分の決めた家賃を払うという店子が現れるまで、そのままにしておく事もある。
干上がりかけた溜池の様な状態になっていても、大家自体が現実的に困るわけではないので、益々シャッター街が増えてしまうのだ。
アーケードで遮られていて、見えてる部分は、まさに表舞台で商店として見せているが、隠れてる建物はバラバラで、自宅兼用だったり、下だけ貸店舗だったりしていた。
アーケードで閉ざされた上部は、アパートだったり、雑居ビルでオフィスやら金融やらスナックなどが入っていたりもする。
地下部分があれば、同じ事がいえた。
特に仕入れた物を並べて売るだけの店では、貸店舗を使っている率が高い。
先日、閉店いした呉服屋と履物屋そんな典型的な店だったのだ。
シャッター街が増えれば、商店街の衰退に繋がるが、大家や地主の立場もあるのし、家賃を下げて店子を入れれば良いと言うわけにもいかない。
それなりに、この地域の『色』があるのだ。
そんな商店街に、借り手が無く塩漬けされた店舗が目立ち始めていた所に、2軒も立て続けに閉店したのだった。
「それは大丈夫です。
偶然、あの二つの建物は、うちのおじいちゃんの持ち物なのです。」
史遊が話を聞きなから、憲一郎は『時計屋はここらの大地主だぞ。』と、親父が言ってたのを薄っすらと思い出した。
「それはそれは。
では、場所は、そこで、と、いう事かな。」
太一の歯切れは悪い。
「まだ、採決してないだろう。
予算とかもさ。」
慌てて、憲一郎が口を挟んだ。
落ち着いてる史遊はそんな事も想定内だったのだろう。
「これはおじいちゃんからの提案なのですが、今回は時計屋協賛で、カラクリお化け屋敷をやらしてもらえないでしょうか。
おじいちゃんも歳なので、永らくお世話になったこの商店街に、何か恩返しをしたいそうなんです。
母と僕がこれからお世話になる事も含めてと、言ってました。」
「じ、じゃ、経費はそっち持ち、って、事かい。」
大介が、前のめりで、聞いてきた。
あいからわずこの2人は、連むし、グチグチうるさい割に、気が小さい。
「貴子が史遊君はしっかりしてるって、言ってたけど、おじいちゃん譲りなんだな。
経費削減できるし、かなりの大掛かりな出し物も出来るなら、任せても良いと思うよ。」
配られてる使い捨てのオシボリで、テーブルを拭きながら、靴屋の司が、まず賛成の意見を言った。
居酒屋の伸もラーメン屋の涼も団子屋の輝流も、異存はなく、アレヨアレヨと、お化け屋敷の話はまとまってしまった。
そこから他の店での、お化け屋敷に乗っかった飾りや新メニューの話になっていった。
予定を1時間もオーバーしていたが、誰も文句は言わなかった。
元々、商店街育ちの若旦那達なのだ。
お祭りや出し物は、大好きだった。
それが、この不景気やら大型商業施設の台頭やらで、やる気も元気もどこかに行ってしまっていただけだから、1度火がつけば、それはそれは、ジャンジャン燃えた。
時計屋の案はそれだけではなく、商店街のそれぞれの店の前に、カラクリ人形を1台づつ置きたいというのだから、凄い事になって来た。
それも時計屋の永年の趣味で作られた物だというのだから、若旦那の会は、蜂の巣に頭を突っ込んだ様な有様になった。
時計屋の腕が確かなのは、周知の事実だったし、そもそも時計自体がカラクリみたいな物だ。
梅雨の雨がジトジトとアーケードの屋根を濡らしていたが、若旦那の会は、カラッと晴れあがったのだった。
普段ボワっとしている司が、シャッターにお化けを描く事を提案してきた。
それなら、閉まってる店も、商店街のお祭りを、無粋な姿で、水を差す事もないだろう。
これには、憲一郎と輝流が奔走して、それぞれの店舗の持ち主から、協力を取りる事になった。
シャッターに絵を描くのは、茂利と貴子の2人だった。
跡継ぎで店を継いでいたが、茂利は漫画家志望だったし、貴子は美術教師だったからだ。
その上、早々と寄付をしてくれた大家もいて、金額もいつもより多く、嬉しい誤算だった。
カラクリお化け屋敷のお披露目会に、思ったよりも多くの商店街の人達が集まった。
普段なら、人通りも少なくなる時間帯なのだが、昼間より多いぐらいだった。
子供達も駆り出されていたが、期待と噂話の尾ひれがついたお化けの事で、変におとなしい。
カラクリお化け屋敷は、外見は呉服屋と履物屋のままで、見た目はどこも怖いところが無かった。
入り口はひとつだが、出口が選べるようになっていた。
もう無理、と、思えば、早々に出る事が出来るのだ。
後ろでニコニコとしている時計屋のじいちゃんと一緒に並んだ史遊が、一生懸命に説明しているのを見るのは、微笑ましかった。
母親の佐和実は、同級生なんかと、立ち話をしている。
先頭で憲一郎と輝流と司が入って行った。
入り口は、履物屋の勝手口で、引き戸を引くと、嫌な音がしたが、中は意外と明るい。
靴のまま、廊下を行くと、視線を感じる。
3人が一様に振り返ったが、特に何のカラクリも無いようだ。
廊下端に、引き戸がある。
右に手をかけたが、ビクリともしない。
反対側を引いてみたが開かない。
そこに、スルスルと開かなかった右側の戸が開いた。
いい歳をした大人3人が、固まっている。
怖い、と、言うより、不思議な気分だった。
「ヒェッ。」
後ろの司が素っ頓狂な声を出した。
勝手に開いた扉に気を持って行かれてたので、憲一郎と輝流の2人も、飛び上がった。
「なんか、触った。
足、足に。」
そこらのお化け屋敷と違って、あまり暗くしていないので、辺りはジックリと見渡せる。
だが、縮み上がった司意外、何の変哲も無い、ただの廊下があるだけだった。
「気のせいだろう。
さ、行くぞ。
こんなところで足止めくってる訳にはいかないだろうが。」
3人は、化かされてる気分で、前に進んだ。
見えないものが、3人を翻弄した。
サッと目の端を走るものもいたが、確かではない。
扉ひとつとっても、開いたり開かなかったり、床も軋んだり、へこんだりしたが、しっかり見ようにも、何の手がかりもないのだ。
その部屋その部屋で、体感温度も違って感ぜられた。
入る時にはあったはずの人の手形の様なものが、その部屋に入った後は、どこにも無かったりもした。
いつの間にか、矢印も無いのに、二階に誘導されていて、外階段の上に出てきた時には、3人ともホッとした。
そこが、1番目の出口にもなっていたのだ。
外階段を下りると、隣の呉服屋のやっぱり勝手口が否応なく眼に入る。
3人は、大人の意地で、勝手口の戸を開けた。
普通の勝手口なのが、不気味に思えるのだから、人の心理状態というのは、面白い。
3人はヘトヘトになって、どうにかこうにかお化け屋敷をクリアした。
最後の出口は、ガラスの引き戸で、外に商店街の人達が待っているのが見えた。
ホッとして、3人は外に出たが、顔は青ざめていた。
それぞれ、違う物を見ていたのだ。
憲一郎は、ガラス戸に映った毛むくじゃらの手。
輝流は、見た事のない変に首の長い女。
司は薄っすらと映った自分の顔に、角が生えてるのを一瞬だけ見ていたのだった。
「どうでしたか。」
史遊の問いかけに、憲一郎はうんと、頷いた。
時計屋のじいさんは、人をからかう事が殊の外うまかったのだろう。
「怖いよりも、不思議だった。
何というか、カラクリとしか、言いようがないけど、面白い趣向なのは、確かだな。」
「いや、暗くないし、急に脅かされたりはしないから、良いんだけど、怖いっちゃ、怖い。
1人だと、無理かもな、全部歩くのは。」
「うんうん。
子供は、最初の出口まででも、結構、怖いかもな。」
3人の感想に、時計屋のじいちゃんも若旦那の史遊も嬉しそうだ。
この後、親同伴で、幼稚園児やら小学生、中学高校と次々と、カラクリお化け屋敷に入って行った。
大人達も、3人4人のグループで、探索した。
結果は、上々だった。
スプラッタな物が無いので、物足りないと思っていた高校生達も、出口まで来ると、スッカリこのお化け屋敷の虜になっていたのだった。
お化けだらけの商店街のお祭りは、大盛況だった。
それぞれの店の前のからくり人形にも、人気が出て、一緒に写真を撮る人が次々と現れた。
特に人気が高かったのは、着物を半分しか着せてなくて、カラクリが横から見える、お茶運び人形だった。
ケース越しに、大人も子供も、その構造に夢中になって、見ていたので、指紋や鼻の脂で、直ぐに汚れてしまうのが、嬉しい誤算だった。
カラクリお化け屋敷の人気も高かった。
長い列が出来、入場時間の書かれた札を発行したりもした。
2日目には、1日の人数制限が必要になり、午後からの人には、明日の券を配る始末だった。
シャッターの上に描かれたお化けの絵も、アニメや漫画を意識して、可愛く描かれていたので、テーマがお化けでも、明るくにぎやかで、子供達に人気だった。
柳の下に幽霊が出なくても、無駄に血や生首が無くても、お化けはテーマとして、有効だったのだ。
商店街の店々もアイデア満載で、お化けの靴ベラを買い物客にプレゼントしたり、団子を包んだフィルムにひとつ目を印刷していたり、ポテトサラダに人参で作った人の手を飾ったりしていた。
八百屋の茂利は、知り合いの農家に頼んで、店の飾りに、デカくなって、黄色くなった胡瓜や、熟れて半分紅いピーマンなんかを飾ったが、売ってくれという客の多さに、呆気に取られる有様だった。
酒屋の憲一郎は、ワンカップに茂利と貴子が書いたお化けの絵を、ラベルにして貼り付けるという、手抜きをしたのだが、子供までが欲しがるので、急遽ハガキ大のポストカードを作って、配るという対処をしたほどだった。
お化けネタは、何故か湯水のごとく、溢れて出てきていた。
それを誰も不思議には、思わなかった。
盛況のうちに、商店街のお祭りは、三日間で幕を閉じた。
カラクリお化け屋敷は、入られなかったり、後から知った人々の要望で、1週間の順延になった。
それから、時計屋が望んだように、週末限定で、お化け屋敷は存続する事になったのだった。
商店街が蘇ってたのは、言うまでもないだろう。
時計屋のおじいちゃんと史遊は、佐和実が入れてくれたお茶で一服していた。
土日と月曜日の振り替え休日が続いたので、やっと一息ついた所だった。
「良かったな、史遊。
これで、ここも活気が出て、商店街としても、まだまだ生き延びるぞ。」
「うん。
せっかく帰って来たし、ね。
前世からの決まり事で、蚩尤の生まれ変わりだなんて、最初はビックリしたけど、仲間達とも暮らしていけるし、おじいちゃんのおかげだよ。」
「それにしても、何百年ぶりで現世に出てきたからは、化け物達の行き場も考えてやらなけりゃな。
昔みたいに、どこでもほって置いては、世の中が混乱するばかりだ。
あれらの住処も、チョッとした悪戯心も、面倒見てやらなくちゃな。」
おじいちゃんは、塩煎餅を手に取ると、バリバリと嚙み砕いた。
「僕、蚩尤を調べたんだけど、天帝への謀反者なんでしょう。
鉄で出来てて、武器を発明して、世の中を乱した、化け物なんだよね。」
佐和実が、洗い物をしながら、ケロケロと笑った。
「それは、あちらの都合で伝承された蚩尤よ。
何にでも、裏と表があるでしょう。
あの働いてる子達、恐ろしいかしらね。」
「ははは、仕方ないさ。
妖怪や化け物は、人とは違うからな。
神だって、罰を当てたり、天変地異で人を困らすだろう。
史遊は蚩尤の生まれ変わりでも、暴れたり、そこらを壊したりしたいかな。」
「ううん、思わない。
みんな、楽しく暮らしたいとは、思うよ。」
「それで良いのよ。」
自分の湯のみ茶碗を持って、佐和実が横に座った。
「それにしても、史遊が覚醒した途端、ワラワラ妖怪が現れた時には、どうしょうかと、思ったわよ。
でも、意外に礼儀正しくて、こちらの意向もちゃんと読み取ってくれたわ。
お父さんが呼んでくれて、本当に助かったわ。
ただ、呉服問屋と草履屋には、こちらの都合で、出て行ってもらったから、少し悪かったかもしれないけど、カラクリお化け屋敷の皆、楽しそうだし、終わりよければ、よね。」
史遊と佐和実にくっついて、ゾロゾロとこの商店街にやって来た、蚩尤の部下の化け物達は、隣の2軒のカラクリお化け屋敷に住み着いて、お化け屋敷の運営に一肌脱いでいたのだ。
人が引っ張った戸を、引っ張り返したり、サッと背中をかすめたり、変な音を出したり、自分らの姿をガラスに写したりして、毎度楽しんでいる。
統制がとれているので、必要以上に人を怖がらせたり、傷つけたりはしない。
転生した蚩尤の元に集まれれば、それで幸せなのだ。
ここに居れば、行き場も大将も無く、無駄にグチグチと、世を怨む事もないのだ。
あちこちの店に、妖気が溢れていて、それが陰陽混ざり合い、何故か活気を蘇らせていたのは、澱んだ溜池に、流れが生じたからかも、しれない。
「そもそも、我が家の血筋は、妖魔の血筋だから、化け物とは縁は切れないからな。
上手く、人間と共存して行くのも、時代の流れだ。
わしもまだまだ元気だから、史遊には、これからの長として、しっかり学んでもらうぞ。」
「うん、頑張るよ。
僕も、みんなと暮らしたいしね。」
「そうよ。
でも、化け物が居るお化け屋敷なんて。
お父さんって、本当、悪知恵が働くわよね。」
「ふん。
今の時代じゃ忘れ去られているが、もともとここは、化け物の棲家だったんじゃ。
わしらが住んだのは、この土地に呼ばれたからなんじゃよ。」
「そうよね。
高麗屋化物屋敷に候えばって、江戸時代の草双紙にあったらしいけど、もう誰も知らない事なのよね、私達以外。」
時計屋の2階の居間の外を何かが、スーッと通り過ぎた。
人の目には映らない何かが。
今は、ここまで。