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 そうだ。俺みたいに鬼退治にこの島に来た人間は他にもいる。俺の様に力自慢な奴らが大半だ。そして、俺の記憶の中では、誰一人鬼を退治して帰って来たものはいない。

 俺の前に鬼退治に出たのは介平(すけひら)さんという男だった。二年程前の話だ。彼は帰って来ていない。


 途端、背筋がひやっとした。

 帰って来ていない。それはどういう意味だ。

 帰って来ていない。帰って来られない。帰る事が出来ない。

 一体、何故? どうして、帰れなかったんだ?


「おい、何勝手に青ざめてんだお前」

「え?」

「お前今勝手に恐怖の鬼物語創ってただろ」


 バレた。どうも顔に出ちまう。恥ずかしい。


「あのな、ここに来て思わなかったか?」

「ん? 何をですか?」

「絶対思ったはずだ。違和感、いや親近感か。改めてよく見てみろよ、周りをよ」


 鬼はそう言って両手を広げる。この空間をしっかり見ろと。

 和の部屋。畳。襖。茶碗。茶。あ、お茶飲も。ずずっ。うまっ。くそうめえ。

 

 ――あ、そうか。そうだそうだ。


「お前らの暮らしと、似てるだろ」


 この鬼っぽくない暮らし。全く同じという訳ではないが、ここにある技術や風景の根本は俺達人間と同じ世界のものだ。肌や目や鼻で感じる同じ感覚。


 こりゃどういうこった。

 おいおいまさか。こりゃ、遣唐使か?

 退治しに来たはずの俺達は、逆に技術を、文化を提供してるってわけか?

 

「混乱してるな」

「見事に」


 訳が分からん。俺は何をしに来た。鬼を倒す腕っぷしを買われたんじゃねえのか。


「俺達はお前らを困らしてもいない。何も被害何て与えていない。俺はお前達の敵なんかじゃないんだ、本当はな」


 出会った直後なら、そんな馬鹿な騙されるかボケと一蹴しただろうが、今は鬼の言葉がずぶずぶと心に入り込んで来る。

 

 彼らは敵ではない。頭ごなしに納得までは出来ないが、俺はそれを受け入れ始めている。


 だがその前に、質問に答えてもらう必要がある。

 俺の中の恐怖の鬼物語の決着がついていないのだ。

 退治する必要がない。だったら帰ってくればいいじゃないか。なのに、退治に出掛けた者達は、島に帰って来ていない。それは何故だ。

 俺はその疑問を口にする。鬼はふっと微笑んだ。

 

「帰る必要がないからだ」


 なんじゃそら。


「ちょっと待ってろ」


 鬼は腰を上げ、部屋にある棚をごそごそと探った。やがてその手に何か棒状のものを握り再び俺の前に座った。


「それは?」

「お前も同じの持ってるじゃねえか」


 鬼は手にしたものをことりと畳の上に置き、俺の腰の辺りを指差した。指の先の線は、俺の短刀に辿り着いた。

 俺は短刀を腰から外す。自分の短刀と、鬼の前の短刀を見比べる。そこで俺の視線はある一点に注がれた。短刀の鞘には紋が彫刻されている。丸の中に四葉の文様。幸福の象徴とされる紋様。


 鬼の短刀と俺の短刀。そこには、同じ紋様が刻まれている。

 どういう事だ。鬼はこれで何を伝えようとしている。


 “お前も同じものを持っている”


 同じもの。

 俺は顔を上げ、鬼の顔を眺めた。相変わらず優顔の鬼がいる。

 ふいに、その顔に妙な親近感を覚えた。

  

 ――……いやいや、待て待て。そんな事あるか。そんな無茶苦茶な話あるか。


「まあな。周りくどいやり方だと思うよ、俺も」


 話が違う。これじゃあまりに違うじゃないか。

 でもそうかと受け入れている部分が既にあるのも事実だ。

 

 鬼の暮らしが、俺達向こうの島と似ている事。

 そして俺は自分を見下ろす。これもそうなんだ。


「俺は帰る必要はない。元々こっちだったんだからな」


 そういう事なんだ。

 俺のこの身体も、彼らと似ている。


「二年前か。俺も驚いたけどよ。鬼なんだよ。俺も、お前も」


 目の前の介平さんが言うなら、そうでしかないんだ。


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