(4)
そうだ。俺みたいに鬼退治にこの島に来た人間は他にもいる。俺の様に力自慢な奴らが大半だ。そして、俺の記憶の中では、誰一人鬼を退治して帰って来たものはいない。
俺の前に鬼退治に出たのは介平さんという男だった。二年程前の話だ。彼は帰って来ていない。
途端、背筋がひやっとした。
帰って来ていない。それはどういう意味だ。
帰って来ていない。帰って来られない。帰る事が出来ない。
一体、何故? どうして、帰れなかったんだ?
「おい、何勝手に青ざめてんだお前」
「え?」
「お前今勝手に恐怖の鬼物語創ってただろ」
バレた。どうも顔に出ちまう。恥ずかしい。
「あのな、ここに来て思わなかったか?」
「ん? 何をですか?」
「絶対思ったはずだ。違和感、いや親近感か。改めてよく見てみろよ、周りをよ」
鬼はそう言って両手を広げる。この空間をしっかり見ろと。
和の部屋。畳。襖。茶碗。茶。あ、お茶飲も。ずずっ。うまっ。くそうめえ。
――あ、そうか。そうだそうだ。
「お前らの暮らしと、似てるだろ」
この鬼っぽくない暮らし。全く同じという訳ではないが、ここにある技術や風景の根本は俺達人間と同じ世界のものだ。肌や目や鼻で感じる同じ感覚。
こりゃどういうこった。
おいおいまさか。こりゃ、遣唐使か?
退治しに来たはずの俺達は、逆に技術を、文化を提供してるってわけか?
「混乱してるな」
「見事に」
訳が分からん。俺は何をしに来た。鬼を倒す腕っぷしを買われたんじゃねえのか。
「俺達はお前らを困らしてもいない。何も被害何て与えていない。俺はお前達の敵なんかじゃないんだ、本当はな」
出会った直後なら、そんな馬鹿な騙されるかボケと一蹴しただろうが、今は鬼の言葉がずぶずぶと心に入り込んで来る。
彼らは敵ではない。頭ごなしに納得までは出来ないが、俺はそれを受け入れ始めている。
だがその前に、質問に答えてもらう必要がある。
俺の中の恐怖の鬼物語の決着がついていないのだ。
退治する必要がない。だったら帰ってくればいいじゃないか。なのに、退治に出掛けた者達は、島に帰って来ていない。それは何故だ。
俺はその疑問を口にする。鬼はふっと微笑んだ。
「帰る必要がないからだ」
なんじゃそら。
「ちょっと待ってろ」
鬼は腰を上げ、部屋にある棚をごそごそと探った。やがてその手に何か棒状のものを握り再び俺の前に座った。
「それは?」
「お前も同じの持ってるじゃねえか」
鬼は手にしたものをことりと畳の上に置き、俺の腰の辺りを指差した。指の先の線は、俺の短刀に辿り着いた。
俺は短刀を腰から外す。自分の短刀と、鬼の前の短刀を見比べる。そこで俺の視線はある一点に注がれた。短刀の鞘には紋が彫刻されている。丸の中に四葉の文様。幸福の象徴とされる紋様。
鬼の短刀と俺の短刀。そこには、同じ紋様が刻まれている。
どういう事だ。鬼はこれで何を伝えようとしている。
“お前も同じものを持っている”
同じもの。
俺は顔を上げ、鬼の顔を眺めた。相変わらず優顔の鬼がいる。
ふいに、その顔に妙な親近感を覚えた。
――……いやいや、待て待て。そんな事あるか。そんな無茶苦茶な話あるか。
「まあな。周りくどいやり方だと思うよ、俺も」
話が違う。これじゃあまりに違うじゃないか。
でもそうかと受け入れている部分が既にあるのも事実だ。
鬼の暮らしが、俺達向こうの島と似ている事。
そして俺は自分を見下ろす。これもそうなんだ。
「俺は帰る必要はない。元々こっちだったんだからな」
そういう事なんだ。
俺のこの身体も、彼らと似ている。
「二年前か。俺も驚いたけどよ。鬼なんだよ。俺も、お前も」
目の前の介平さんが言うなら、そうでしかないんだ。