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「ようこそ、我が島へ」


 鬼は俺の少し前を先導するように歩いている。

 鬼。俺の前を鬼が歩いている。なんだこの光景は。全く想像していなかった事態が今起きている。

 

 腕力では島一番と言われているほどの腕っぷしで、自分でも体力、体格には自信があった。しかしそんな俺よりも鬼の身体は一回り大きい。腰に巻いた布以外の衣類は身に着けておらず、赤味を帯びた肌の色は隆々として逞しい。両こめかみのあたりには黒々とした角がにょきりと生えている。間違いなく人外。紛れもない鬼。


「なかなかいい所だろ」

「そうっすね」


 しかしこの鬼、思いの外に気さくである。


「悪いな。不意打ちみたいになっちまって。あんな所に寝転がってるもんだから」

「ああ、いや。確かにびっくりしましたけど」

「お前、敬語じゃなくていいよ。見た目怖えのは分かるけど、何もする気ねえからよ」

「いやー、でもやっぱ鬼ですし。信用出来ないっつうか」

「お前正直だな。まあ無理もねえけど」


 鬼と共に歩く島内は、自分達のいる島とは違った色味や音に溢れていた。見た事もない植物達や、果実は色鮮やかで、陽気な鳥や動物の声が響き渡る。

 

「あ、こんにちは」


 そして当たり前のように民家から俺に挨拶をかけてくれる鬼達。

 鬼は、一人ではない。ここは島だ。鬼達が住まっている世界だ。

 やべえ。これ全部退治した方がいいのかな。


「おや、また向こうから来たのかい?」


 笑顔の鬼達。

 平和だ。信じがたい程平和な世界だ。

 そこにいるのがただ鬼であるというだけで、全くもって広がっているのは平和でしかない。


「着いたぞ」

「へ?」

「俺ん家」

「ああ」


 鬼であれ人であれ暮らしがあるのは同じだ。衣食住というしきたりは同じように彼らにも流れている。

 目の前の家屋は大きく立派だった。潤った生活の象徴が目の前にあった。


「いいとこですね」

「だろ?」


 素直な感想が漏れ出ていた。

 鬼に連れられ通されたのは人間の暮らしとさして変わりのない畳ばりの部屋だった。


「ちょいと待ってろ。まあくつろいどいてくれ」


 そう言い残し部屋を後にした鬼の背を見送り、俺は畳の上に胡坐をかいた。


 ――俺、何しに来たんだっけ?


 完全に目的を見失っていた。

 そう、鬼退治。鬼退治をしにここに来たのだ。そう仰せつかってきた。

 いや無理だ。無理だわこれは。鬼は一匹ではない。めちゃくちゃいる。

 俺はもう鬼退治をほぼほぼ諦めつつあった。

 今この家にいるあの鬼だけならなんとかなるかもしれない。しかし、彼と共にした時間の間にあった攻撃の機会は見事に全て見逃した。余りにも予想外の平和で温和な島と鬼の空気に圧倒されていたが為だ。


「お待ちどう」


 鬼は両手に持っていた茶碗を目の前に置いた。中には鶯色の液体が注がれていた。


「お茶?」

「お茶だ」


 もてなしが人間と同じじゃねえか。

 茶碗を手にもち、口元に持っていった。が、唇に触れるか触れないかの寸での所で止めた。


「いや、毒とかねえから」

「あ、はい」

 

 ずずっと一口。


「うまっ」


 渋みと深みが効いてやがる。


「さて、と」


 鬼があらたまる。同じように胡坐をかく姿はやはりでかく、一見威圧的にも思えるが、体格と不釣り合いな温和な笑顔と空気が見事にそれを中和している。


「で、どうする?」

「え?」

「退治。するの?」

「まあ、そう言われて来てるんで、そうですかね」

「本気か?」

「本気、でしょうかね」

「そんなブレた本気見た事ねえが」

「いや、なんか……」


 調子が狂う。


「調子狂うってか」


 その通り。


「とりあえずよ」

「はい」

「退治する理由をよ、整理していこうぜ」

「そっすね」


 鬼退治への道が、理論的に開こうとしている。


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