(1)
「では、頼んだぞ清介」
「あ、はい」
「お前に島の命運がかかっておるぞ」
「あ、はい」
「頑張ってね、清介」
「あ、はい」
「お前俺に金借りたままだぞ、清介」
「すまん、今返す」
島人達の声援および借金返済の声を受けながら、俺は浜辺に鎮座した筏をぐっと海の方へ押し込む。ざぷんざぷんと波打つ海の上に筏が乗り上げた感触を確かめながら、筏の上に乗りこむ。
「じゃあ、行ってくるわ」
俺は無愛想に手を振る。手を振りかえす島人達。
俺はさっと背を向け、あいつらに見えるように大げさにため息をついて見せる。
俺は何も納得していない。
納得していないけど、誰かが行かなければならないらしい。
「鬼とか本当に倒せんのかな」
いくら島で一番腕力があるからって、あんまりだ。
「あー。着いた」
どんぶらどんぶら筏を漕いで辿り着いたのはもちろん鬼達がいるという島だ。
しかし、なかなか時間がかかった。握り飯を頬張り簡単な昼食を済ませ、少しばかり居眠りをして気付いたら航路を外れて慌てて修正してとそれなりの困難を乗り越えながら、俺は島に辿り着いた。
出発した時燦々としていた陽は水平線にほとんど隠れ、暗がりの方が強みを帯びている。
「さてと」
目的は鬼退治。だがしかし、もうすっかり俺は疲れていた。今から退治する気力などない。というか、退治するにしてもまずその鬼を探す必要がある。そんな体力はない。
という事で、今日はもう寝る。うん、寝る。
*
「……お」
意識の奥底から地鳴りのように音が響く。何だ。
「……―い」
いや、違う。外だ。これは意識の外の音。声だ。誰かの声がする。
薄目を開けると、光が射し込んできた。
――朝か。
「大丈夫か?」
目が覚めると、はっきりと声が耳に入ってきた。
――誰だ誰だ?
「はい、大丈夫……」
何者かも分からぬまま返した声が、途中で止まった。
――いやいやおいおい。
「あ、ひょっとして、あれか?」
声の主が何かに気付き、少しだけ身を引いた。
探す手間が省けた。だが何もかもが不意打ちすぎるし準備不足だ。今あるのは、島を出る際に渡された腰に付けた短刀のみだ。
「あんた俺の事、退治しにきたんだろ?」
さて、困ったもんだ。
「はい。いいですか、退治して?」
目の前の鬼は、快活に笑った。
「良かねえが、とりあえず起きたらどうだ。」
鬼が俺に手を伸ばした。
自然にその手に捕まり、俺は身を起こした。
そっちから現れるとか不意打ちの極みだ。