右目に映る左目
眠ろうとして目を閉じて暫くたった時、瞼を閉じていても電球の仄かな明かりが強く感じた私だが、かと言って身体を起こし明かりを消すのも億劫だった為、第二の瞼を閉じることにした。
第二の瞼とは、その名の通り人に二つある瞼の内の一つで、強く意識しないと閉じれない瞼である。
まずは第一の瞼を閉じ、第二の瞼を閉じるよう強く念じる。
そうすることによって瞼の外からぼんやりと感じていた光を完全にシャットダウンすることが可能だ。
体感で言えば、第一の瞼は瞬時に閉じることが出来るが、第二の瞼は意識することで少しずつ閉じていく。
第一の瞼を閉じている状態、すなわち暗闇の中に別の色が微かに混じる景色から、上下より徐々に本物の暗闇が覆い、視界を閉じていくような感じで、それを意識的に視認できるような感覚を覚える。
第二の瞼を完全に閉じた時、人は完全な暗闇の中に入るのだ。
さて、第二の瞼を完全に閉じた私だが、この直後不思議なことが起きる。
何も見えない筈の暗闇の中、ちょうど中央より右側に青い眼が見えるではないか。
しかも不思議なことに、この眼は、私の右目でのみ捉えていると感じることが出来る。
両目で見て右側の方に目がある、と言うことではなく、確実に右目だけで見えていると、自分自身で認識できる眼なのだ。
まるで右目だけが誰かの目と見つめあっているような感覚に、恐怖を覚えた私は、自分の目を即座に開き、気のせいだと思い込みながらもう一度目をつむることにした。
しかしその期待も儚く、私の瞼の裏には依然として青い眼が映し出されている。
もう2、3度同じように試してみるも、やはり右目に映る眼は消えない。
仕方がないので諦め、瞼を閉じ、しばらくその眼と見つめあってみることにした。
私の右目と見つめあうと言うことは、右目の正面に見えるこの眼は左目であろうか、などと余り重要ではないことを思念している内に、私の右目の写し出すものに異変が起きる。
右目に見えている青い眼が、突如として移動し始めたではないか。
いや、正確には移動と言うより、駄菓子のラムネを開けた時のキャップのようなずれ方。
そして、その先に見えるのは円筒の中身のような、丸い空洞である。
何故こんなものが瞼を閉じた右目のみで観測出来るのか、右目に映る光景に不安と疑問を抱きながら見続けていると、ふと、あることに気が付いた。
よくよく円筒の奥の方を見ていると、その先にはどこか景色のようなものが見える。
確認できる範囲は円筒の直径分の範囲だけだが、景色の右部分に自販機の下部分が確認できることから、どこかの施設か路上であると推察できる。
色を認識するにそこの景色も夜と考えるのが無難であろう。
正確な時間は計っていないが、おそらく数分程度だろうか、その光景を見つめていた私はふと嫌な予感を感じる。
言葉では言い表せない悪寒のようなもの、これをずっと見ていると何か悪いことが、嫌なことが起きるという非常に強い感覚。
私は恐怖を覚え再度目を開けた。
そして今度こそ、目をつぶる時は通常の暗闇に戻っていることを願って。
しかし、そうした希望的観測を持って再度目を瞑った私の右目に映りこんだものは、円筒の先の景色を覆うようにしてこちらを覗きこんでいる、見知らぬ女性の鬼のような形相だった。
その日、どうやって眠りについたのかは覚えていない。
気付いたら起床のタイマーが部屋に鳴り響き、私は目を覚ました。
そしてそれ以降、脳で夢を見ることはあっても、私が瞼の裏に直接的な何かを感じる不思議な映像を見ることは今のところない。
一体あれは何だったのか。
今はただ、もう二度とあの体験と同じようなことが起きぬよう、怖がりな私は祈り続けるばかりである。