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2015年/短編まとめ

大恋愛なんて、必要ないわ

作者: 文崎 美生

高校三年生、進路とか色々考えることがあるだろうけれど、私も彼も結構のんびりしている。

夏が終わり秋になり、上着を一枚羽織って出掛けないと、と思うくらいの季節。


学生の休日はもっとパワーに満ち溢れている気がするが、私達はそんなこともなく、ダラダラと家の中で過ごす。

本日は学校もない、実に平和な休日の日曜日。


学校にある寮で生活している彼と、学校の近くに部屋を借りて生活している私。

今日は当然私の家にいて、近所のレンタルビデオ屋で借りたDVDを見ている。

特に何もないこの時間が一番平和だし、一番幸せを感じるから好きだ。


「そういや、進路の紙出した?」


「今更な気もするけどね。出したよ」


安っぽい白いソファーに身を沈めた彼に問い掛けられて、私はソファーを背もたれにしてカーペットの上に座り込んだまま、答えた。

手元には、白いソファーとは反対色で買った黒いふかふかのクッション。


高校三年生にもなって、進路希望調査なんて今更な気もするが、先生達は一体何を考えているんだろうか。

ほぼ進路の確定している私達には、あまり関係のない話なのだが、そればかりは疑問だ。


「なんて書いたの?」


「えー?」


会話をしているが、お互いに向けている視線は相手ではなく、テレビの画面。

借りてきたDVDが流れるその画面を見つめる。

テレビの中では、スレ違いによって口論を交わす主人公とヒロイン。

因みに付き合っているらしい。


「そっちはなんて書いたの」


目の前のテーブルに置いてあるマグカップに手を伸ばす。

色違いで彼と買ったマグカップは、私の一人暮らしをしている部屋に置かれていて、彼が来た時の彼専用のものとなっている。

過去に寮で使わないのか聞いたところ、何かあって壊されたら困るとのこと。

意外と寮も寮で大変らしい。


水色のマグカップの持ち手を掴み、すっかり冷めてしまった残り少ないカフェオレを、喉に胃に流し込む。

彼のマグカップは、ピンク色。

普通なら逆だけれど、そうしないのは何故か。

あまり考えたことはないけれど、その方が面白いといったところだ。


「何だと思う?」


「知らん」


「うっそだぁ」


ケタケタと笑う彼。

そんな彼の声で、主人公の台詞がかき消されたが、そんなに感情移入をしているわけでもないので、特に文句を言うつもりもない。

きっとそれは彼も一緒だろう。


話半分で見ているくせに、私はテレビから視線を離さずに「プロ入りでしょう」とちゃんと答えた。

すると彼の笑い声は消えて、変わりに沈黙を埋めるように、ピンク色のマグカップへ手を伸ばす。

視界の隅に映る焼けた逞しい腕は、ひたすらに努力をしていた証だろう。


初めて会った時は、もう少し細くて頼りなかったのになぁ、と思い出す。

経った数年で身長は異常に伸びるし、筋肉は付くし、男女の差って凄い。


「流石」


「でしょう?だから、今日のデザートはケーキね」


こうしたテンポのいい会話は、友達の間でもなかなか出来なかった。

お互いにお互いのことで忙しくて、会えないことの方が多かったのに、どうしてこんなにも心地いいのか。

どうしてこんなにも、リズム良くあれるのか。


ケーキはイチゴのな、と彼が言えば、当たり前、と私。

ちゃんと覚えてくれている好物に、少しだけ口角が上がっていく。

視線の先では、ヒロインが綺麗な涙を流して別れ話をしていた。

そんな話、したことないなぁ。


「で?」


「んー?」


「なんて書いたの」


まだ続いていたらしい。

私的にはさっきので終わっていたのだけれど、彼はそうじゃなかったようだ。

テレビから、カラになったマグカップに視線を移す。


彼もきっと冷めたコーヒーを飲み干したのだろう。

そうして私と同じように、空っぽになったマグカップを持て余しているはずだ。

抱き締めていたクッションが、形を崩していて少しだけ腕の力を緩める。


決まったんだよねぇ、とおちゃらけた口調で。

確か話していなかったはずだから、それ相応の空気を作るべきだろうが、私達の間にそんなものは必要ないだろう。

とろとろと溶けるような休日の午後、もっと焦って日々を過ごせと言われそうな高校三年生秋。


「担当付きの作家」


クッションを横に置いて立ち上がる。

片手には水色のマグカップ。

彼は、ソファーに身を沈めたまま、テレビからゆっくりと私に視線を向けた。


手を出せば、ピンク色のマグカップが差し出されて、私はマグカップを二つ持って、台所へと引っ込む。

一人暮らしではキッチンよりも、台所と表現する方がいいと思う。

勝手な話。


ほぼ確定している私達の進路。

今から飛び出した未来は、正直なところよく分からない。

何が幸せとか、何がいいとか、どうすればいいとか、そういうのはよく分からないし、分かっていてもそうすることが完全なる正解なのか分からない。


鈍色のやかんでお湯を沸かす。

彼はコーヒーでブラック。

私は半分半分のカフェオレ。


「なぁなぁ」


「なぁに?」


「なぁなぁ」


「何ですか」


「なぁってば」


「だから、何ですかって」


コーヒーの粉末とかを出していたら、しつこいくらいに声を掛けられて、勢い良く後ろを振り向いた。

まだソファーに身を沈めて、大して興味もないような目をしてDVDを見ていると思ったが、どうやら違うらしい。

いつの間にか後ろにいて、私を見下ろしていた。


ちょっと驚いて目を見開く。

反射的に足が半歩下がって、備え付けの引き戸にぶつかって痛かった。

でも、彼は顔を歪めた私を心配することもなく、もう一度繰り返し「なぁなぁ」と口を動かす。


「結婚する?」


実に脈絡のない言葉に、息を呑む間もなく私は笑う。

微睡みの休日午後。

心に余裕が持てて、ゆったりとした時間の流れる瞬間が好きで、そんな時間を彼と共有出来るのが好き。


「それは凄く魅力的な誘いだね」


「だろ?」


私と彼は同じ笑顔をして、どこか遠くで聞こえるような、やかんの沸騰した音を無視した。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  息ぴったりです。 [一言] 職業「お嫁さん」も女性からすれば、選択肢に入るのかもしれません。
2015/10/19 22:18 退会済み
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