飢えた狼と太った羊
私は、書き上げた時にこう思いました。
どうしてこんなものを書こうと思ったんだろう、と。
そして、読み返してこうも思いました。
こりゃねぇわ。ひでぇ、と。
詳しいと言えるほどの人物描写はしておりません。
特定の部分についてはちろりと書いていますが、それ以外は書いていません。
皆様のお好きなように想像してお楽しみ頂ければ幸いです。
どうしてこうなったのか……。
心を占める言葉はこればかりだ。
どこにでもあるような、そんな自室の中、暖かく包み込んでくれつつ、もうすぐ冷たい夜の帳が下りてくることを教えてくる、そんな暖かさと冷たさが同居している空間に浮かび上がる、覆いかぶさる影と組み敷かれる影。
この光景を見れば、誰だって手で顔を覆いながらも指の隙間から続きを気にすると思う。
っていうか、私だってそうする――いや、だって、気になるじゃない!
しかも、それの当事者だったりした日には、心臓バックバックものですよ!
ええ、それはもうバックバックしてます。
なんせ、相手が実の妹だからね!
本当に、どうしてこうなったの?!
「お姉ちゃんがいけないんだよ?こっちが必死に気持ちを伝えようとしているのにさ。気付かない上に、私の目の前でそんなに無防備にして……。襲いたくもなるよ」
ならねぇよ……。
普通はならねぇんだよ、妹よ……。
ど、どうしたら……。
そ、そう!
お母さんを引き合いに出そう。
そうすれば躊躇するはず!
「落ち着こう?ね?ね?お母さん悲しむよ?」
私の出した言葉に、一瞬固まる妹。
「そう……だね……。きっと悲しむと思う」
よ、よかった、これで止ま──。
「だからこそ、私は既成事実を作ろうとしているんだよ。お姉ちゃん!」
「だからこそ?!え、なに?お母さんのこと嫌いなの?!」
まさかの事実だよ。
甘えんぼの妹が……。
「大好きだよ?」
そう、大好きだったなん……あるぇ?
「よかった!……じゃなくて、じゃあ、なんで?!」
意味わからないんだけど。
「お姉ちゃんが大好きだからだよ?」
いや、そんなに心底不思議そうに言われても……。
よ、余計に意味がわからなくなってきてしまったよ。
「梨沙のことは私も大好きだよ?だから、どこ?」
と、答えてはみたものの、そんな私の言葉に返ってきた答えといえば。
「そ・う・い・う・こ・と・じゃ・な・く・て!もー!時間がないんだってば!」
だからなにが?!
誰かなんとかしてー!
「ねぇ、更紗」
わ、え、あ、え、な、なに?
妹の声が甘く……っていうか、耳元で名前を囁かないでぇ……。
「私に身を任せてくれたらいいんだよ?そうしたら、良くなってくるから」
私の頬に手を当てながら、私の目をまっすぐに見つめてくる妹の目を見返していると、梨沙の目ってこんなに黒くて神秘的だったんだ、と引き込まれるような気がしてくる。
「そう、それでいいんだよ、更紗」
甘く囁く梨沙の声と私を見つめる漆黒の瞳で、だんだんとなにも考えられなくなってくる。
「そのまま、私だけを見ていればいいから」
唇に触れる暖かく柔らかいなにか、そのまま唇を裂くように侵入してきて、中を蹂躙してくるなにか、頬から下がって来て、胸に触れるなにか。
「……ん……ぁ……んぅ」
この声を出しているのは誰なんだろう……なんて、なんとなくわかっているし、こんなことダメって頭の隅で自分が言っている気がするけれど……気持ちよくて心地よくて、もうどうでもいいかなって思──。
「ただいま〜」
玄関から響いてきたそんなお母さんの声に我に返る。
今、なにをしていた、考えていた……?
「ちっ」
正面から聞こえてくるそんな声に、恐る恐る梨沙を見ると、梨紗もこっちを向いてにこっと笑った後、私の耳元でこう囁いた。
「可愛かったよ、更紗」
「……ぁ」
梨沙が、囁いた後すぐに体を離した時に、私の口から思わず出た声が名残惜しそうで、思わず口を手で押さえる。
またまた、恐る恐る梨沙の方を見ると、にこにこしながらこっちを見ていて、恥ずかしくてそっぽを向く。
「じゃ、そういう事だから。覚悟していてね、お姉ちゃん!」
と、それだけ言い残して部屋から出ていく梨沙。
えー……。
どうしよう……。
まさか、妹が私をそういう対象に見ているとか思うわけ無いじゃん。
しかも、あの様子だと、隙を見せたらヤられるよ……次なんかないよ……。
ふと、窓の外を見ると、すでに夜空が広がっていた。
……あるぇ?
押し倒された時にはまだ夕方だった筈なんだけどなー。
1時間以上、あ、ああいうことをしていたっていうこと?
えぇー……。
リビングルームでの家族揃っての夕食も終わって、梨沙が明日の朝練のために早めに寝ると言って自分の部屋に戻った後、ソファに座ってTVを眺めながら、そういえば、最近やけに梨沙がくっつきたがっていたなぁ、なんて思い出していると、ふと横に慣れた温かみを感じる。
そちらに顔を向けると、案の定見た目詐欺な我らが母親が座っていた。
ううむ、いつ見てももうすぐ40になるとは思えない見た目なんだよね。
どう見たって20代にしか見えない。
「悩んでいるみたいだけれど、どうしたの〜?」
さすが、我が家のぽわぽわ担当、和みます。
ぽわぽわしているからと甘く見る事なかれ、父のいない我が家を支えてきたのはこのお母さんなのです。
しかも、仕事だけでなく自分の子供の事もよく見ているから、悩んでいたりするとすぐにばれる。
そんな頼りになるお母さんだから、いつもなら和みつつ相談するんだけど、今回は無理かなぁ。
なーんて思っていると、お母さんが私の肩に顔を押し付けてくんくんしてい──。
「お母さん?!なにをしているの?!」
慌てて、ソファから離れようとするけれど、そのままソファに押し付けられ、お母さんが私の上に覆いかぶさってくる。
あるぇ?デジャビュ……。
「んもぅ〜。どうして逃げようとするの〜?」
いやいや、自分の母親に匂いを嗅がれたら、誰だって逃げようとするよ。
「匂いを嗅ぐから!なんで匂いを嗅ぐのよ?!」
それを無視して、胸のあたりに顔を押し付けてくんくんするお母さん。
いや、だから何をやっているのさ?!
「ちょっ?!んっ。待って。お母さ……っ……ん、くすぐったいってば!」
そういってばたばたしていると、ようやく顔を上げてくれたお母さんだけれど、その顔にはあきらかに、『私、不満です!』と書いてあった。
「……なにが不満なの?」
顔を上げてはくれたものの、なにも話そうとしないので、仕方がなく聞く。
「更紗ちゃんから、梨沙ちゃんの匂いがする〜」
「あんたは犬か!」
じゃなくて!
バレた?!
「ねぇ、更紗ちゃん?私が帰ってくる前に、梨沙ちゃんとなにがあったの〜?」
やばいやばい。
ど、どうしたらいい?
下の娘が、上の娘に懸想をしています、なんてばれたらいくらお母さんでも引くかもしれない。
「更紗ちゃん。お母さんには話せないことなの〜?」
もし、梨沙がお母さんに嫌われたりなんかしたら、お母さん大好きっ子のあの子が泣いちゃう!
「更紗〜?」
え……?
今、ぞくって!
背中ぞくってした!
「実はね〜。更紗から、発情した雌の匂いもしたんだよ〜?これって、そういうことだよね〜?」
「め……っ?!な、なにを言ってるの?!」
ちょっと、これって梨沙と同じ……。
甘い声の出し方までそっくり……。
「せっかく、私が頑張って防いでいたのに、ちょっと目を離すだけでこれなんだもん。もういいよね?更紗」
親子ですわ。
梨沙、あんたはお母さんの子供だよ……。
「ひぅ!」
耳!耳舐められた!
お母さん、何をしているの?!
私、娘だよ?!
「ほら、こっちを向きなさい」
そう言いつつ、私の頬に手を添えてくる。
何故か、それに抗おうとも思えないで、促されるままに、お母さんと目線を合わせてーーあ、綺麗。
梨紗とは違って、瞳の色は茶色がかっていて、神秘的とは言えないけれど、でも輝いているような、不思議な魅力を含んだ目。
「ふふ。こうして抱き合っていると暖かいでしょう〜?心地いいでしょう〜?」
確かにあったかい。
ヒーターだとか、暖房だとか、そういう暖かさではなくて、心落ち着くような和やかな暖かさ。
「そのままでいいのよ。そうすればもっと良くしてあげるから……」
また、なにも考えられなくなる……。
唇に優しく触れるなにか、私の体の上を蠢くなにか、切なそうに私の名を呼ぶ声。
そのすべてが、なんだかとても愛おしいもののような気がして、とても気持ちが良くて、いつの間にか、私の口から声が漏れ出していることに気が付いたけれど、もういいかなって──。
「お母さんっ!!」
はっ!
梨沙?!
って、まただ!
また流されかけた!
「ちっ」
えぇー……。
そこの反応まで一緒……。
「もう少しだったのに〜」
なにがもう少しだったんでしょうかね?!
「もう少しだったのに、じゃないよ!私のお姉ちゃんになにするのよ!」
いやいや、あんたが言えたことじゃないでしょう……。
って。
「誰もあんたのものになんてなってないからね?!」
さらっとなにを言っているんだこの子!
「そうよ〜。更紗ちゃんは私のなのよ〜」
おいコラ待てや!
「お母さんのものでもないからね?!」
え。
なに、この修羅場。
だいたい、私達は親子と姉妹でしょうに、どこをどう間違えてそういう対象になったの?!
「だいたい!お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ!ほいほいと流されて!」
こっち?!
私、被害者!
確かに、流されてにゃんにゃん手前までイっちゃったけど!
「そもそも!母姉妹でなにをやっているのよ?!どういうことっ?」
と、私が聞いてみると、二人は顔を見合わせた後、呆れたような顔をしてこちらを見てくる。
おい、こういう時は仲がいいんだね……。
「まだ現実を見ようとしないのね〜。だめよ〜。ちゃんと見ないと〜」
「そうだよ、お姉ちゃん。理由なんて答えるまでもないよ」
思わず、頬が引き攣ってしまったのは許して欲しい。
誰だって、こんな状況になれば、頬の一つや二つぐらいは引き攣ると思う。
「っていうことで、これから私達は」「全力で落としにいくから」
「「覚悟していてね、更紗」」
は、ははは……。
神様、私はどうしたらいいんですか……?
窓から覗く月は綺麗な満月で、それは、飢えた狼女達に対する祝福と哀れな羊に対する宣告を表しているような気がした。