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4話 プラチナロード 前編

1



 おかしい夢というのは記憶に残るものである。

 少女はまた同じ夢を見た。それは夢としてはあまりに現実すぎる展開と目の前の幻想的な光景は、いつも夢で見る突飛押しもない展開と異なるものであったからである。


 その夢とは彼女がフェリーの外から水平線の海を眺めており、その風景は茜色の光線によって海は、荒涼たる大地へと変化したのである。

 そしてこの夢には彼女にとって強烈な印象を受けるようそがあり、これこそが起床後にすぐにひらひらとちりゆく夢とは異なるものであった。 


 それは金色の大地と化した海を一頭の馬が駆け抜けてゆくのである。その馬は光り輝いており光線をものともとしないきらびやかな金属の肌を持っていた。その色は白金のような白く淡い希望の光りのようであったのである。

 そしてその馬の後ろには一人の少年が乗っていた。服装は現代の子供を表していると見ていい。

 馬と少年は一体となり何かを目指して走っていた……。


 彼女は朝によって連れ戻された。


 カーテンから覗く日の光によって連日続く奇妙な夢から解放された少女は、瞳にたまった水滴をこすりながら眠気を取り払うことにした。そして少女は近くに置いてある眼鏡を左右の前腕を振り回しながら探し当てた。そして彼女は夢の情景から、部屋の情景を目視することができたのである。

 この彼女こそ小清水日香梨(こしみずひかり)の友達である早乙女明美(さおとめあけみ)である。

明美は再びこの奇妙な夢を見たことを思い出し、


(やっぱりあの夢は不思議だな……)


 と夢の名残であるあくびをしながらリビングに向かうのであった。


2



 鐘明寺(どうめいじ)高校の新入生たちはいつも通りの朝を迎えた。この頃は既に四月の後半であり、迎える桜も既に役目を終えている。

 明美は午前中の授業を受けながらも、延々と夢の真相を突き止めようと思考を張り巡らせていた。しかしまったく解決には至らず、ただ堂々巡りを続けていた。

その思考は勉学すら勝るほどのものであったらしく、


「早乙女さん。次お願いします」

 

 と音読の順番が回ってきたとき、少しの沈黙の後、


「……?」


 うつむいていた顔を教師の前に見上げた。明美は動転しながら、


「ふぇっ……!?……すっすみません……。ど……どこでしょうか?」


 と教師に聞いてしまうほど彼女にとって深刻な問題であった。

 難なく学生生活での難は逃れる事はできたが、このようなよく分からない悩みに翻弄されてしまっては、


(ろくなことにならない……)


 と気落ちするのである。そして、


(日香梨さんは私の悩みを聞いてくれるだろうか……?)


 と頼りにしている日香梨にこのことを伝えようか悩むのである。


3



 昼休みの事である。


 明美は日香梨を図書室に呼び出し、長机の真ん中で対面の形となった。そして彼女は日香梨に連日から続く奇妙な夢についての顛末を語り出したのである。第三者からこの悩みを聞けば大抵の場合、


「ばかばかしい」


 と返答されるのが関の山である。


 なぜ明美は日香梨にこんなばかばかしくも奇妙な悩みを告白するに至ったのか?


 明美は日香梨を、


「自身を助けてくれた王子」


 として信頼していたからである。これはある中学の時のトラブルから救ってくれたことが大きく寄与している。

 前話である〔警察庁広域重要指定223号事件 前編〕の”5”にて、三井陽一(みついよういち)は明美の第一印象として、


「文学少女的な地味な子」


 と印象づけている一文を記述している。彼の大方の予想通り、彼女は本が好きでもあり作品を作りたいという意志をもった女の子であった。

 しかし明美は他の生徒よりも感受性が強すぎたために他の生徒と浮いてしまうことが多々あった。そしてこれが日香梨とのファーストコンタクトでもある。


4



 彼女は自分の作品を読んでもらいたいという願望を持っていた。そのために名は伏すが文学賞に応募して読み手を増やそうという手段を選択したのである。

 毎日彼女は400字詰め原稿用紙に右腕とペンを乗せた。1ページに何度も何度も魂を書き表したために明美の指の先端は炭坑夫(たんこうふ)のごとく黒く変色することがあった。


 それは自身の家のみならず、学校でもその作品を作り続けた。

誰もいない休み時間に何度も何度も。

 しかし物事に必死になって前進する彼女をあざ笑うかのごとき愚か者も現れた。

 

 これが日香梨とのファーストコンタクトである。


「みんなみてみて~。早乙女さんってこんな恥ずかしい文章を書いているよ~」


 と山田(やまだ)という女子がまくし立てる。彼女は鞄の中に隠していた彼女の作品を取り出し、彼女の秘密を皆に暴露させようとしているのだ。

 集まったクラスメイト数名は席にちょこんと座り込んだ明美を取り囲む陣形となった。何も明美に対するいわれはない。


 山田は明美の作品をぺらぺらと捲った。そして声色たかだかに、


「へ~。これつまんないね。」


 自身をもって製作していた自身の物語を否定されることは、そのときの彼女にとって、


「自身の存在を否定される」


 ものであった。

補足をしておくが山田は作品の品評を行えるほどの実力を備えていない”素人”である。彼女は明美の作品ではなく彼女の人格を否定したのだ。


「満月から落ちてきたお姫様を少年が剣と魔法で守り通す……ばっかじゃないの!?」


 とにやけながらイントネーションをつけて明美を見下す発言を行ったのである。そしてその作品を他の生徒に渡したのである。


「……かっ返して!!」


 と明美は恥ずかしさのあまり、サッカーボールを必死に取ろうとする選手のように右往左往するのである。しかし彼女の身体能力は目に見えてよくなかった。動きがのろいため、自身の作品の束を取り戻すことに時間がかかってしまったのである。


 クラスメイトによる作品のパスの途中、ある人物がその作品を受け取った。その人物は誰にもパスすることはなく、じっと作品を眺めたのである。

 これには他のクラスメイトも顔を見合わせた。

 山田も予想外の人物の登場に顔をゆがませた。彼女にとってはおもしろくもない光景がそこにあるのである。


「日香梨!……ちょっと空気よみなさいよ!」


 彼女の本心がはき出された。


「黙ってて!……これ結構おもしろいよ!」


 日香梨は山田の心情を覆す発言をした。

 そのとき明美は、自身が製作した作品を肯定してくれる日香梨に顔を紅葉させた。すこし恥ずかしさとうれしさが入り交じったほのかな赤であった。


 それから日香梨と明美による作品の製作がはじまった。

何度も何度も明美は作品を書きつづけ、日香梨がその作品を読む・・・。そのような作家と編集者のような擬似的な関係がしばらく続いた。


 その過程の中で日香梨は、


「……このお姫様は主人公にこの台詞を入れるのは違うんじゃないかな?」


 と山田とは異なる、


「内容の指摘」


 を行ったのである。日香梨も作品を見極める実力を持っていなかった。しかしながら、人格ではなく、彼女の作品を積極的にアドバイスしてくれる人物は明美にとって心強いものである。


(自分の理解者がここにいる……)


 と恋人のごとき感情を日香梨にむけたのである。炭坑夫の如き手と、天使のような清廉な手が重なり合ったとき、


(あ……)


 と明美は顔を赤くさせたのである。そしてその行動自体が恥ずかしいものであると気づいたとき顔を左右に振り自分を戒めたのである。


(……?)


 幸いなことに日香梨は気づいていなかった。


 そして二人で編み出したこの作品は応募したものの採用はされなかった。明美としては悔しかった。しかし悔しさの涙を日香梨に見せることなく明るく心境を語ったのである。これは別のうれしさを手に入れたためである。


「私が作った作品はみんなに見られることなく終わったのは悔しいけど……。私は作品を理解してくれる日香梨がいてくれたことがすごくうれしい……」


 と日香梨ににこやかに語るのである。

そして改めてお互いの自己紹介をして交友関係が今に至るのである。


5



 日香梨は図書室にて明美の夢の内容を聞いた後、


「それは不思議な夢ね……」


 と表情を変えずに明美に話したのである。そして明美にその情景の確認をした。


「明美っ!?その夢はどこまで覚えているの?何か特徴的な建物とかなかった!?」


 と興味津々に明美に尋ねた。明美にとって日香梨が嬉々としてこの相談事に食いつくとは思ってはいなかった。明美は一瞬頭の中が真っ白になったのである。

 明美は記憶の中からある特徴的なものはないか確認した。彼女としてはなんとしてもこの不思議な現象を終わらせたかったのだ。


(なにかあったかな……)


 と彼女自らの迷宮を探し回ったのである。そして、


「そういえば……船が進む先に大きな赤い橋が二つ重なっていたような……? ……あとその日を確認したら4月○日の土曜日だったと思う」


 と日香梨に話したのである。日時は確かであってもこの橋の名称と場所を知らない。もしかしたら多くの夢と同じように、架空の場所である可能性が高いものであった。

 日香梨は少し考え込んだ。明美の前で少し目をつむりながら黙り込んだのである。少し思案の後、


「……時間がかかるかもしれないけど、ちょっと待っててね!!」


 とにこやかに明美に語り後にするのである。



 そしていつの間にか放課後となった。

六時間目の授業終了のチャイムを聞いて数分たった頃であろうか。突然日香梨は明美のいるクラスに入ってきたのである。明美がみた日香梨の表情は自信に満ちた朗らかな表情であった。


「明美!!私その場所見つけちゃったみたい!!一緒に来て!!」


 日香梨は左手で明美の右の手のひらをぎゅっと握ると、駆け足で明美とともに図書室に向かった。その躍動(やくどう)は急であったため、明美はその運動についていけず上下にくらくらと揺さぶられるのであった。

 しかしながら明美は走りながらうれしさの感情を(あふ)れ出していたのだ。それは急に走らされたことによるとまどいの中にうれしさや恥ずかしさを含んだ表情や肌の色が含まれていたからである。


明美の漏れ出した感情を完全に見たのは、たまたま廊下を歩いていた心乃枝官九郎(ここのえかんくろう)のみであった。しかし官九郎は、


(……?)


 と振り返るだけであり明美の表情の真意に気づくことはなかった。



図書館に連れて行かれた明美は息を切らしながらも、


「日香梨さん……一体なにが分かったの!?」


 と尋ねた。運動音痴な文学少女はちょっとした短距離走でもきついものであった。そのためか普段よりもしゃべりがぎこちなくかつとぎれとぎれのものであった。

 日香梨は嬉々としながら、


音戸大橋(おんどおおはし)……。明美の言ってたやつは音戸大橋なのよ!!」


 と明美に高い声色で語った。彼女は明美と一緒に走ったにかかわらず全く疲れの様相を見せていない。

 明美としては一瞬何を話しているのか理解できなかった。日香梨が話している内容が自信の夢に出てきたそれの事を指しているのかと理解すると、


「まさか夢の場所が……わかったの!?」


 と驚きと疲れの含んだ返答であった。


 音戸大橋とは倉橋島と呉市を結ぶ橋の名称であり、2014年現在音戸大橋、第二音戸大橋、第三音戸大橋が施工されている。目視からの特徴として架橋の色が(しゅ)に染められており、松山(まつやま)から(くれ)に向かうフェリーの場合前方に二つの赤い橋を見渡すことが可能である。音戸大橋の施工の目的としては1000トン級船舶の航行かつ倉橋島と呉市の移動であり、そのためにループ線と呼ばれる道路によって高低差のリスクを回避している。両者とも構造が異なっており音戸大橋はランガー橋、第二音戸大橋はアーチ橋の構造である。


 そして日香梨は明美に、


「どっちが手前に見えた!?」


 と質問した。これは見えたものによって、夢の場所がはっきりと分かるものである。

 明美は隣接するコロシアムのような建物を思い出し、そのことを日香梨に伝えた。すなわち彼女の手前にみえたのはランガー橋の構造である音戸大橋であるといえる。


「どうやらその夢は、松山の港からその橋に向かうまでありそうね……」


 日香梨は右手で口元を覆い隠す。彼女は視線を明美の方向ではなく上に向け沈黙した。

 明美は日香梨が考えるときいつもこのような動作をする事を知っていた。彼女はそのことを察知してか、日香梨が何か言葉を発するまで黙ることにしたのだ。

 そして日香梨は突然笑顔になり、


 「三日後はその夢の日よね!?」


 と明美に聞いた。何のことを言っているのか明美は一瞬分からなかったが、これから起こるであろうイベントを理解したのであった。

 明美の表情は漫画や戯曲(ぎきょく)の登場人物での、


「まさか……?」


 という表現を日香梨の目の前で実践して見せたのである。


「明日明美と一緒に松山にいこうよ!!」


 とにこやかに明美に語ったのである。


(フットワークが軽すぎるよ……)


 と明美は日香梨の中学からの性格を知っていた。少し明美の口元からため息が出た。


(でももしこの変な夢が解放されるのなら……)


 と明美は淡い希望を抱いていた。



 夢と同じ日となった。

 いつも通りならば、明美はカーテンの間から指す朝の光によって起こされる筈であった。しかし何者かが外から明美を呼ぶ声がした。


「明美~!!起きて!!」


 と叫ぶ声がした。


「……っ!?」


 急に明美は布団から状態を起こした。突然の出来事であるため、パニック状態となり眼鏡を探そうとした際、ベッドから身体が転げ落ちた。そして明美の額に衝撃が走ったため、


「いたっ」


 と誰もいない一室にて呟いたのである。しかし痛みなどお構いなしに身支度(みじたく)に取りかかったのである。

 明美は数分間何とか身の支度が整えた上で玄関から出た。明美は自宅であるのにかかわらず、少し息を切らしており、その額は少し赤みを帯びていた。


「まだ日も出ていないのに早すぎるよ~」


 と明美は日香梨にたいして不満を述べた。


「いいのいいの。早いほうが時間にゆとりが持てるよ!!」


 と彼女は自信満々に明美に返答した。その表情はこれからおこる出来事を楽しみにしている表情であった。胸を突き出したその体勢はよっぽど明美の話題がよほど興味深いものであったといえる。

 そして日香梨はにこやかに明美の前で左手を差し出し、


「さぁ、いきましょうか。お姫様……」


 彼女なりのふざけた言い方をした。明美は空気を読み片手で日香梨の手を掴んだ。

 明美の肌は紅潮(こうちょう)した。

リンゴのようにふんわりと--。

今度は全体となったのである。


(なんだかおもいやられるなぁ……)


 彼女は先ゆく不安を募らせながら日香梨と一緒に歩いてゆく。早い時間の為通る道のりには誰も人はいなかった。強いて挙げるとするならば、対向車線に救急車と乗用車一台ずつが通りすぎていくのみであった。


 この時間は二人だけの時間である。

 明美は楽しそうに歩いている日香梨の横顔を眺めながら、


(大丈夫……なんとかなるかもしれない)


 と先程の不安を和らげたのである。


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