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1話 異質な高校生 後編

7


 放課後から一時間後のことである。

 引き続きの尋問によって官九郎は自らの無実を繰り返し教職員に証明しては否定されの繰り返しであった。官九郎はなんともならないショックによってすべての怒号が耳に入らないほど上の空であった。幸いなことに出張から帰ってきた一組の担任は尋問を受ける官九郎の発言や表情などから一貫して、


(嘘をついていない……)


 と直感で判断し、他の怒り狂う教員に対して今すぐ彼を開放するように提案した。しかしながら他の教職員は官九郎が犯人だという意見が多かったものの、


「てめえらは被害者側の証言だけで一方的に犯人と決めつける能なしの社会人か!」


 と一喝し官九郎の開放を決定させた。

 かくして官九郎は尋問から開放され担任から、


「明日は休め」


 と彼の心情をいたわる発言をしたが、官九郎はまるで幽鬼の如くとぼとぼと学舎を後にするのであった。


 その後別の個室での出来事である。

 官九郎の事情を知っていた陽一と日香梨の二人は、たまたま出会った一組の担任に官九郎のアリバイを伝えた。他の教職員は官九郎のアリバイを取り扱ってくれなかった為、担任が理解を示してくれた時は、


(ほっと……)


 したのである。しかしながら担任は、


「心乃枝の風当たりは悪い。今回は俺が何とか食い止めたが……、もしあいつが問題を起こしたらあいつは学校をやめざるを得ないことになる……」


 と抑揚なく語った。会話の一言にため息と倦怠感を含んでいる。


「心乃枝がこんな事起こす奴がいるとは思いにくいんだがな…。どうにも奴はやってないんだが証拠がな……」


 と続けて、


「教員の多くは被害者側の心情に立って心乃枝を決めつけている。あまり断言をしたくないが犯人は別のやつなんじゃないかと思っているがね……。証拠がないし、俺が被害者に尋問しても下手すればクビも飛ぶしな……」


 先程の行動とは打って変わって弱気になった。


「「先生……」」


 タイミングはずれたものの二人は担任に対しての心情を伺わせる発言であった。

 担任は目の前の三井と小清水の姿勢は異なってはいたものの、官九郎の無実を証明せんとする気迫を感じる事ができた。


「……。もし出来るならアイツを他の奴から守ってくれないか?無実の罪で退学されるのは教師として責任があるからな…。」


 担任との会話の後、二人は払いきれない鬱屈した気分のまま下校した。理解してくれる人物がいたが、事態の収束にはつながらないことは明白であり、ただ周囲の動きを抑えるという役割でしかなかった。それでもそのような存在はありがたいのだが。


 二人の帰り道も半ばである。突然日香梨は立ち止まり陽一の方に顔を向けたのである。その表情はこれからリスクを背負うような気迫であった。


「私は明日他のクラスメイトに心乃枝君の無実を証明します」


「ん……?」


 突然のことであった。陽一は目が丸くなった。


「もし私があの人達にいじめを受けそうになったら陽一くん。官九郎くんと私を守ってください」


 リスクを覚悟の上での発言であった。官九郎の無実を証明してくれる心遣いに陽一は、


「わかった。その時は俺が二人を守るよ」


 とにこやかに返し、


「小清水さんは俺達の証言を広めてくれ。俺は俺で別の事をやってくる」


 少し彼女の目が開かれた。日香梨は少し疑問となり、


「一体何をするんですか?」


「証拠を集めと犯人探しさ」


 と陽一は自信満々に答え、二人は帰路についた。



8


 月曜日となった。


 校内の桜はすべて役目を終え、青々とした新緑をのぞかせていた。しかしながら冬のそよ風とウグイスの鳴き声はいまだに止む気配はなかった。


 官九郎の地獄の週から早数日。官九郎は自分自身の精神的苦痛から逃れるために引きこもろうかと考えたが、病室にいる妹の事を考えると、


(申し訳が立たない……)


 となるので結局家からでるのであった。ここ数日間の官九郎の行動は気分転換として商店街に行ったことと、病院にて妹の見舞いに行くだけであった。


 官九郎としては気分がよくなかった。もし教室に行ったとしても自分はまたクラスメイトから謂れのない糾弾を受けるという悲観的なビジョンが見えていたからだ。


 官九郎は教室につき自分の席についた後一息深呼吸をついた。そして官九郎は、


(来るなら来い……)


 と覚悟で顔をクラスメイトに向けた。

 官九郎は違和感をもった。クラスメイトの官九郎に向ける表情は憎しみではなく、哀れみを感じたものであったためだ。同じクラスメイトである武田、石水、横井といった男子数名が官九郎の正面に立ち、


「「「心乃枝を疑ってごめん!」」」


 と官九郎の目の前で謝罪を行ったのである。

 続けて、他の男女グループが官九郎に謝罪をしてきたのである。官九郎としては、


「訳のわからない」


 現象が起こったのである。

 

 こればっかりは、官九郎はこの状況に対して思考がしばらく停止してしまった。思考が停止した官九郎は目が点になり、まるで計器の針のように振動したのである。

 今の状況をやっと理解した官九郎は、


「いったい何が起こったの?」


 と聞いて見ると……。


「犯人は三宅、上島、広瀬のグループで、官九郎に罪をなすりつけようとしていたんだ。」


「それを俺たちは官九郎がやったことだと決めつけて…ほんとにごめん!!!」


 自分の無実が皆に知ってもらったことは官九郎にとってありがたいことであった。しかし自分の知らないところで真犯人が暴かれた事が不思議であった。その時官九郎は、


「犯人のグループはどうなったの?」


 と当事者の行方が知りたいため目の前の武田に質問した。

 武田は少しあたりを見回した後、


「実は、上島は退学になったんだ」


「退学って……?」


 あまりの展開によって官九郎は武田の話を途中で遮ってしまった。たった数日で退学となるほど彼は一体何が起こったのか?彼女に対する性的暴行の件もそうだが、他になにかやらかしたのではないかと官九郎は考えつつ、クラスメイトからの説明をじっくりと聞いていた。


 後でわかったことではあるが、明雅はどうやら万引きの実行犯で補導された後、性的暴行のダブルコンボによって学問の道を閉ざされたということがわかった。


 不思議な事に三宅と広瀬は注意勧告だけで済んだのである。この一件について二人共、


「明雅に脅されて参加せざるをえなかった」


 と涙ながらに教職員に説明した為、温情措置として厳重注意で済んだのである。


 簡単にいえば全責任を明雅に押し付けた形となった。いわゆる蜥蜴の尻尾切りとも呼べるこの行為は二人の人格を表すものであった。責任を押し付けられた人物としては悲嘆にくれるか、怒り狂う事の二つに分けられると思われる。


 明雅は後者であった。いきなり二人に全責任を押し付けられた明雅はしばしの沈黙の後、二人に襲いかかった。しかし教職員に現行犯で取り押さえられたため退学という処罰を受けるに至ったのである。


 そして三宅は平然として授業を受けている。世の中は理不尽であると官九郎は三宅の後ろ姿を眺めながら思うのであった。


 彼女にも罰はあった。事情を知った一組のクラスメイトから村八分を受けたのだが、すぐに別のクラスの女子のコミュニティに移動したのである。そして腰巾着である広瀬は、明雅に全責任を押し付けた挙句、


「三宅に脅されて参加させられた」


 と更に裏切る発言をしたのである。ここまで面の皮が厚いとある意味すごい人物である。


「誰が俺の無実を証明したのか…?」


 という疑問については晴れることはなく放課後となった。



9


 官九郎はいつもどおり妹のいる病院に向かうことにした。夕方のそよ風は官九郎の絶望の心を洗い流した。しかし誰が自分の無実を証明したのか思いつかなかったのである。


「おーい。心乃枝君」


 と聞き覚えのない声が聞こえた。振り返ると、


(あっ……。三井だ……)


 と陽一は小走りで官九郎のそばに追いついた。陽一は、


「一緒に帰ろうぜ」


 と話しかけられた。官九郎は三井に対して、


(明雅と同じようにだまそうとしているのか?)


 と不安になりながらも、


「いいよ」


 と相槌をうち、二人で中学時代の話を続けながら移動した。


 河原にさしあたったところである。二人は会話を続けている途中なにか草が動く音が聞こえた。官九郎は何事かと思い当たりを見回したが、どこにも見当たらなかった。しかし官九郎は陽一の目が冷徹なものとなっていることに気がついた。


 草むらから、数人のアウトローと三宅が二人の前に姿を表した。そして官九郎は前に目撃した両腕タトゥーの凶悪な男性と再会したのである。


「てめえら、よくも妹を侮辱してくれたな」


「アンタのせいで私はクラスから孤立しちゃったじゃないの。どう説明をしてくれんのよタコ」


 まるで自分達は被害者であるかのような言い分である。官九郎は勇気を振り絞って、


「俺に罪をなすりつけたのによくそんなひどいことが言えるな」


 と低いトーンで返答した。


「うっせえ。お前らどう落とし前つけんの?金払ってもゆるさねーから」


(お前ら……?三井は何も関係ないんじゃ……)


 と官九郎は疑問となり、目の前の人物に質問した。


「三井君は今回の件とは全く関係がないじゃないか!」


 男は眉間にシワを寄せながら、


「お前誰にそんな口きいてんだこのヤロー。このクソ坊主はアキちゃんを一発でKOしちまったんだよ」


「……?」


 突然の情報である。陽一が官九郎を守っていたというのは意外であった。

 三宅は官九郎と三井に上目遣いで、


「本来ならアンタが万引き犯で捕まる予定だったのに、こいつのせいで邪魔されたのよ」


 陽一は三宅に対して、


「上島を本屋に待ち伏せさせて、通りがかった心乃枝に万引き犯として捕まえさせようとしていたんだろ。悪いがてめえらの企みを邪魔してやったぜ」


 得意そうな笑みで返した。

 官九郎は明雅が万引き犯で捕まったことを思い出した。数日間の間彼は商店街を通っていたことを思い出した。


 三宅達の計画としては、まず官九郎が毎日通る道を決めておくことから始まっていた。そして近くにある本屋に明雅を待機させておくことでの官九郎を闇討ちできる状態となる。そして当日。明雅は官九郎を犯人に仕立て上げるため本屋で万引きを行い、歩いていた官九郎のカバンに万引きした商品を入れておくことによって万引きの罪をなすりつけるといった方法であった。


 明雅の万引きまでは順調であった。そして明雅が官九郎に駆け寄っている途中待ち伏せされていた陽一によって、


「あ……」


 と少し声をもらした瞬間、顎に小さな衝撃が走った。そしてものの数秒とも立たぬうちに明雅は気絶したのである。


「もういいだろエリカ。こいつら殺しちまってもいい?」


「お兄ちゃん。もう存分にやっちゃって。もう学校にいけなくなるくらいにね」


 と自信満々に語っていた。官九郎は目の前の凶悪な人物が三宅の兄であることを知った。それと同時に喧嘩が強い人物だと怖気づいた。


「三井君。もう俺達はだめだ」


 と弱々しく答えた。


「まあ見てな。すぐに終わるから」


 と冷静に答えた。官九郎は彼がこのような状況に既に慣れているような発言だと感じた。


 そして――。


 三宅と官九郎は目の前の光景に目が点となっていた。三宅の兄を筆頭とした集団はものの数分で動かなくなったのである。


 陽一は他の集団の攻撃を流れるようにスルリとかわし、関節技で相手をフォールさせたかと思うと、次に殴りつけてきた相手の左腕を陽一はバットのように持ち他の集団に対して鈍器のように殴りつけたのである。


 これには三宅の兄も平常心を保てない呼吸となった。自分の配下のものが自分よりも年下の人物に軽く蹴散らされる光景など見たことがなかったからである。目の前の異常な光景に太ももが少し小刻みに揺れたのである。なんとか威厳を取り戻そうと三宅の兄は咆哮をあげ三井に襲いかかった。


「うげっ……」


 突然三宅の兄の喉に衝撃が走った。陽一は他のメンバーから奪い取った靴を右手にもち兄の喉めがけて投げつけたのである。これには三宅の兄は悶え嘔吐しまともに立てない状態となってしまった。彼の近くに陽一が来たかとおもうとチョップによって後頭部を叩かれそのまま気絶してしまった。


 三宅はまさか自分の兄がこうも簡単にやられると思ってもいなかった。唯一のアドバンテージを失った彼女は今までの威勢とはことなり弱々しくなってしまった。女の子座りとも呼べる姿勢でへなへなと腰をアスファルトにつけたのである。


「け……警察に訴えてやる……。お前をた……退学させてやる……」


 完全に怯えきった様子で、なおも三井を脅しつけた。しかし陽一の表情は何一つとして変わることがなかった。陽一は自分のカバンから何かを取り出したかとおもうとそれを三宅の目の前で見せた。


 三宅は更に衝撃を受けた。今までの自分達グループの悪行の証拠が写真として残されていたからである。

ざっと数えること二十枚。これを警察か学校に提出すれば間違いなく退学となる。


「別にいいけどこの証拠も一緒に提出させてもらう」


 陽一は前かがみになりながらドスの聞いた声と恐ろしい眼光で三宅の顔に近づいた。


「わかっているだろう?無実の罪で人を奈落の底に陥れようとするなら、アンタも同じ土台に立ってもらわないとな。俺はそれをしたまでさ……」


 三宅の瞳から涙が溢れでた。完全に戦意喪失した彼女の最後の防衛手段である。陽一は証拠をカバンの中に仕舞いこむとその場を離れた。


 官九郎は三井を顔を向ける事が怖くなった。しかしある疑問だけ官九郎は聞かざるを得なかった。官九郎は三井の背後から、


「三井君。どうして俺の事を助けてくれたんだ?」

 

 と質問した。三井は、


「俺は誰も官九郎の証言を聞こうともしない連中に腹がたっただけだ」


 しばしの間の後、


「まあ俺はあの時間官九郎が病院に行ってるところを目撃してたんだけどね」


 と陽一は官九郎の方に振り向き、


「そういう人を助けないといけない…。俺の悪い癖だけどね」


 とにこやかに答えた。官九郎は少し立ち止まった。


 官九郎は三井陽一という人間は通常の人生を送っていないとなんとなくではあるが感じたのである。恐ろしい風貌とは裏腹に自分本位に他人を傷つける人物ではなかった。官九郎は陽一という不思議な存在をもっと知りたいと思い後ろ姿の陽一を追いかけていった――。


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