1話 異質な高校生 中編
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この日を境に心乃枝官九郎は理不尽な出来事に巻き込まれる立場となってしまった。彼が理不尽の深淵にたどり着く日は木曜日ではあり火曜日から三日間の期間があった。火曜日からの三日間心乃枝官九郎は、暴虐の萌芽達による訓練されたチームプレイによって煉獄の落とし穴にはまってしまう。
そして恐ろしいことにもう一つの地獄からの存在は、この暴虐の萌芽達を刈り取ろうとせんと洗練された狩人の瞳で地獄の淵に追い詰めていた。
火曜日のことである。一時間目の休憩時間に女子グループを交えた会話を行った。これが三宅とのファーストコンタクトであり、地獄の入り口であった。
「心乃枝君ってイケメンだね」
「そうそう。整った顔立ちだから何か芸能事務所に入っているアイドルなのかと思っちゃった」
「別になにもやってないよ」
「モデルとかの仕事とかやってんの?」
「モデルとかも特に…。僕ってそんなにアイドルとかモデルとかやってそうな顔なのかな?全然そんな風に思ったことはないけど…」
「メアド交換しない?」
「今度カラオケにでも行こうよ」
「うーん。やっぱり他の男子も連れて行こうよ。そのほうが楽しいからさ」
「心乃枝君って顔もそうだけど心もイケメンだね!」
「いやいや、全然イケメンなんて思ってないよ。なんかこう女子から僕を褒めてくれるのは初めてだからなんて返せばいいやら困っちゃうな…」
身振り手振りのジェスチャーを行いながら官九郎は、異性からの自身の容姿を褒め称える内容に対して謙虚に返答していた。しかしながら官九郎の表情は異性からの黄色い声に対する耐性を持っていないためか口元からはニヤケが、声からは裏声で返答しているのがクラスの第三者に用意に見分けられるものであった。
この光景は他の男子諸君は官九郎に対する、
「嫉妬」
の種を発芽させる環境を整えるには絶好の機会であった。筆者としてもこの光景を見てしまったら心の中に嫉妬が芽生えてしまう程うらやましい光景であった。ただ器量の小さいことではあるが…。
官九郎と他の女子グループが談笑している途中、1組に戻ってきた2人によって先程の朗らかな女子グループの呼吸が変わった。三宅を筆頭とした2人が官九郎のグループに混じってきた。そして話題の中心であった官九郎を差し置いて、あたかも自分が主役のように話して来たのである。
「へ~。皆なに話してんの?私も混ぜてよ」
「三宅さん……。さっき皆で心乃枝君って魅力あるって話し……」
「あっそ。ウチの兄貴よりはつまんなさそうな顔してると思うけどね。そう思わない?」
相手の会話を遮りかつ目の前の人物に対してのヘイトをぶちまける行為である。人間観察が苦手である官九郎でさえも目の前の異常な光景について理解することができた。
「えーと……?三宅さん……?兄貴っていう人はそんなに俺よりもすごい人なの?」
しかしながら官九郎は先程の発言や言動には全く予想外であったらしく、悪口を言われて悲しいという感情よりも、
「わけがわからない」
という感想であった。しかしわけがわからないながらも、彼女との会話を続けようと思い彼女の兄についてのことを聞いてみた。
会話の内容は省略しておく。その内容はものの30秒で済む内容を次の授業のチャイムがなるまで延々と自分の兄について自慢していた。三宅の長話の要約は以下の四点により集約される。
一.喧嘩で負け知らず
二.暴走族、ヤクザと知り合い
三.地元No.1ホストからスカウトされる
四.彼女が三人いる
という内容を自慢気に話していた。通常こういった素性のものが身内にいるならば、公のコミュニティにおいてその存在を隠匿する行為を行うはずではあるのだが……。
「アンタとは格が違う」
と比較することすら間違いな発言に抑揚をつけて官九郎に話したのである。官九郎や女子グループとしては、考え方が異次元の存在に出くわしていたため、どういった対応をすればいいのか分からなかった為三宅の話に入ることができなかった。
もしこの場の誰かが三宅に何かしらの発言をしても、同じクラスメイトである広瀬という腰巾着によって発言者の誹謗中傷をくらうという理不尽な光景をくらう羽目になる。その為他の女子グループはこのような一連の光景を入学式以来いやというほど経験しているためか誰も言わなかったのである。
官九郎は昨日の明雅の発言を思い出した。三宅が何事においても自分中心でないと気が済まない性格と今の状況から明雅の情報はぴたりと一致したのである。他の女子の面々が三宅に意見を出しづらい原因は、アウトローというバックボーンを備えているためいつでも気に喰わない奴は排除するという意思表示を全方位にまき散らしていた。
しかしながら三宅が話していた兄が実在の人物かどうか怪しいものがあった。四点の要素を箇条書きにして表したが、明らかに盛りつけた内容が合ったのである。もし彼女の兄が実在するのであれば、兄の力を自分が持っていうるように振る舞う、
「虎の威を借る狐」
と第三者から揶揄される。もし兄が実在しないのであれば、嘘を重ねて自分の防御壁と威嚇を備えた滑稽な人物と評される。結局のところ一連の行為や発言を踏まえたうえで三宅を単体として評価した場合、
「その程度」
と社会からあしらわれる人物であった。
4
その日の昼休みのことである。
官九郎は明雅といつもどおり食堂に向かい、各自が欲するメニューを選び出し確保した席でそのメニューを食べていた。
「いや~カンちゃんは不運だったね~。まさか三宅さんの会話がヒートアップしてしまうなんて」
「明雅が昨日言ってたことと同じだったよ。完全に三宅さんのペースになっちゃってさ~」
「まあまあ。許してあげてよ。彼女は熱くなると周りが見えなくなるから」
「俺の返答に対してすぐ否定で返してくるし、上から目線だし…。明雅には悪いとは思うけど三宅さんとは付き合いきれないな~」
「……」
明雅は少し沈黙した。官九郎の返答に対して何かしら言いたいことがあるのだろうが、昨日の失態を学習したのか表情を変えずに目前の唐揚げを頬張った。
「…ところで三宅さんって兄貴いるのかな?」
「いるけどなんでそんな事聞くんだ?」
「三宅さんが自分の兄貴の武勇伝を語っていたけど誇張じゃなくて真実なんだよね?」
「ああ、いるよ。今度あってみる?」
「や、やめとくよ」
あまりにそっけない回答をされたと同時に、三宅の兄にコンタクトをとるというまずい状況になりかけた。そう明雅に話したものの…。
「明雅~。何話してんの?」
と三宅に話しかけられたのである。明雅は、
「ちょっとね。三宅さんについてちょっと話していたんだ」
とデリカシーのない発言を行ったのである。しかし三宅は嫌悪の表情を表すことなく、
「今日皆で放課後遊びに行こうよ!カラオケとか」
と明雅と官九郎に誘ったのである。
「いや、今日はちょっと夕方から用事が……」
「終わってからでいいじゃん。すぐに終わるから」
と三宅に同伴していた広瀬がにやにやしながら官九郎を説得した。
「行こうよカンちゃん。せっかくだから……」
押しに弱い官九郎は誘いを承諾するしかなかった。断れば自分はクラスから孤立してしまうかもしれないという悲観的な未来を回避したかったのである。
放課後。
三宅のグループに誘われた官九郎はカラオケ店に直行し一つの部屋の中でレクリエーションという名の拘束時間を食らう羽目になった。三宅が何を歌おうとしても彼女を褒め称える内容の発言を行わなければならなかた。加えて歌おうとすれば、
「自分が好きなアーティストが汚される」
と途中で中止されたりした。最悪なことに歌の点数が低ければ激辛ソースを無理やり飲まされるはめになり喉が焼かれる事もあった。
官九郎としてはこんなつらい状況から一刻もはやく退散したい思いでいっぱいだった。しかしながら意外なことに、三宅のグループは官九郎のみを誘っているだけでなく、別のクラスメイトと思われる女子を連れていた。
「中学からの付き合い」
と三宅からの紹介では合ったが、傍目から見ても全く楽しんでいる素振りは見えなかった。
官九郎はふと時計を見て、約束の時間が来ていることを知った。もしこのことを三宅に進言しても激辛ソースを飲まされる羽目になるので明雅をクッションとして用事の件を伝えた。
以外にも明雅と三宅は官九郎の伝言に納得したらしく、
「今日は付き合ってくれてサンキュー!」
「明日また学校で会おうね!」
とにっこり官九郎に笑いかけた。
なんとか魔の拘束時間から開放された官九郎は、廊下の途中で両腕にタトゥーをつけた二十代の男性に遭遇した。サングラスに頭の切れ込み、口のピアスなど進学校の生徒ならば遭遇すること自体がまれといえる程凶悪な面構えをしていた。
若干身震いしていた官九郎であったが、カラオケ店からでて外の空気に深呼吸しながら目的地に向かうことにした。官九郎が向かう目的地とは病院であり、手術を控えた妹に会いに行くために急ぐ必要があった。そこまで重病ではないものの、唯一の肉親である彼女は官九郎にとって尊いものであった。
5
官九郎が病院に到着した時、二人の男女は官九郎を目撃していた。その二人とは主人公である三井陽一と小清水日香梨であった。
「あれ…。心乃枝君だ。」
と小清水がふと漏らした。
「確か同じクラスの……。誰かが入院でもしているのかな?」
と陽一は返答した。日香梨は陽一ともう一人同伴している子供の方向に顔を向け
「少し気になるけど…。今はこの子をちゃんと交番に預けないといけないからやめましょ」
二人は官九郎が見舞いにいった理由について気になったが、迷子になった子供を交番に預けることが最優先事項であったため詮索はやめることにした。
何の面識もない二人が一緒に行動しているのは迷子となった子供がきっかけである。三井は放課後街の散策としてブラブラ歩いているうちに突如迷子の子供に、
「助けてお兄ちゃん」
と泣きながら懇願されたため、陽一は見捨てることができず子どもと一緒に歩くことになった。しかし陽一もこの地域についての土地勘がなかったため四方を散策しながら人に聞かざるを得なかった。その時偶然にも下校をしていた日香梨に話しかけたところ、彼女も一緒に同伴してくれる次第となったのである。
交番に子供を預けたところ、二人共待機してほしいとのトラブルに見舞われたため、二人は迷子の親が交番に来るまでの時間、子どもと共にトランプのババ抜きや大富豪といった遊びを行ったのである。
夜のことである。
迷子の両親が子供と対面した後、涙ながらに引率を行った陽一と日香梨に感謝の言葉を述べた。二人共謙虚に答えたが、2時間以上待たされたのは少し疲れていた。二人は夜道を歩きながら、
「いや~。小清水さんがいなかったら今の時間に帰れてたか……ありがとう」
「いいよ。土地勘がなくてもちゃんとあの子を助けようとする三井君ってかっこいいと思うよ」
かっこいいという単語だけで少しニヤけが出てしまう洋一は少し笑いながら、
「いやいや~。やっぱりあのまま日がくれてたら俺はかっこ悪いやつだよ」
と返答した。陽一は日香梨の特徴であるセミロングの栗色の髪と朗らかな表情に少し惹かれたのである。このとき二人は病院から出て行く官九郎を見かけた。官九郎の身内に何かあったのかと思ったが夜中であるのでそれ以上の詮索はやめ二人は手を振りながら自らの家に帰ったのである。
6
次の日のことである。官九郎は高校の教員に突然、
「今から職員室に来い」
と怒りが混じった命令を聞くはめになり職員室に向かったところ、
「お前、四組の長野に何をした!?」
「……。一体何があったんですか?」
官九郎は声色を低くしながら、目の前の人物に返答した。
「お前が昨日長野に性的暴行したことについて白を切るつもりか!」
初めて聞かされる内容であった。教員が言っている長野という人物は昨日カラオケ店で一緒になった女の子を指すと思われる。しかしながら官九郎としては放課後三宅らと共にカラオケを行った後、病院にいる妹の見舞いに行っただけである。
「俺はそんなことやってません!」
喉から真実を言いたいが、目の前の人物が怖くてなかなか言い出せずトーンが低い声でかろうじて自分の身の潔白を証明する返答を行った。
しかし教員は官九郎の発言など聞き入れることなく、
「ふざけるな!」
と周りの教員に囲まれながら尋問を受ける羽目となった。
生徒指導室から開放された官九郎に二度目の地獄が発生した。なんと自分のクラスメイトのほとんどが憎しみの表情を表していた。
「最低」
「死ね」
「レイプ魔」
という身に覚えのない怒号が官九郎に向かったのである。三宅が官九郎の目の前につかつかと歩いてきて、
「女の子に乱暴するなんて最低!死ねば?」
とビンタされ罵られた。
「そんなことやっていない!俺は昨日カラオケ行った後病院に行っただけだ!」
とクラスメイトに大声を出した。しかしいつの間にか近くに来ていた明雅によって、
「嘘つくんじゃねぇ!」
と拳で思いっきり殴られる羽目となる。官九郎は何度もその証言を話しても、広瀬や明雅の発言によって、
「なかったこと」
にされていた。官九郎はクラスメイトの暴言のさなか目に涙を溜めながら、
「誰も俺の証言を聞こうともしない地獄の世界」
と心のなかでつぶやいた……。
明雅は一瞬にやりとはしたが、すぐにそれを直しクラスメイトを振り返った。すべての生徒は官九郎に対して怒りの目を向けている。これが明雅にとって面白くて仕方のないことであった。
(人が不幸になるところってすげー快感。いいコトしたみたい……)
と優越感に浸るのである。しかしながら二人のクラスメイトは官九郎に対して異なった表情を映し出していた。
一人は小清水日香梨であり、誰一人として官九郎の証言を聞こうとしないクラスメイトに驚きと困惑の表情をしていた。
そしてもう一人。三井陽一は表情を変えることなく明雅の顔をじっと眺めていた。そして冷静にかつ迅速に殺害せんとする狩人の目は、明雅の全身を震え上がらせることなど朝飯前のことであった。
(あいつ……?)
静かな殺気は明雅の心を震え上がらせた。そして官九郎の地獄とともに明雅の地獄の道が始まることになる。