1話 異質な高校生 前編
1
入学式が一段落し、新入生一同は自らの名簿が存在する教室に向かっていた。心乃枝官九郎はこの高校の新入生の一人であり、プロローグで述べたある少年と同じクラスメイトである。彼は生徒の分属についての掲示板を確認した上で人混み溢れる校舎に入っていった。
通り過ぎていく廊下や教室では初々しい新入生が黄色い声を発していた。官九郎はその黄色い声を無視しつつ新しい教室に向かっていった。
「ここが一年一組か~。俺はもう高校生なんだな」
と彼は一組の教室の前で腕組をしながら独り言を呟いていた。
官九郎の容姿としては整った顔と少年特有のあどけなさを備えた顔立ちをしている。そのため彼より年齢が高い層からしてみれば、
「甘いマスク」
と話題になるほどである。官九郎は他の中学の生徒がいないかと期待を膨らませ、一組の教室から出ようとした。
衝撃音。
人同士がぶつかり合う感覚が官九郎の四肢に伝わった。ぶつかったために少しのけぞった彼はとっさにぶつかった生徒に、
「すみません……」
と顔を上げたところ、いかつい坊主頭の人物の瞳が自分を見下ろしているのが確認できた。官九郎としては、
「こいつヤバイ!! 殺される……!」
と額からじんわりと水分が現れる感覚が現れたのである。目の前にいる少年は進学校という環境には似つかわしくない体格と凍りついた瞳が官九郎にとって衝撃であった。しかし坊主頭の少年は、
「いいよいいよ。俺も確認してなかったし」
片手を左右に小刻みに揺らしながら、官九郎の行為に対してのフォローを行った。官九郎はホッとしたのか無意識にこわばった肩を元に戻した。しかし彼は、
「す……すみません!!」
深々と腰を坊主頭の少年の方向に四十五度傾けた。まだ面識もない人物に対しての迷惑行為であるが故か、同学年の少年に対してこのような謝り方をとったのである。ましてや四月という新しいクラス分けの時期は相手を見極める重要な時期である。この探り探りの時期にこんな粗相をしてしまっては自分はこの三年間悲惨なことになると官九郎は思ったからだ。
「俺は全然気にしてないよ。それより怪我はなかったか?」
官九郎はこの厳つい坊主頭の少年が相手を気遣う一面を持っていたことに驚いた。厳ついながらもその瞳には弱者を痛めつけるという気配が感じとれなかった。官九郎は少年の名前が知りたいと思い、
「えーと…名前はなんですか?」
危機は去ったものの、官九郎の喉はまだ少年に対する恐れの名残が残っていた。
「ぼ……僕は心乃枝官九郎です……」
「俺は三井陽一。心乃枝君と同じクラスだ…。これから1年間よろしく」
と、官九郎に握手を求めた。
先程のプロローグで述べた人物こそ、三井陽一という少年でありこの作品の主人公を務める人物である。
そして平穏な世界に戻れない日々を過ごす羽目になる気の毒な人物である。
2
クラス内での全員の自己紹介が済んだ後、生徒たちは不特定多数の学生との談笑、中学の親友との会話や、皆がどのような人物かを見回す者がいた。心乃枝官九郎はこの三パターンの内不特定多数の学生と話す行動にとっていた。
官九郎が最初に会話をした相手は同じクラスの上島明雅という人物であり、彼と同じ中学の生徒であった。しかし官九郎と明雅は同じ中学出身と言えど面識はなく、この新しい教室での何気ない会話が彼とのファーストコンタクトであった。
「官九郎くんと同じ中学だったんだね」
明雅は笑顔を含みながら、官九郎に返答した。
「まさか“瞳明寺高校”に入学できる生徒が身近にもいたなんてね」
と続けて話した。官九郎は謙遜を含んだ申し訳ない表情を少し感情に表し
「いやいや、数ヶ月頑張っただけだからな!俺は普段全然勉強しないからね」
「ふーん。そうなんだ~。でもまあこうして同じ中学出身という奇妙な一致は運命みたいなものを感じるね」
官九郎は顔を上下に動かす相槌をとった。明雅は、
「キミとならうまくやっていけそうな気がするよ。これからもよろしく」
心の何処かで官九郎は妙な違和感を持ったが、うまくそれを特定することは今の彼にはできなかった。しいてあげるとするならば、明雅は少し顎を上に上げながら官九郎を見つめている行為である。官九郎は人を疑うことのない鈍感な人間であった。
入学式から一週間たった頃、官九郎は明雅と一緒に行動する機会が増えた。官九郎としては高校入学時の自分なりのルールとして、
「友達をすぐに作り人間関係を構築する」
を彼の目標としていたので、明雅という人物と仲良くなったため彼の中では
「クリア」
というゲーム内におけるありきたりなテキストとが彼の脳内で響いていた。そのためか普段よりもテンションが高めの声で明雅と談笑していた。
瞳明寺高校は校内に食堂を設けており、昼の時間になると多くの高校生が殆どの席を占領するほどの盛況ぶりである。二人は席に座り各々の注文したメニューにありついていた。そこで官九郎はうどんをすすりながら新入生の情報を明雅の口から聞くことができた。
「カンちゃん。一組の女子ですごいと思った女子は誰だと思う?」
明雅なりの新しいあだ名であり、友人の証明であった。
「そうだね。三宅さんがすごい勢いでリーダーシップを発揮しているような気がするね」
「その通り。彼女は常に自分がコミュニティの中心でないと気がすまないんだ」
明雅は続けて、顎で三宅のいる方向を官九郎に示した。
「ほらあそこに」
官九郎は明雅の示した方向に目を向けると1組の女子達が食堂内の長椅子を占領しており、グループの中心に三宅がすわり話題提供を皆に話している。遠くであるため会話の内容が聞き取れないが1組の女子数人が何かを話すたびに三宅は彼女らに対して返答を行っていた。官九郎は明雅の情報通り三宅が、
「自分が中心でないと気がすまない」
という性格にピタリと一致することを自身の目で理解した。
他の女子たちの表情を見る限り、あまり三宅に対しての好意の表情は見えなかった。三宅が他の女子に視線を移動している間、他の女子はただ何事も喋らず何かを恐れているような微妙な表情していた。
「なんかあんまり楽しそうじゃないね」
官九郎は明雅に率直な感想を述べた。すると明雅は少し目を開き、
「どこが彼女を気に入らないんだ?」
先程の雰囲気とは打って変わって官九郎に対して神妙な顔つきで、官九郎の三宅に対する不満の理由を問いただした。
「官九郎は”エリカ”の何処が嫌いなんだ…?」
「どこがって…どうしたんだ明雅?なんか少し変だぞ?」
彼の問いかけによりはっと気づいた彼は元の表情に戻り、
「いや~ごめんごめん。ちょっとカンちゃんが三宅さんに対してそんな考えを持ってたのかと驚いてさ~」
「ひょっとして明雅は三宅さんの事が好きなの?」
「まあそんなところ。いわゆる幼なじみってところかな」
「何かアクションが起こればいいね」
と返答した。
二人は昼食を終え、食器をカウンターにまで持って行く時にふと人混みの中から陽一が一人で食事をとっている姿を確認した。陽一の視線の先には女子グループの中心である三宅の姿があり、一人で定食を頬張りながら三宅の背後を見つめるその瞳は、今にも三宅を殺傷せんとする凍りついた目であった。官九郎からしてみれば、
(やはりあの人物は危険だ……!)
と困惑するのである。