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スタートライン

作者: しのみや

 走った。

私は何かから逃げるようにただただ走った。

田んぼとぽつぽつ建てられた家の間を縫って走った。


 家を出てから時間なんて確認していないが、九時半過ぎに家を出てもう三十分は経つと思われる。

十時、警察に見つかれば補導される時間だな。


 案外、先に疲れて倒れるんじゃないかと思ったがそんなことはないみたいだ。

私の体力も捨てたものじゃないね。

三年前までマラソンをしていただけある。


 そういえば、何故私は走っているのだろう。

華の女子高生も極まって三年目になった今、こんなド田舎を疾走する理由なんて見当たらない。

思い出せども、思い出せども。

息が切れ、空気を求める呼吸音が邪魔をして忘れてしまう。


 「ああ、もう! なんなんだ!」


 躓きそうになる石を蹴り飛ばして私はまだ走る。

足に攣りそうになる気配はない。

まだ、走れる。


 走っている理由もわからないのに何故私は走り続けているのだろうか。

それは多分、多分だが。

立ち止まると答えが見つかってしまいそうで。

だから私は走っているのだろう。


 「は……はは……ははは! 馬鹿な話もあったもんだ、と言うよりも、馬鹿な私もいたものだ!」


 笑ってバランスを崩して倒れそうになった。

っとっと、と言いつつ体の軸を直し再び走る。


 逃げていたはずなのに『そいつ』は容赦なく私の後ろに迫ってくる。

私は走っていただけのはずだったのに、本当は鬼ごっこだったらしい。

鬼よりも怖いそれから逃げている。

だけど、それが楽しくてたまらない。


 ――――これが……


 鬼ごっことかいつして以来だろうか。

中学? ……いや小学校の上級生になるときにやったのが最後かな。

思い出せないが。

思い出せないけど、こんなに楽しいものだっただろうか?


 ――――これが……そうなんだな……


 走るのが楽しいなんてのも中学で陸上部を辞めてから初めて思った。

いやこれは嘘か……。

陸上部で長距離ランナーをしていたときもこんな気持ちになったことはない。

ただ事務的に、割り振られた仕事をこなしていただけだったからな。


 足が速いから陸上部に。

その中で体力があったから長距離選手に。

走れるから走るだけ。


 それを楽しいなんて思うことはなかった。

むしろ辛かった。

自分の好きでないことを続けるなんて。


 ――――これが……青春ってやつなのか


 私がどこかに忘れてた青春だ。

そうなると自然と色々思い出してきたぞ。

私が何故走っていたのかも。


 息切れの声も聞こえなくなってきた。

それは止まったわけじゃなくて、耳に入らなくなってきただけだろう。

聞こえる音がすべてクリアになって。

頭の中が先のことしか考えなくなってきた。


 「楽しい……楽しい、楽しいぞ! 走るのが楽しい!」


 何回前言を撤回するんだという感じだが、やっぱりこれは鬼ごっこなんかじゃないみたいだ。

陸上部の時に耳にタコができるほど聞いたじゃないか。

真の敵は自分自身。

自分が鬼で、自分が逃げる者ならこれは鬼ごっこなんかじゃない。


 「ゴールは、ゴールはまだか!」


 誰かが言った気がする。

――――ゴールなんてないよ。

――――だって、だってこれは……



 足がだんだんもつれて来た。

さっきから自分の足を自分で踏んでいる。

時間もそろそろ一時間……もっとか。

下手すれば二時間経っているかもしれない。


 だけどゴールは見つからない。

もしかして走っているだけではダメなんだろうか。


 「ゴールは……どこ……なんだ……よぉ……」


 私のゴールはどこ?

卒業?

就職?

進学?

退職?

それとも……死?


 そんなものがゴールなら、走っても追いつくはずがない。

あるのは距離ではなく時間なんだから。

足が止まりそうになる。

だがやっぱり走った。


 止まるなんて私らしくない。

私は一度もギブアップなんてしたことはないんだから。

だから走れる、走りきれる。


 と思った矢先。

窪みで足を引っかけた。

そのまま体のバランスが崩れ河原を滑り落ちる。

草が生い茂っていたからよかったものの下手すれば大怪我を負っていた。


 落ちた先もまた草が生い茂っていた。

草の布団で大の字になって転がる。

ああ、結局ゴールできなかったな。

人生初のリタイアだ。


 すっかり暗くなった夜の空を見上げる。

暗いキャンバスに星たちが我よ我よと輝いていた。

目立ちたがり屋ばかりだな、とらしくもなくポエマーのようなことを考えた自分を笑う。


 「あれ、何してんの?」 


 チリンチリンと自転車のベルが鳴った。

警察か、と一瞬身構えたが数メートル先に立っているそいつはそんな大そうなものではない。

クラスメイトだ。

もっと言うと……私の好きな人だ。


 ああ、そうだ。

私は好きな人が出来た事実が認められず、自分が色恋に憂いていることを認められずに走っていた。

自分ながら馬鹿馬鹿しいよ。


 「自分探しだ、文句があるなら言え」


 「あはは、お前らしいな。で、見つかったか?」


 「未だ見つからずだ。自分がまるで分らないよ」


 「簡単に見つかってちゃたまらねえよ、んなもん。ほら、立てよ、乗せてくぜ」


 そいつは笑いながら簡単に言ってのけた。

……まったく、人の気も知らないで。

私は苦笑いをしながらその後ろに乗る。


 いつも部活の荷物を乗っけて重たいのに慣れているのかそいつはいとも簡単に自転車を進めた。

まるで私が乗っていないかのような軽さだ。


 夜の風に吹かれながら私とそいつは特に言葉を交わすこともなく帰り道を抜けていく。

そいつのでかい背中を見ながら私は思った。

ああ、そうか、あれにゴールなんてなかったのか、と。


 私は認めれたんだ、遅い、遅い確認だった。

この人が好きなんだと言うことを認めるのにどれだけかかるんだ。

だからここでやっとスタートラインだ。

そいつの背中でやっと、スタートラインだ。

さっきのはアップに過ぎない。


 私のゴールにはいつたどり着くんだろうか。

長い、長いレースが始まる。

先の見えない長丁場だ。


 「なあ、私のゴールってどこだと思う?」


 「んー? 多分お前の家じゃないか?」


 「そう来るか」


 二人で笑う。

日が変わるか変わらないかの時間に二人乗りの自転車が軽快な速度で進む。

世界は暗いが、星空が観客席のようで、星が応援団のようで。

どことなく大会を思い出させた。


 ではみなさま、最後まで声援をお願いします。

私はどこまでも走り続けます。

最後まで、ゴールまで。


 いつか、あなたの隣に立てる日まで。

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