【シーン】酒場にて
シーン描写です。
某PBWサイトに送ることになるかもしれんので、そのときは消すかもしれません。
トレンチコートを纏った男が一人、その古ぼけた酒場に入ってきた。男の風貌はせいぜいが疲労したビジネスマンといったところで酒場の人間はちらりと見ただけでだれも気に留めはしなかった。カウンターに腰を落ち着けている男がいる。かれは空になったグラスをつまみ、ゆったりとした仕草でカクテルを作っているマスターに声をかけた。
「同じ物を」
マスターは頷いて、かれのグラスを手にとった。男は先ほど入ってきた男とは対照的で、いかにも裏社会に片足を突っ込んでいるふうだった。ワインレッドのシャツにネイビーブルーのスーツ。典型的な服装をしている。場の人間はだれも声をかけなかったし、かれもそれを望んでいるようではなかった。かれはマスターから酒のグラスを受け取ると、懐からタバコを取り出した。一本取り出してさあ火を点けようかというそのとき、となりから火種が差し出された。
「どうぞ」
先ほど入店したビジネスマンが、どこか親しみのある笑みを浮かべていた。かれを見て、一瞬裏社会ふうの男はタバコを取り落としそうになった。かれの眼には空恐ろしいほどの驚愕と染み渡るような恐怖が輝いていた。
わずかに震える手でやっとタバコを持ち直すと、男は黙ってビジネスマンの火に先端を翳した。燃焼し、火が灯る。
「逃げられませんよ、あんた」
ビジネスマンが尚も笑みを貼り付けながらいった。裏社会ふうの男は黙って俯きながら、何事かをもごもごと腔内でいいあぐねていた。ビジネスマンはマスターに声をかけた。酒の注文だ。マスターは黙ってそれを作って差し出した。かれが機嫌良さそうにそれを飲み干す。やっとのことで裏社会ふうの男がいった。
「てめえを殺してやる」
口調自体は物静かな趣きだったが、かれの瞳はぎらぎらとナイフのごとく光り輝いていた。放射される殺気は皮膚に突き刺さるようで、その証拠にかれの懐からいつの間にか拳銃が抜き出されていた。カウンターの下に隠したまま、ビジネスマンに銃口を向ける。ビジネスマンは驚いたふうに首肯して、そしてぱっと豹のように男へと飛びかかった。男は喚き散らしながら背後へと倒れ、銃声が鳴った。ビジネスマンは男へと馬乗りになり、背後から出した刃物で男の頸動脈を切り裂こうとした。男は手元の拳銃を振りかざして、それを弾くと引き金を絞ろうとした。しかし瞬間に指先へ鋭い痛みを感じる。すぐにビジネスマンを見るとかれは厭らしく口角を歪めていた。指先がなかった。男がいった。
「殺るのか」
ビジネスマンは黙って微笑んで、かれの首筋に鋼を突き立てた。