#6
「二人で密会とは仲がいいですね?」
イザベラが振り返ってきた。
彼女の金色の髪が美しくなびいて、そしてすべてを凍らせるかのような冷たい銀色の瞳が私とアンナを包み込む。彼女は決して私たちを責めようと思って口にしたのではないだろうし、彼女自身もこの試されているかのような軍の姿勢に疑問を抱いているはずだ。私とアンナが話していたことは想像できていると思う。
ツキノも同じように振り返り、深い緑色の瞳をこちらに向けた。楽しそうに口元を手で覆い笑うその姿は、彼の身長からも言って少年の姿を彷彿とさせる。彼はでもそれだけではない。少年らしさだけではなく、イザベラとは違う冷たさを持っている。
イザベラよりもツキノの視線のほうが私たちを責めているように感じで居心地が悪かった。
「そんなんじゃないわよ。第一、私とアンナは出会ったばかりだし」
ため息を吐いてアンナの腰を軽く殴ってみせるとアンナも同意の言葉を口にした。
それを無視するかのようにツキノのいやらしい目が私たちの姿を舐めるように蹂躙する。
そんな様子に目もくれずにマヒリーだけがナラナに何か質問をぶつけているのが視界の端に入り、なぜか安心した。きっとマヒリーは私たちのことなどどうでも良いのだろう。その態度をとってくれるのが一番ありがたい。
「へぇ? 出会ったばかりでそんなに仲良くなっちゃうわけぇ?」
「ツキノ。相手を刺激するのはどうかと思いますが」
彼の態度を見かねたイザベラが彼の肩を叩く。当の本人である彼はようやく私たちから視線を逸らして前を向く。
狭い廊下では四人が横に並ぶことはできない。二人で並んで歩くのが限界なので自然と三列になっていた。
私は長いイザベラの襟足が揺れるのを眺めつつ、彼女とツキノの間に割って入って話題を振るアンナを見守った。
「そういうツキノとイザベラは前々からの知り合いなのかよ」
私も気になっていたことをアンナが言ってくれたのである意味助かった。
少しだけ身を乗り出してツキノとイザベラの返答を待つと、二人は顔を見合せてそしてイザベラが口元を緩めてツキノが眉を顰めた。
イザベラの表情が変わるのは本当に唐突で驚いてしまう。彼女は氷のような目を持っているし、口調も丁寧だ。でも時折見せる柔らかな表情は暖かくて子供みたいでギャップがすごい。
「違いますよ。私が道に迷っているところをツキノに案内してもらったのです」
確認を求めるかのようにイザベラがツキノに視線を送ると彼は短い黒髪をぐしゃぐしゃにかき回した。怒っているかのように見えるその動作は同時に照れているかのようにも見える。
「……先輩かと思って近寄ったら新人だったんだよ。媚売るつもりだったのにぃ」
すねている彼の横顔はやはり子供っぽい。
確かに、こんなに子供っぽい彼が猫を被って近寄ってきたのなら女性は甘くなってしまうかもしれない。それを利用して仕事に影響させることまで考えるとはなかなか策略家だ。ツキノには油断しないほうが良いかもしれない。
そんな彼の首に腕を回して頭に顎を乗せたアンナは何度か頷くと、イザベラの胸と私の胸を見比べてマヒリーの背中に視線を戻した。
先ほどの視線が気になるがあえてそこは突っ込まない。
「お前何歳?」
何気なくという感じで身長の低いツキノに問いかけるアンナは歩きづらそうだ。
ツキノはナラナが注意をしてこないことをいいことに話を広げるアンナに呆れたような視線を浴びせた。
そして小さく小さく唇を動かす。
「二十歳」
「二十!? うっそ!! 俺より二つも上なの!?」
ということはアンナは十八か。
私も驚いた。アンナよりもかなり身長の低いツキノがアンナよりも二つも年上なんて。私はもちろん、イザベラまで驚き会話に興味を示していなかったマヒリーまでもが振り返ってきた。
茶色のマヒリーの瞳が見開かれる。
「アンナは私よりも一つ年上? あり得ない……」
「あり得ないってなんだよっ!! 俺が餓鬼っぽいってそういいたいのかぁ!?」
「あり得ない……」
「聞け!! この餓鬼が!!」
ツキノを突き飛ばすように離れたアンナは大人気なくマヒリーの髪の毛をわしづかみにした。
暴れ始めるアンナと距離を徐々にとって行くナラナの額には汗が滲んでいた。
私は割ってアンナとマヒリーを引きはがそうとしたが、その前にイザベラがアンナの頭をひっぱたいた。
やはりイザベラはみんなの母親みたいだ。
迷わずに人を叱れるイザベラはすごいと思う。
「止めてください。ナラナさんの前です。それに、ここは悪魔憑きが収容されている場所なのですよ? 場所をわきまえてください。十八なのですから」
イザベラはアンナを叱りつけてマヒリーの髪を整えた後にナラナに深く頭を下げた。
ナラナは我に返ったように肩を震わせて頭をつられて下げる。
「き、気を取り直していきましょう……。そろそろ着きますし……」
ナラナに一言ずつ謝って再び歩み出す。
会話をしているときには薄れていた緊張がまた自分の体を締め付け始める。
私は額の汗をぬぐった。ついでに唾も飲み込んでおいた。
アンナさえも喋らなくなってしまって静かになった廊下を歩いていると、収容されている悪魔憑きが私を見ているような感じがして恐ろしかった。