#3
サティヴァーユの言動が妙に気に喰わない。彼の言葉や口調は体に沁み渡っていくようだ。だが、それがやや不快だった。まるで心臓の裏、脳みその中にまで浸食していくようで。全てを悟られそうで、全てを彼の前にひけらかしているようでなんだか落ち着かない。
私は右手で左の肘を掴んだ。呼吸までが落ち着かない。サティヴァーユはずっと私を見ているようだ。そんなはずはないのに、じっとこちらばかりを見ているように感じる。
「今からチームを組んでもらいます。チームはこのマスターキーの宝石の色。きっと五、六人にはなるはずです」
そう言いながらサティヴァーユは鍵をポケットに戻した。彼はそれで挨拶が終わったでも言いたげに頭を深々と下げた後、ステージ脇に姿を消した。
これが就任式とでも言いたいのか。有り得ない。私たちはここに緊張感を持ってやってきた。それなのに、こんなあっけなく。もっと歓迎や激励があってもいいんじゃ無いだろうか。
会場に居る人間は意外と行動が早い。動いていないのは私だけだった。マスターキーの宝石の色は緑。同じ色の人間を探さなければならない。
会場全体を見渡していると後ろから肩を叩かれた。振り返るとサティヴァーユのものよりも少しだけ薄いオレンジ色の髪をした男が私に緑色の宝石が付いたマスターキーを見せてきた。
彼は空色の目を細めて笑っているが、私には何が面白いのかわからないので肩にいまだ置かれている手を振り払う。
「俺はアンナ。同じチームなんだし仲良くしよぉぜ?」
「……ユニザよ、よろしくアンナ。……偽名じゃないわよね?」
言動はすごく雑で男らしいにもかかわらず、彼の名前はかわいらしい名前だった。偽名だと疑った私に嫌そうな顔をせずに懲りずに肩に腕を回してくる。
軽い態度に少しイライラするが、確かに同じ緑の宝石の仲間なのだしここで争う必要は無い。
アンナは会場を見渡しながら残る三名か四名のチームメイトを探しているらしかった。徐々に会場ではグループができ始め、そして人数がそろったチームは会場の隅の扉に案内されている。
「まっさか。ここで偽名を使ったってなんも得ないじゃん?」
確かに言うとおりである。これから顔を合わせる機会も多くなるだろうし、もしかしたら一緒に戦うことになるかもしれない。そうなるような相手に偽名を教える理由は全く見当たらない。
私が納得して言葉を出そうとした時、会場の奥で手を振っている人間が見えた。
「お? なに? 知り合い?」
「いいえ、知らない人よ」
アンナは柔らかな笑顔を浮かべて手を振りかえしている。それに反応した手を振っていた男と隣に立っていた女が近づいてきた。
知らない人間に手を振る神経は考えられないが、アンナはそういう性格であっちの男もそういう性格なのだろう。
近づいて来た二人組は私たちに緑色の宝石が付いたマスターキーを差し出した。アンナも同じくマスターキーを見せたので私も同じようにマスターキーを見せた。
これで四人、そして最低でもあと一人。
しかし、会場にはほぼ人が居なくなっている。今最後のグループが集まったようだ。そして残っているのは机に突っ伏している人間だけ。
「あっれ? おかしいな」
先ほど手を振っていた男が首を傾げる。その男の短い髪を引っ張ったのは隣の女だった。襟足を伸ばしている彼女はため息を吐きながら私とアンナに向き直る。
「まずは自己紹介ですよね。私はイザベラ」
私と同じようにきっちりと軍服で身を包んでいるイザベラに対して、彼女の肩までくらいしか身長の無い男はだらしなかった。
決まっているデザインの髪留めを胸ポケットにつけているところから見て、だらしない性格なのだと思う。私はこいつの様な気の抜けた男が嫌いだ。イザベラが自己紹介を促さなかったらきっとこいつは自己紹介なんて忘れていただろう。
「俺はツキノ。よろしく!」
ツキノが差し出した右手をアンナが握った。
イザベラは私に手を差し出してきた。私はそれをためらいなく握る。
彼女のようなしっかりとした人間は嫌いじゃない。しかし誰かに感情を悟られないように表情を固めているのが怖かった。彼女の銀色の瞳を直視することができずに私は彼女の唇を見ていた。
「私はユニザ」
「アンナだ。あ、偽名じゃねえからな」
一通り挨拶を済ませて会場を見渡した。もう会場の中に立っている者はいない。全員眠って居る。
催眠の魔法にかかっている人間しか残っていないというのに、あと一人はどこに居るんだろうか。
あれ。催眠の魔法?
たしかワインを飲んだ後に全員魔法にかかったはずだ。だとしたら、なんであいつのワイングラスの中には緑の液体が溜まっているのだろうか。
サティヴァーユが指を鳴らした後にワインは変色して鍵が現れた。というのなら、あいつは、あの眠っているあいつは乾杯をする前にすでに眠っていたのだろうか。
私の視線の後を追って気が付いたのか、イザベラが溜息を吐きながらその机に突っ伏した頭をひっぱたいた。