#2
会場の電気が消える。
反射的に腰を浮かせて自分の手が腰の鞭にいっていることに気が付いた。辺りに注意を配る。
それは何かが勢いよくぶつかる音だった。すぐに私が会場に入る時に使ったドアが閉まっていることを理解する。それを知った人たちが慌てているようだが、それに注意を配る暇も無くなった。
会場の前のステージに人が立っているのだ。
スーツを着込んだ気品あふれる男性。勉強を続けてきた私には誰なのかすぐに分かった。
サティヴァーユ・イーゼクス。
私たちが来ている軍服と同じデザインを貴重として入るが、色が違った。
美しい青色の軍服は、私たちの軍の隊長の証。
私たちが入る軍は、悪魔憑きを管理し導く仕事だ。戦場で彼らの力を制御して、必要とあらば彼らを処分したりもする。
そんな軍の中で一番偉い人だ。
会場の電気が消えたことにも反応しなかった会場の大半の人間が立ち上がり帽子を取った。私はいち早くその行動をしていたので、鞭から手を離した。
異常事態ではないようだ。
サティヴァーユは同じように帽子を取り、私たちに深く礼をした。それとほぼ同時にみんなも頭を下げる。
ステージを照らすライトに彼のオレンジの髪が光って見えた。彼の髪はまるで女のように美しかった。
「いち早く会場に入り、これからのことに備える。大事なことです。忘れないでいただきたい」
彼はそういうと演説台の前に立つ。
彼の言葉はすんなりと体に入って行くような感覚をもたらす。彼が隊長という地位まで昇格した理由がなんとなくわかった気がした。今まで本や映像でしか見てこなかった大物が目の前にいる。同じ空気を吸っている。
私はここまで来た。そんなことを実感させられるようだった。
ユノクトリ帝国。国土の南側は港になっていて、貿易が盛んだった。だが同盟国が多いというわけでもなく比較的豊かな小さな国とだけしか同盟は組んでいない。
東西側は草原、そして北側は山に面している。この地形は戦争になった時に不利だ。海はがら空きだし、草原からも攻め入りやすい。唯一攻め入ることが難しい山は、北側にしかない。
ユノクトリ帝国が行った選択は、悪魔憑きを大量に所持しておくことだ。
悪魔憑きは常人よりも魔力が多く、そして身体能力も高い。しかしその能力を発揮できるのは悪魔を解放されているときだけだ。
ユノクトリ帝国解錠師軍。
試験を受けて、そして合格した。
「さて、若き解錠師たち。これからユノクトリ帝国を守ってもらうことになる。緊張感を持ってほしい」
サティヴァーユは綺麗に切りそろえられたオレンジ色の髪を軽く掻き上げた。
彼が演説台の上のワイングラスを手にとって掲げる。それにならって、会場の全員がワイングラスを手に取った。
勿論私も手に取り、掲げる。
「乾杯と行こうじゃありませんか」
彼は凛とした言葉とともにワイングラスの中の少量のワインを飲み干した。一口で。そして、私もワイングラスに口をつける。
そこで手を止めた。
ワイングラスの底に魔方陣が彫られているのだ。なんだこれは。見たことのない形式のもの。容易に口にするわけにはいかなかった。
私はワイングラスをテーブルに戻した。
直後、数名が倒れこむ音がした。
会場は一瞬張りつめたが、魔法陣の謎が解けた。催眠の魔法だ。
私は演説台の前で動かないサティヴァーユを見つめた。
彼は顔を押さえて肩を震わせた。笑っている。
私は眉間に皺を寄せた。
まだ。まだ、私たちを試すつもりなのか。いや、違う。解錠師には冷静な判断が必要なんだ。それなのに容易にワインを口にした。
決断力と判断力を見ているのか。試しているのか。
「良い判断です。それでは、みなさん」
彼は長い指を鳴らした。小さな破裂音のようなものが会場に響く。
するとワイングラスが緑色の変色し、そして泡が発生した。私はワイングラスを掴んで机に叩きつける。
この行動を咄嗟にしたのは会場にいるほぼ全員だった。
「……鍵……?」
ワイングラスの中から出てきたのは小さな鍵だった。
持つ部分は円形で、中に緑色の宝石が埋め込まれている。
よくよく観察すると、それがマスターキーであることを確認した。
マスターキーは魔力を送り込むと鍵に掘られている魔方陣が反応して、悪魔憑きの首と手足についている枷を操作することができるもの。手にするのは初めてだ。練習に使ったものはただの棒だったから。
私はそれを手でしっかりと握った。
解錠師になったことの実感がわいてくるのが苦しい。これが夢だったなら私はきっと死んでしまう。
サティヴァーユはポケットから鍵を取り出した。
私たちが持っているマスターキーと同じものだ。だが、円形の部分についている宝石の色が違う。
私が持っている緑のもの、それの他にも赤や黄色、青のものをサティヴァーユは持っている。
「これから皆さんに悪魔憑きを収容している施設に向かってもらいます。勉強済みでしょうが、実際の場所に行ってみることも大切ですから」