#19
茶色の瞳は純粋だった。そんな目で見られると、私が間違っているみたいだ。間違っていない。私は間違ってなんかいない。悪魔憑きは兵器だ。
顔を曇らせたのは、イザベラだった。彼女も私と同じように考えているのだろう。しかし私のように口に出したりはしない。彼女は自分の意見をマヒリーに押し付けるようなことをしたくなかったのだろう。
私は言う。遠慮なく言う。それで自分が後々後悔することになっても言う。だってその時は、自分の意見が一番正しいものだと信じているから。
「わかっているよ。チニルは私の悪魔憑き。私がしっかりしないといけないんだよね」
マヒリーは小さく笑って見せた。その瞼が朝よりも下がっている。どうやら眠たいようだった。ツキノはむすっとしている。これからの仕事に不安でも抱いているのか。彼の場合、不安より不満だろうが。ディガはそんなツキノを睨みつけていたけれど、やがてユピィとチニルがそばにやってきたので口元を緩めた。
悪魔憑きと、解錠師。その二つの世界がある。私たちは住んでいる世界が違う。いや、見ている世界か。世界の味わい方が、感じ方が、受け入れ方が、受け入れられ方が違う。何もかもが違うのだ。
「ユピィ、知っているのなら初任務のことを教えてちょうだい」
話題を変えるかのようにイザベラが呟いた。自分の髪の毛をかきあげて空気を切るように溜息を吐き、その話の流れに乗ることにする。
少し、疲れた。色んな人の世界が入り混じって、価値観とか理想論とか存在する。その中で自分の正義だけを支えにしていかなくちゃいけない。ほかの人間の世界を受け入れるのは時間と体力の無駄なのだ。
マヒリーは嫌いじゃない。イザベラも。ツキノは良くわからないけれど。後この場に居ないアンナのことも。これからいやでも知ることになるのか。他人の世界を知ることは、自分にプラスになるのだろうか。
わからない。私はいったい、何をしてきたんだ。精一杯だ。自分の精一杯をしてきた。その精一杯を、私は無駄にしてはいけない。
「それは、私を管理していた前の解錠師のことを話せということですか?」
「そういうことになる」
間接的にそれを聞いているのだろう。私も、ユピィの情報が欲しかった。
彼女はふっくらとした唇に指を添えて、首を傾げた。迷っているのか、思い出しているのか。
私はディガが言った、ユピィ先輩と言う言葉を覚えていた。少なくとも、ディガよりも長くここに居ると言うことになる。ここで悪魔憑きとして、兵器として管理されていたということだ。
彼女の頭は幸せそうだが、憶えているのなら話して欲しい。
情報が足りない。たとえどんな任務になろうとも全うし、成績を上げなければならない。それはわかっているのだが、どうしても知りたくなってしまうのだ。強欲なのかもしれない。恐怖か。道の領域に踏み込むことはとても恐ろしい。
今こうやって三人もの悪魔憑きが同じ空間に居ることすら、違和感を感じている。ツキノとマヒリーそしてイザベラと私がいるのだから大丈夫だろうが。四本マスターキーがあり、四人解錠師がいる。間違いなくこの三人は暴れることはできない。彼らの自由は私たちのものなのだ。
「ごめんなさい。いくらイザベラさんにも話せません」
彼女は真っ赤な髪を揺らしながら深く頭を下げた。ディガが腕を組んで唇を尖らせる。
「そうだぜ。話したらナラナだけじゃなくて、サティヴァーユ様にも怒られちまうし」
それはそうかもしれない。一度しか会っていないが、少しでも口を滑らせたのならどこに居てもサティヴァーユの耳に届きそうだ。
彼の顔を思い出す。怖いくらいに整った顔。心を突き刺すような声。有無を言わさない言動。彼は、組織の頂点がよく似合う。ナラナが彼を信頼する理由も何となくわかる。彼のおかげで、この帝国の悪魔憑きの管理状態は整っている。
「それなら仕方ないなぁ。イザベラ、あきらめよーぜ。近いうち知ることになるんだろ」
頬杖をついてツキノが言った。マヒリーも頷き、目を閉じる。このまま眠りそうだ。私は眉間の皺をもんだ。
最近、人間観察をし過ぎのような気がする。誰が何をしているのか、気になって仕方がない。人間の頭の中は除けないのはとても便利だ。これで人の考えていることまでわかったら、私は息ができなくなってしまうだろう。
近いうちに、ディガと任務に行かなければならない。そこでの働きで、もしかしたら悪魔憑きが変わるかもしれない。明らかに衝突するであろう私とディガをペアにしたナラナは一体何を考えているんだろうか。これは私に対する挑戦か。また試しているのか。どんな悪魔憑きでも問題を起こさないかどうか。それじゃあまるで、私が悪魔憑きにすぐ難癖つけて問題を起こすと思われている様じゃないか。そんなことすらも、全部全部私の考えだけだというのに。