#13
ナラナはしっかりと私を見た。アンナのことを聞いてこないことについて何かを考えているのかもしれない。
ゆるく上がった彼の口角から視線を逸らすと、イザベラの銀色の瞳と目があった。
イザベラはなにか言いたそうだった。でも言わなかった。
それに少し助かったかもしれない。アンナのことはもう考えたくない。自分の中で終わったと考えている話題をイザベラに掘り返されたら、彼女にきつく当たってしまいそうだったから。
彼女のことは嫌いじゃない。しっかりとしているし、暖かいから好きだ。
「部屋に移動するから。ちゃんとついてきてね」
私の代わりにイザベラが小さく答える。
それに答えてナラナが歩き出す。
彼の背中は見れば見るほど軟弱で、細くて、薄くて、すぐに折れてしまいそうだった。軍服を身にまとったうえでもそれが分かるくらいだから、服を脱いだらもっと細いのだろう。
「何? どうかした?」
「……ナラナさんって細いですね」
何でもないとシラを切ることもできた。しかし気づいたらそんなことを口走っていたので慌てて口を掌で覆う。上司に、ましてや隊長にこんなことを言うなんて。しかも男。
イザベラが驚いて私の肩を掴んだ。とっさにそんなことを言ってしまったのだからもう戻れない。
ナラナは突然腹を抱えて笑い始めた。怒らないようで、心底楽しそうに笑った後に交じりの涙を指で拭った。
「くくっ……ユニザ、意外と君って正直にものを言うんだね」
「も、申し訳ありませんっ」
「別にいいんだよ。俺自身、自分の体が頼りないことは知っているしね」
彼は笑いながら、自分の左腕の肘辺りを覆った。
私が謝ったのにも対して反応をしないし、彼が怒る時はいったいどんな時なのだろうと思った。私たちにイライラすることはあるはずなのに。
昨日、ディガが脱走した時も大して怒らなかったし。それに、今日だってアンナが遅刻しても口うるさくしなかった。
「はぁい、お喋りはいったん終了ね」
ナラナが手をかけた扉は周りものより大きいものだった。
彼の細い腕が両開きのドアを開く。
部屋の中心に立っていたのは背筋がまっすぐに伸びた女性だった。
背後の大きな窓から差し込む光でよく顔が見えない。女性にしては身長が高く、そして髪も短かった。ツキノと同じくらいで、耳を隠すこともしていない。
ナラナに導かれて部屋に入る。後ろで扉が閉じる音がした。
部屋の中心の女性は腰に長い銃を装備している。彼女から出てくる緊張感に自然と体に力を入れていた。
「……一番隊副隊長、ロダ・ペトリシア」
ロダ。彼女は自分の名前をそう言った。凛とした声だった。
イザベラと私は頭を下げ、そして自己紹介をした。
ナラナが前に出て、ロダの肩を抱く。二人には結構身長差があった。こう見ると、ロダの方が体がしっかりしているので、男と女が逆の様だった。
「ロダは俺の後輩。俺と違って部下に厳しいから気を付けてね?」
「……カロさん。早く本題へ」
ほらねとでもいいたげにナラナは私たちに視線を送り、さっさとロダの肩から手を離す。
ロダは私たちを一瞥して、どこかに繋がっている扉を開いた。私たちが入ってきた扉よりも簡素で小さい。
そこから連れ出されてきたのは、ナース服を着た女性だった。
白い首には悪魔憑きようの首輪、そして腕輪は手かせとして発動されている。
自由な足で歩いてくる。その綺麗な足は長く、ミニスカート風になって居るナース服の下からすらりと伸びている。
白い生地には赤い線が入っているので、病院の様だった。
彼女は長い赤い髪を頭のてっぺんで結っている。
目を細めて笑った。ロダは彼女を床に座らせる。
「イザベラに選んだ悪魔憑きだよ」
それを合図としていたかのように床に膝をついていた女性が唇を動かす。
彼女の唇は厚く、化粧をしていないにもかかわらずほんのりと桜色をしていた。
「天使ヴァーチャーを体に宿す、ユピィと申します」
顔を上げるユピィ。
綺麗な顔をしていた。豊満な胸と、引き締まった体からにじみ出る大人の色気を打ち消すような、子供の様な笑みを浮かべている。
若干たれ目の瞳はしっかりとイザベラを見上げていた。
「よろしくユピィ」
イザベラはそれだけしか言わなかった。ユピィは立ち上がるとイザベラの隣に並んだ。
私はどうしたらいいか分からずに突っ立っていた。
そんな私に見かねて、ナラナが私の手を取ってユピィが出てきた扉の方へ連れて行く。私はされるがままだった。
そして、背中を押されて部屋の中に入るように促される。
部屋の中では男が一人、床に這いつくばっていた。後ろ手に腕輪を発動され、足の自由まで奪われている。
さらに、首輪まで発動されているのかぎりぎりと彼の首を絞めている様だった。
「ディガ。顔を上げろよ。お前の解錠師が来てくれたぞ」
ダークグレイの頭が動き、その緑色の瞳が私を見上げた。
恐ろしかった。口からは苦しいのか唾液が漏れ、体全体で息をしないと酸素を取り込むことができないらしい。何度か席を繰り返しながら私を見上げるそのさまはまるで獣の様だった。
悪魔憑きとはやはり人間ではない。
恐怖に足が退ける私の腰をナラナが優しく支えた。
彼の軟弱な腕が今はすごく頼もしい。
「ごめんねユニザ。今彼はお仕置き中なんだよ。昨日脱走を試みただろう? だからサティが……」