#12
「ということは私たちは一番隊に配属されるのでしょうか……?」
恐る恐るという感じでイザベラが右手を挙げる。
ナラナは楽しそうに乾いた声で笑い、片足で机を叩いた。
マヒリーを見ると彼女さえも固まっている。私だって固まりたい。ナラナが隊長。今でも信じることができない。しかし彼の胸についている勲章は間違いなく隊長のもの。中心に数字の位置が刻まれているその勲章は、勉強をしているときに何度も見てきた。
見間違いのはずがない。
「違う違う。君たちが配属される隊が決まるのはまだ先だよ」
顔の前で否定の意を表すように手を振り、ナラナはイザベラの髪に手を伸ばす。
彼の手は白く、そして薄い。まるで女のようなその掌の中でイザベラの金髪が躍る。
ナラナは本当に隊長なのだ。そう実感させられている自分がいる。
こうやって、無意識に人に近づく。そうして、自分の味方に取り込む。自分の情報を与え他人の情報を引き出そうとしているように見える。
本当にそうなのか分からない。私はそんなに人間観察が上手じゃない。
人間観察。
そういえば、ツキノがそれが得意だとナラナに言われていた。後で、聞いてみようか。彼とはあまり話をしなかったけれど他人というわけでもないから、少しは話してくれるだろうし。
「昨日、君たちをああして少しだけ自由にしてみてわかったことをまとめて、仮の相棒を決めた」
「相棒?」
「専属の悪魔憑き。あ、いや、逆か。悪魔憑き一体につき一人の解錠師が専属して配置されるようになっているのは知っているだろ?」
一斉にみんなが頷く。勿論だった。
ユノクトリの兵器になり、国の言うとおりになれば人権は与えられる。しかしその人権さえも普通の人間よりは無いに等しいもので、一人で行動することさえも許されない。
一人で歩かせるのも危険なのだ。悪魔憑きというものは。
あいつらは人間じゃない。少なくとも私はそう思っている。
「えっえっどういうこと!? ですかっ!?」
切羽詰まった声がした。
見ると、入口のところに立って肩で息をしている薄いオレンジの髪の男、アンナ。
遅れてきたうえに同じ話をまたしなくちゃいけないことに、ナラナは全く嫌そうな顔をしなかった。マヒリーに至っては勢いよく椅子から立ち上がり、全力で手を振るくらいだ。本当に今日はこの子は元気がいい。
「アンナ!! おはよう!」
「うおっ!? なんだお前、元気いいな!!」
マヒリーは行儀が悪く机の上にまで乗り出してアンナに手を振った。
帽子を取ってアンナはナラナに一礼をする。
そこで気づく。こいつ、ナラナが隊長の勲章をつけているのに全く驚いていない。何故だ。さてはコイツ、勲章の種類を覚えていないのかもしれない。
きっとそうなのだろう。
マヒリーをイザベラがとがめ、そして私の隣にアンナが腰かける。
アンナが何か声をかけてきたように感じたけれどきっと気のせいだ。それに気のせいじゃなくても答える理由なんかどこにもない。
「話を戻すよ? それで、勝手ながらこっちで初任務の時のタッグも決めさせてもらった」
みんなが唾を呑む音が聞こえたような気がした。
この中で初任務のタッグが組まれるなんて全く聞いてない。初めて聞いたその話しに文句を言うことはできない。昨日ならできたかもしれないけれど、ナラナが隊長だと知った今、容易に生意気なことが言えるはずも無かった。
イザベラとツキノ、マヒリーの中の誰かとタッグが組まされることは問題ない。しかし、問題はアンナとタッグを組まされた場合である。昨日今日と見てきて、どうにもこの男とはウマが合わないような気がしていた。
内心冷や汗をかきつつも、隣のアンナに気を配る。
「ツキノとマヒリー、そしてイザベラとユニザ。このタッグでいってもらう」
ほっと胸をなでおろすと同時にやつの名前が出ていないことに身を乗り出した。同じような反応を隣の本人がする。
「お、俺は一人ってこと……ですか?」
アンナが声を絞って問いかける。それは当然の反応だった。
アンナははっきり言って問題児だと思う。一番働かなくて動かなくて、ただお喋りなだけだ。
そんな彼にナラナは一瞬だけ青い目を見開いて驚いた。ナラナの反応も意味が分からない。
「当然だろ?」
「えっ、ちょっ……!」
まだ反論をしようとするアンナが立ち上がるが、それよりも早くナラナが机から足を下し、私とイザベラの頭を撫でて立ち上がるように促す。そのまま残されたマヒリーとツキノとアンナを無視して扉に近づいていく。イザベラと目を合わせ、仕方が無いので彼について行くことにした。
私はアンナを振り返らなかった。それが意地だったのかどうかは分からない。
当然の結果と言えるのか、言えないのか。アンナが一人で行動することに不安を感じているのはきっと私だけではないと思う。
「じゃあ、彼らよりも一足先に君たち二人の悪魔憑きを紹介するね」
アンナの件はまるでなかったかのようだ。
別に私はどうでも良い。あの男が一人で行動しようが、別に友達というわけでもないし。初任務がどれだけ危険度が高いのかは知らない。初任務なのだし、一人で行動することを指示されたのなら、問題は無いということなのだと思う。
だからナラナが良いというのならアンナの話はそれで終わりだ。
イザベラは少し不満そうだけれど、あいにく私は興味が無い。
「はい。お願いします」