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第1章 仮彼女!? ~不安定な2人の関係~

 ある日の放課後。

 いつもの様に帰り支度を終えて帰ろうとしたところで、女の子に話し掛けられた。

 隣のクラスの子で、名前確か……片桐優羽。

 クラスメイトと話しているときに名前が出ていた。

 付き合いたいとか、彼女にしたい女ランキング2位だ、とか。

 話し掛けられるとは思ってもいなかった。

「そんな生き方してて楽しいの?」

 彼女の前を通り過ぎようとしたとき、開口一番そんなことを言われた。

 それが自分に向けられた言葉だと言うのは、すぐにわかった。

 周りに人はいない。

 彼女の独り言、という可能性は残っているけれど、さすがに他人が前を通った瞬間を見計らって独り言を言うような人間はまず居ないだろう。

「僕は生きていて楽しいなんて思ったことないよ」

 だけど。

 人に合わせるのは僕の得意なことだ。

 いきなり話し掛けられたって、どんな相手に対してだって、ふつうに言葉を返すことができる。

「氷室悠くん、だよね?」

「そうだけど」

 名前を知られていることには、あまり疑問は浮かばなかった。

 僕だって彼女の名前を知っているんだし。

相手から話し掛けてきたのだ。

 名前まで知られているほうがずっと自然だろう。

「あたしと付き合ってみない?」

 いきなりの言葉に、さすがの僕も少し動揺した。

 彼女は何を言っているのだろう。

 付き合う?俺と?

「僕は君のことを全く知らない」

「あたしもよく知らない」

 ……ほんとうに意味がわからない。

「それでも僕と付き合いたいって言うの?」

「うん。友達じゃなくて恋人として、あなたと過ごしてみたいの。お互いを知るなら友達からなんて決まりはないでしょ?」

 なんか、もう。

 彼女は『引く』という気がないんじゃないかと思う。

「じゃあ、付き合ってみる?仮の恋人として」

「仮?」

 少し不満そうな顔で首を傾げる。

「うん、仮。まだ本気で付き合うってよくわからないからさ。とりあえず仮って形じゃダメかな?」

「まぁ、我慢する」

 なんか偉そうだ。

「じゃあ、今日からよろしく」

「うん。よろしく」

 空気が重くなったり、気まずくなったりはしない。

 放課後の昇降口。

 さっきの会話の最中も、何人もこっちを興味深そうに見ながら歩いて行く人たちの気配があった。

「んじゃ、僕は帰るよ」

「あたしも帰る。一緒に帰ろ?」

 片桐優羽と並んで歩きながら校門から校外に出る。

「どこか寄って行かない?」

「いいよ。どこでも付き合う」

 人に合わせて生きる

 それは、他人を不快にしないよう当たり障りのない受け答えだけをすること。

 そこに、僕の意志なんてない。

 そう、それでいいのだ。

「氷室くんって転校生なんだよね?」

「そうだけど?」

「なんで二年の途中、なんて中途半端な時期に転校してきたの?」

 あまり聞かれたくなかった質問が真っ先にきた。

 けれど、ここで動揺してはいけない。

 静かに。静かに心を落ち着かせる。

「前の学校で問題を起こしちゃってね。それで自主退学をして、母さんの実家があるこっちに引っ越してきたから」

「今は一人暮らし?」

「うん。父さんの仕事の都合とかあるから。さすがに家族ごと引っ越しはできなかったからね。気楽でいいよ」

 半分嘘、半分事実を並べながら、自然な感じに話を作る。

 バレたときはバレたときだ。

 そのとき考えればいい。

「あ、近くに公園あるんだけど寄ってかない?」

 片桐の横をさっきコンビニで買ったペプシを飲みなら歩く。

 ついでに片桐はソフトクリームを食べている。

「ここだよ。小さい公園」

 確かに小さい公園なのだけど、それ以上に寂れている感じがした。

 オレンジ色に照らせれた公園は、ベンチと砂場があるだけで他に何もない。

 もちろん、子どもの姿もない。

「昔はね。滑り台とブランコもあったんだけどね。あたしが中学校に上がることには取り壊されちゃった」

 少しだけ寂しそうな瞳で公園を見つめながら言う。

「仕方ないとは思うけど。確かに公園から遊具が無くなるのは寂しいよね」

 大人の事情で子どもの遊び場所は減っていく。

 それはどうなのだろう?

 今の子どもは外で遊ばなくなった、とか言ってる大人が居るけれど、遊ばない原因を作っているのは大人ではないだろうか。

 ただただ「危険だ」と遊具を撤去して、ボールは危ないと公園での球技を禁止して。

 子どもが家の中で遊ぶキッカケを作っているのは全て大人だ。

 危険な間違った使い方をした愚かな奴が怪我をしたからと、馬鹿な親がそれを訴えて、公園から撤去される。

 大人がしなくちゃいけないのは、最初から危険だとその物を撤去することではなく、危険を伝えながら正しい遊び方を教えることではないだろうか。

 なんて、意見文が書けそうだ。

「どうか……しか?」

 公園を見つめたままぼぉっと突っ立てる僕の顔を、片桐が心配そうに覗き込んでくる。

「いや、変わっていくんだなと思って」

 全ての物は時間と共に変わってゆく。

 僕の周りの環境も人間関係も。

 速いのかゆっくりなのかは知らないけれど、確かに変わってゆく。

「そうだね。時間と共に変わらないものなんて何もないとあたしは思うよ。いい意味でも悪い意味でもね」

 そう言って、片桐は公園の中へと足を踏み入れた。

 一歩一歩懐かしそうに、踏みしめるように。

「ここね、家の近くだから昔は結構来たんだけどさ。最近は見るだけで入るのは久しぶり」

 僕も追いかけるように中に入り、片桐が腰かけたベンチの隣に座る。

「時間と共に変わらないものはない、か」

「そうだと思わない?」

「そうかもしれない」

 ベンチの背もたれに寄り掛かって、空を見上げてみる。

 日はほとんど沈んで、微かに星と月が見えた。

「もうすぐ満月だぁ」

 同じようにして空を見上げていた片桐がポツリと呟く。

 少し考えてみる。

 彼女がどうして僕に声を掛けたのか、「付き合って」なんか言ってきたのか。

 それと一番最初に聞かれた質問。

 『そんな生き方してて楽しい?』―――

 僕が返した言葉には確かな偽りがある。

 生きていて楽しいと思ったことがない、と言ったけれど。

 いや、それは捨てたことだから。

 やっぱり僕は生きていて楽しいと思ったことはないんだ。

 いつ死んでも悔いはない。

「そうだ。氷室くん、アドレス教えてよ」

 ポケットから携帯を取り出しながら、片桐が言う。

「いいけど」

 僕もスラックスのポケットから携帯を取り出し、赤外線でアドレスや電話番号を交換する。昔と違って手打ちをしなくていいのはラクでいい。

 間違いもないし。

「夜にでもメールするから」

「起きてたら返すよ」

 家に帰ると夕飯を適当に食べて、シャワーを浴び、すぐ寝るようにしている。

 起きていても良いことがあるわけでもない。

 その後、近くだと言う片桐の家まで彼女を送って、僕も家に帰った。

 今日片桐についてわかったことは、案外話が合うかもしれないということと、家がそれなりに近いということだった。

 僕はこっちの中学ではないから知らなかったけれど、同じ地区らしい。

 手を洗って、制服を着替えて、コンビニで買ってきた夕飯のサンドウィッチを食べる。

 ピロリっと。

 突然、携帯が鳴った。

 メールを送ってきた相手は察しが付く。

 と、言うか。彼女以外にありえないだろう。

―まだ起きてる(・・?)―

 起きてる、とただ返すと。

 間髪入れずに次のメールが返ってきた。

―よかった(*´▽`*) 明日の朝、7時30分にさっきの公園ね(n‘∀‘)η―

 どうやら、一緒に行こうと言うことらしい。

 \(^o^)/了解!、と返信して携帯をテーブルに置く。

 すると、また間髪入れずに返信があった。

―今日の夕ご飯は何? あたしの家はハンバーグ(*゜▽゜*)―

 今度は写メ付きでメールが来た。

 ハンバーグと一緒に片桐自身も写っている。

 返信するのが面倒になって、僕は携帯を放置したままシャワーを浴びに行き、戻ってきたときにはメールのことなんてすっかり忘れてベッドで寝てしまった。

 力尽きた、と言うべきだろうか。

 普段から早寝の癖は付いているけれど、今日の場合は『疲労』が大きかったと思う。

 やはり、今の自分の中で人と関わることを拒絶しているのかもしれない。


 次の日の朝。

 五時に自然と目が覚める。

 最近はそれが癖と言うか、習慣になっていた。

 五時になると自然に目が覚め、身体も動くようになる。

 洗面所で顔を洗い、制服に着替えて、リビングに向かう。

 普段ならこのまま時間になるまでソファーでのんびり朝のニュースを見ているのだが、今日はリビングに入ると同時に、机の上に放置してあった携帯電話が目に入った。

 そこでやっと思い出す。

(そう言えば。昨日、片桐からのメールをブチったままだったっけか)

 携帯を手に取って、ボタンを押して画面を付けたところで恐ろしい数字を見ることになる。

 未読メール480通。不在着信48件。

 なんじゃこりゃ……。

 開いてみれば、全部が片桐優羽からのものだ。

 これ、俺が寝てからメールは1分に1回、電話は10分に1回ってペースじゃないか?

 さすがに内容までは読む気にならない。

 全てのメールを開封済みにしておく。

 おいおい昨日、ほぼ満タンだった携帯のバッテリーがもう10%切ってるじゃないですか。

 とりあえず充電器を繋いで、1番最後のメールだけ見てみる。

 受信時間はついさっき。4時59分だ。

―寝る前は「おやすみ」、朝起きたら「おはよう」なんだよ……―

 文字だけのメール。

 昨日みたいに顔文字や絵文字がない。

「なんかものすごい罪悪感だ……」

 それと同時に、嫌な予感が頭を過ぎった。

 まさか、とは思ったけれど。

 なんとなく否定しきれない。間違いだったら間違いだったでいい。

 僕はスクールバックを手に取って、家を飛び出した。

 全力疾走なんて久々だ。

 向かう先は……

「やっぱり……」

 僕が向かったのは、昨日片桐と来た公園。

 そしてそこのベンチには、彼女が座っていた。

 携帯を握りしめたまま、願うように祈るように画面を見つめている彼女の姿がそこにはあった。

「片桐っ」

 早朝だというのに、つい叫んでしまった。

急いで彼女のところに走る。

「氷室……くん?」

 ベンチに座ったまま、真っ赤で腫れぼったい目で見上げてくる。

 化粧で一応隠しているけど、かなり酷いクマもできている。

「そうだよ」

「ばか」

 震えた声で、潤んだ瞳で上目遣いに睨んでそう言われた。

「ごめん」

 だから、僕は素直に謝るしかなかった。

 言い訳は無意味だろうし、軽率にメールを無視したのも僕だ。

「寂しかったんだよ?メール、ずっと待ってたんだよ?」

「うん、ごめん」

 どうして彼女が、メールが返ってこないだけでここまで取り乱しているのか、僕にはよくわからないけれど、きっと理由があるのだろう。

 だから、許してもらえるまで謝るしかない。

「寂しいのはダメなの。もう、置いて行かれるのはイヤ。誰にもどこにも行って欲しくない。氷室くんは居なくなったりしないよね?」

 昨日、一番最初に話し掛けてきたときの強気な態度からは想像できないほど、泣きそうな声で喋りながら震えている彼女の姿は弱々しく見えた。

 僕はどうすべきなのだろう。

 謝るだけでは、たぶん無意味だ。

 考えて出た答えは。

 僕は片桐の真正面に膝を下ろして、そのまま彼女の頭と肩を抱き寄せた。

 拒否されたら終わりの賭けだったけれど、彼女も体重を預けてくれた。

 僕はこのとき初めて、『彼女を守りたい』と思った。

 強そうに見えて、実は脆くて弱い彼女を。

「僕はどこにも行かないよ。ずっと君といる」

 だから、そんな言葉がすんなりと出た。

 『好き』という感情なのか、自分でもよくわからないけれど。

 『守りたい』と思うことは、『好き』と同じだけの想いがあるんじゃないかと僕は思う。

「次は許さないからね」

 僕の胸に顔を埋めたまま、泣き笑いの顔で片桐は言った。

 次は許さない、それはつまり今回は許すということだろうか。

 てか、早朝から公園のベンチで抱き合っているというのは、理由ありだとしても色々とヤバい気がする。

「片桐。そのまま学校行ける?」

「うん、大丈夫」

 化粧で隠してるとはいえ、顔色もあまりすぐれないように見えるし。

 公園を出て、片桐と並んで歩き出す。

 学校までも大した距離じゃない。

 せいぜい徒歩20分といったくらいだ。

 1人で歩く通学路と2人で歩く通学路は、同じ道なのに何かが違う気がした。

 自分のズレていると思っていたところのほんの一部だけが戻ったような、そんな気もしたけ。けれど、たぶんそれは気のせいなのだと思う。

 何も変わっちゃいない。

「メールさ、さすがにあの量はおかしくない?」

 片桐が落ち着いたあたりを見計らって、僕はそのことを聞いてみた。

 こんなことが毎日続くのはさすがにキツイ。

「……だって」

 片桐が子どものように、唇を尖らせ頬を膨らませる。

 その姿が少しだけ可愛く見えた。

「昨日は僕が悪かったと思う。メール無視しちゃったし」

「そうだよぉ」

「けど、僕メールってあまり得意じゃないんだ」

「そう、なの?」

 少し意外そうに片桐が僕の顔を覗き込んでくる。

 そんなに意外かな?メール苦手なのって。

 よくわからない。

「だから、ん~。なんて言うのかな」

 伝えたいことが上手く『言葉』としてまとまらない。

「ちゃんと、「おはよう」と「おやすみ」のメールはする。だから返信が遅くても心配しないで欲しい」

「絶対?」

「絶対だ」

「わかった。あたしも氷室くんを信じる」

 

 お互いの妥協点?を見つける。

 それで僕たちの付き合って初めての問題は解決した。

 なんか付き合って1日目で経験するようなことではないのだけど。

 でも、そのおかげで。

 仮の恋人として付き合ってみるはずだった彼女に惹かれた……のだと思う。

 人間関係に日数や時間は関係ない、とは確かにその通りなのかもしれない。

 こうして、僕と片桐優羽の不安定な関係は始まった。


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