八幕 流れ着いた女
流れ着いた、といってもどこか上流から流れてきた、というわけではないので、そこのところはご理解を。
今回は前回の七幕の最後にちょこっと出てきた女性の話です。ここから歴史は大きく違っていく、その第一歩(?)になります。
紅桜・・・桜也が信長・・・姫香と親名(桜也の場合自分の本名)を教えあったその三日後。
「・・・桜也、どこに行くの?」
城下町を散策しようとして門に行ったところで姫香に見つかりそう聞かれた。何処か脅しが入っているのはご愛敬。
「ただの城下町散策だよ、暇潰し程度のだけどな」
「ふーん」
桜也は本気でそう思っていたのだが、姫香は違った。桜也に疑いの眼差しを向けていた。
「・・・女の子に会いに行くわけじゃ・・・ないよね?」
「んなわけないだろ、普通に考えても」
「・・・ならいいけど」
紅桜は門へと向かい・・・途中で姫香の方を見た。
「どうしたの?」
「ちゃんと宿題やっとけよ」
「わ、わかってるもん!」
もう、と言わんばかりに怒る姫香に背を向け、桜也は街へと向かった。
「流石城下町と言ったところか?ちゃんと政治が行き届いていて活気も良いし・・・」
城下町を見て回る桜也。活気然り、商品然り、その全てが物珍しい気もした。
「・・・暇だ、少し街道の方行ってみるか」
唐突に、何の気なしに街道の方へ行ってみるのであった。
「・・・あ・・・う・・・」
とぼとぼと、足元覚束ぬ様子で歩く一人の女性。着る物は普通の農民のものとは違い、綺麗なものだった・・・が、既にボロボロになっているため見栄えは良くない。
「・・・も・・・もう・・・だめ・・・ですぅ・・・」
女性はそのまま地に倒れ込んでしまった。
「・・・ん?」
街道を散策していたところ、桜也は倒れている女性を見つけた。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて女性に駆け寄る桜也。倒れている女性は声をかけても返事をしない。
「おい!おい!!」
何度か声をかけ、軽く揺すったところで、気がついたのか呻き声をあげる。
「・・・うぅ・・・」
「良かった・・・!怪我はしてないか?どうして倒れていたか教えてもらえれば・・・」
「・・・かが・・・」
「・・・?」
呻くようなか細い声で女性が呟いた。しっかりと聞き取れずに聞き返す桜也。
「どうしたんだ?」
「・・・お腹が・・・空きましたぁ・・・」
「・・・は?」
くきゅるるる・・・と可愛らしい音を立てて、女性の腹が空腹を訴えた。
「はむ・・・」
(・・・おいおい、おにぎり10個目だぞ・・・!?どんだけ腹減ってんだよこの女性・・・)
がっつくようにではないが、出されたおにぎりをどんどん平らげていく女性。数は見ている間にもどんどん減り、30は積んでおいた
であろうおにぎりの皿も既に見え始めているほどだ。
「・・・んくっ・・・あ、あの・・・」
「ん?」
自分の手元の財布を見て、感情が足りるだろうか、と心配になっていた桜也に、女性がおずおずと話しかけてきた。
「此度は飢えに苦しんでいた私を助けて頂き、誠にありがとうございました」
「いや、誰であろうと倒れていたのなら助けるものだ。・・・追剥等でなければな」
器用に深々とお辞儀をし、礼を述べる女性に当然のことしたまでだ、と返す桜也。
「それと・・・つかぬ事をお聞きしますが・・・」
「なんでしょう?」
「・・・ここは・・・尾張ですか?」
この質問を聞いて、桜也は確信した。この女性は他所から流れてきたある程度高い身分の人間なのだと。
「はい、尾張は織田信秀公の嫡子、信長公の御膝元にございますれば」
「・・・やっと・・・辿り着いたのですね・・・」
突然ぽろぽろと涙を流し始めた女性に慌てる桜也。周りからは冷たい目線が。
「い、如何なされた!?」
「・・・その・・・ひっく・・・申し訳・・・うぐっ・・・ありません・・・」
泣き始めた時に女性の着ている服の一部に気になる文様を見つけた桜也。よくよく見たらそれは・・・
(・・・この文様、蘆名家のもの!?蘆名はまだ滅ばないはず・・・じゃあこの女性は一体!?)
そう思った桜也は思わず聞いてしまった。
「・・・差し支えなければ、名を訪ねたく思うのですが・・・」
相手の気を損ねないように問う桜也。女性はそれに笑顔を浮かべて首を縦に振った。
「私は蘆名十六代当主、蘆名盛氏の子、蘆名盛隆にございます」
瞬間、桜也の頭の中は真っ白になった。
(蘆名・・・盛隆!?嘘だ、今はまだ生まれたばかりのはずだろ!?・・・いや、竹千代の件を考えるとそうでもないか、でも・・・まだ蘆名は滅んだわけじゃないはずだ・・・!)
桜也の頭の中がパニックになっているその時、盛隆は顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「・・・あのー・・・どうかなさいました?」
「・・・ああ、いや、何でもないのでお気づかいなく・・・」
内心焦ってはいたものの、どうにか落ち着きを取り戻すことに成功した。
「・・・城の方へ案内致しましょうか?」
「あ、ありがとうございます」
(今日信秀さん来てたかな・・・?)
いるか分からない尾張領主・信秀がいることに掛け、城に盛隆を連れていく桜也であった。
城に戻ってきた時、最初に出会ったのが長秀で、急を告げる事が起きた、と伝えたところ、「直ぐに謁見の準備を」と飛ぶように駆けて行った。なお、その時に桜也のことが「殺さずの紅桜」だということを知った盛隆は、「この人があの・・・優しくて格好良い人だな」と思っていた。
「・・・それで、そなたが蘆名盛氏の子、盛隆だな?」
「はい、『元』陸奥領主、蘆名盛氏の子、蘆名盛隆にございます」
『元』という言葉に全員がざわめく。
「皆の者、静まれ!・・・盛隆よ、『元』というのは如何様なことか?」
「・・・はい、我が父が治めていた陸奥は・・・佐竹に・・・佐竹に攻め滅ぼされました・・・!その時に父から『尾張の織田の元へ行け、そこならお前を戦いに巻き込まぬ場所へと迎え入れてくれるだろう』と言って・・・」
そこで涙ぐみ始め、嗚咽を漏らす盛隆。周りの面々の中に貰い泣きをする者もいた。犬千代がその一例だった。
「・・・そうか。同盟には伊達氏がいたようだが?」
「伊達も・・・援軍として駆け付けてもらいましたが・・・力及ばず・・・」
「・・・そうか・・・」
演技には見えぬほどの嗚咽と声。信秀は少し考え・・・
「隆盛よ、今後将としての活躍を望むか?」
「・・・いえ、これ以上戦いたくはありません」
「・・・そうか」
隆盛の決意・・・二度と戦いたくない、つまり侍女として生きても構わない、という言葉に少し考え・・・
「蘆名盛隆よ、お前を誰かしらの専属の侍女として仕えさせよう。希望したい者はおるか?」
「その・・・」
一瞬ちらりと紅桜の方を見て、また信秀の方を見る。その一瞬を信長は見逃しておらず、体をピクリと動かした。
「できれば・・・紅桜様に仕えたく・・・」
「駄目だ!!」
言葉を遮るように声を荒げた信長。
「これ以上紅桜に迷惑をかけるわけにはいかぬ!父上が許そうとあたしは許さないからな!!」
「待て、信長!」
信秀の制止も聞かず、部屋を立ち去ってしまう信長。その後を信秀の代わりに追って紅桜は駆けて行った。
「・・・すまぬな、娘の疳癪だと思ってくれ」
「は、はい・・・」
信長の主張通らず、盛隆は紅桜専属の侍女として織田に迎え入れられた。奇しくも盛氏の望む『盛隆を戦いに巻き込まぬ場所』へと迎え入れられたのだ・・・
「待たれよ、信長殿!」
ずんずんと先を音を立てて歩く姫香の後を追う桜也。
「待て姫香!!」
「・・・」
桜也が姫香の名を叫ぶように呼んだ時、初めて姫香は足を止めた。
「・・・桜也・・・」
そして、ポツリと桜也の名を呼び・・・
「桜也はいいの・・・?突如現れた女子が自分の侍女になっても・・・」
「・・・侍女になるって聞いた時はそりゃびっくりしたけど・・・ちょっとくらいは俺の意思を聞いて欲しかったと思うよ」
桜也がそう言った時、姫香は隣の部屋の襖を勢いよく開け・・・
「うわっ!?」
桜也の手を思い切り引いて、彼が入ったところで襖を閉めた。入ったのは姫香の部屋。
「・・・ってて・・・姫香・・・っ!?」
「・・・桜也は・・・私のものだもん・・・」
立ち上がろうとしたところに姫香が抱きついて来て、どうにか体勢を保つのが精一杯だった桜也。そんな状態にした姫香の口から洩れたのは、明らかな嫉妬の籠った言葉だった。
「ひめ・・・か・・・?」
「桜也が他の女子に取られちゃうの・・・嫌なの・・・例え桜也の意思で他の女子の所に行ったとしても・・・嫌なの・・・!」
絶対に離すもんか、と言わんばかりにしがみついている姫香。
「・・・まったく、一目惚れでもない限り取られるとか有り得ない話だろ」
「でも・・・」
「それに、俺が何時盛隆に一目惚れしたような姿を見せた?」
「うっ・・・」
言葉を詰まらせる姫香。桜也は畳みかけるように言葉を続ける。
「俺はまだ誰にも返事をしてないから、竹千代のものでもないし、姫香、お前のものでもない。俺がお前に惚れたら居られる限りずっと・・・お前のことだけを見てるから」
「おう・・・や・・・」
言った後、桜也は顔を赤くしていたが、それ以上に姫香は顔を赤くしていた。
「・・・姫香も随分としおらしくなりおって。盛隆が流れ着いたことがいい方向へ進んだようだな」
「全く、そのようで」
たまたま聞こえてきた声が何かと聞いてみた信秀と政秀。丁度桜也が照れ臭くなる台詞を言った後だったが、姫香が抱きついているのを見てそう呟いていたのだ。
「それにしても、紅桜の本当の姿を垣間見た、そんな気がするな」
「御尤もで」
「・・・さて、老いた二人は早々に立ち去るとしようか」
「そうですな。後は若い二人に任せるとして」
はっはっは、と笑いながら二人はその部屋を後にした。
「・・・父上と政秀の馬鹿ぁ・・・」
案の定笑い声が聞こえていた姫香はぷるぷると震えていた。
「・・・まあ、姫香のような美人となら恋人同士になってもいいかもな・・・」
「・・・馬鹿・・・」
気難しい二人が揃って恥ずかしい状態になっていた・・・
「・・・紅桜様の専属の侍女・・・えへへ・・・」
一方で盛隆は自分が新たに置かれた状況を喜んでいた。一大名の娘から転落して侍女になったのに、である。」
「頑張るぞ・・・紅桜様の寵愛を一身に受けるために・・・」
彼女もまた、恋に燃える乙女だった・・・
次回は八幕までのキャラ紹介です。
で、その後は幕間と称し、さらにパラレル戦国時代が混沌化する事態を書きます。
お楽しみに。