十幕 仕官望むサル
皆さんお待ちかね、あの『サル』がついに登場です。
・・・まあ、案の定女の子化してますが、気にしないでください。
尾張・那古野城前。
「・・・ここが那古野・・・絶対に仕えて見せるぞ、織田の御殿様に!!」
一人の少女が意気込んでいた。絶対に仕えてみせると。
「・・・父ちゃん、母ちゃん、ボク頑張るから!!」
自分を「ボク」と呼ぶ少女は、城下町へと入っていった。・・・が、少女はあることに気付いていなかった。
現在はまだ朝早い時間帯であり、誰もいないと言うことに・・・
その頃。
「・・・はぁ・・・」
桜也は自分にあてられた部屋で目を覚ました。その横に感じる温かな感触。
「・・・またか、姫香・・・。横には美夜・・・」
やっぱりか、という感じが混ざる溜息と共に、起きあがる桜也。信秀の葬儀後、ほぼ毎日という具合で姫香が布団に潜り込んできていた。理由は単純、「寂しいから」。
ただ、それだけで済めば良かった。姫香の布団初侵入から4日後の夜、ついには美夜・・・盛隆までもが同様の行為を始めたのだ。
親名は美夜初侵入の時に彼女から聞かされ、彼女もまた、「桜也」と呼べるようになった。
ただ侵入してきただけではなく、もぞもぞと布団の中で動いては抱きついてくるため、姫香がそれに対抗してしまっていたのだ。二人の豊満な山は自分の方がいいだろうと主張せんばかりに押しつけられ、2日程桜也が寝付けなかったほどだ。
挙句には二人が全裸で入ってきたことすらあったほど・・・
「・・・今日はまだ服を着てるか・・・。ったく・・・何時も何時も面倒を起こして・・・」
桜也は何処か手慣れた動きで二人の拘束から逃れ、部屋の外に出た。その際、一切の物音を立てず、一切の刺激も与えなかった点は凄いとしか言えなかった。
「さーて・・・早朝散歩と洒落込みますかっと・・・」
桜也はそのままの服装で部屋を出た。
その一刻後、桜也の部屋から女性二人の悲鳴が聞こえたのはご愛敬である。また、それが誰のものかも理解出来ている面々故、誰も取り合わないのもご愛敬。
「あ、あれ・・・?ここさっき来たような・・・?」
少女は一人、道に迷っていた。原因は複数ある。まず、表通りに誰一人いないこと。朝早すぎたこと。城下町が複雑すぎること。それら全てが相まって、少女は道に迷っていた。
「あっちにお城が見えるからー・・・あっちに行けばいいと思ったのに・・・母ちゃんから「屋根を飛び移ったらいけません」ってきつく言われてるからなぁ・・・」
少女は深く溜息を吐いて。
「・・・しょーがない、人に聞くしかないかぁ・・・」
再びとぼとぼと歩きだしたのだった。しかし少女はやっぱり馬鹿だった。「人がいない」のにどうやって「人に聞くのか」と。
「やっぱ朝一の空気はうめぇや」
全く人気のない城下町探索を始めていた桜也。今は広場に設置した木製の椅子に座り一息ついていた。自動車や排気ガスなどが一切なく、非常に澄んだ空気はそれを吸うだけでも満腹になれる。
「・・・お?こんな朝っぱらに人がいる?」
不意に顔を前に向けた時、あたりをきょろきょろと見ながら何かを探している少女が目に付いた。
「あれは・・・や、待て、まだ秀吉が配下になるのは早いぞ・・・!?」
そう呟いた時、その少女も桜也に気付いたようで、とてとてと走り寄ってきた。
「・・・まあ、人違いってこともあるだろ。何か探しているようだし、とりあえず協力してやるか」
走り寄る少女を待つことにした桜也。・・・途中でズデン!と盛大に転んだのを見て苦笑いをしたのは余談である。
「よ、よかったぁ・・・人がいたぁ・・・」
若干涙目になりつつ話す少女。
「・・・あのな?この時間は人なんて殆ど見ないぞ?見れたとしても精々俺みたいに散歩している人間くらいだぞ・・・」
それだけ言った時、「えっ・・・」というような顔をしたと思ったら涙ぐみだした少女。
「ちょ、待て!ここに来た時間が悪かっただけだって!!」
「わ、分かってる・・・分かってるもん・・・」
説得が功を奏した・・・わけでもないのだが、とりあえず落ち着かせることには成功し、ほっとする桜也。
「・・・で、お前は一体何処を目指していたんだ?」
「那古野の御城・・・」
「・・・!」
桜也はこの一言で嫌な予感が当たったと確信した。既に利家(現在犬千代)や長秀は参加に加わっている。この時期で考えられるのは秀吉・・・つまり「木下藤吉郎」以外考えられないのだ。
「・・・す、済まんが名前を教えてくれないか?流石に名も知らない人間を簡単に城に連れていけるわけないから」
「それもそっか。僕は木下藤吉郎」
やっぱり、と思う桜也。(思っただけにとどまったのは、口にして変なことを聞かれるよりかは幾分かマシだと考えたから)
「・・・登用されるかは・・・本当に知らないぞ?」
「・・・頑張るもん!」
健気に答える藤吉郎に苦笑いしながら、桜也は那古野城へと歩き始めた。
「・・・そういやあいつらぼちぼち起きただろうなぁ・・・。・・・さすがに殺されはしないだろうけど、帰ったら帰ったでボコボコにされるだろうなぁ・・・」
「・・・?」
那古野城。藤吉郎を連れ帰った桜也は早速姫香に呼び出されていた。その先、無論姫香の部屋。
「桜也っ!!」
「桜也様っ!!」
「・・・ったく、朝そっと抜け出しただけでなんでこんなご立腹なんだか・・・」
姫香・美夜に説教されてる最中の桜也。理由は単純だが桜也は全く関係のない部分だった。その理由は・・・「なぜ朝私と美夜・姫香が抱き合っている形になっていたのか」というもの。桜也はふたりからそっと抜け出るように動いただけで、別に抱き合わせるようなことはしていなかった。・・・言い換えれば彼女達が勝手に抱きあっただけなのだが。
「桜也!話聞いてるの!?」
「聞いてるも何も、お前らが勝手に抱き合ってただけだろ?俺はそっと抜け出ただけだ、それ以後は知らん」
「それでもっ!!」
「あーもー何時までもんなことでグダグダ言ってんじゃねえっ!とにかく!今は一人織田に仕えたいってやつが来てんだ、そいつに会ってからこの話の続きだ!!」
桜也が無理に話を締めると、姫香と美夜はまだ不満が残ってると言わんばかりに頬を膨らませ、まだ怒ってることを明らかにしていた。
「・・・あとでできる限りのことしてやるからよ」
「絶対だよ!!」
「絶対ですよ!?」
「はいはい・・・」
『できる限りの事をする』と言っただけでこの変貌ぶりに呆れることしかできない桜也であった。
「・・・で、お前が織田に仕えたいと言っていた・・・」
「はい、木下藤吉郎にございます!」
「・・・気合は入っているようだな・・・」
信長は傍らに立つ長秀にこそこそと話しながら藤吉郎の登用可否を判断していた。
「・・・ええ、我ら織田家に仕えんがため、遥々田舎から出てきたとのこと」
「・・・らしいな。志願書のようなものはないが・・・むぅ・・・」
「・・・難しいものですな・・・」
こういう時に政秀がいれば、と思う信長と長秀。そんな時に限って政秀は所用で外出中。
「されば、紅桜殿を頼ってみてはいかがか?」
「紅桜をか・・・そうだな、紅桜のやり方を今後の手本としよう」
「・・・で、俺がここに呼ばれると・・・」
紅桜は、ぶっきらぼうかつ小声でぼやいた。
「ああ、さっきの優しい人!!」
「・・・さっきの・・・?・・・そう言えば紅桜が案内したようだが?」
「平たく言えばそうなります、明朝、人一人いない街中を涙目でうろついていたもので」
「・・・そうか。後は任せたぞ、紅桜」
そう言って信長は下がっていった(・・・が、実際は長秀と隠れて襖の隙間から覗き見ているだけだが)。
「・・・見てるの丸分かりだってのに・・・」
「・・・???」
頭に疑問符を浮かべ、首をコテンと傾げる藤吉郎。それに対して向き合った紅桜。
「・・・うっし、まずは名前だな」
「改めて言わせて頂きま「ぷっ」・・・な、何がおかしいの!?」
突然畏まって言い出した藤吉郎に思わず紅桜。軽く「すまん」といい、砕けて言ってもいいともいった。
「えっと、木下藤吉郎、14歳」
「特技は?」
「軽業とちょっとした馬術」
これを皮切りに紅桜は藤吉郎にどんどん質問をしていった。裏では信長が長秀にどういった質問をしているかを書きとめさせていた。
「・・・・じゃあ最後の質問だ」
最後、という言葉が出てきた瞬間、藤吉郎は身をすくませた。緊張しているのが目に見えていた。
「・・・お前は織田に仕えることで、織田に何を齎せる?」
その一言に、全員時が止まったかのような錯覚に陥った。
「織田に・・・何を齎すか・・・?」
藤吉郎もその質問に対する答えを探すのに必死になり始めた。
「・・・紅桜のやつ・・・非常に難しい質問をするじゃないか・・・」
「そうでしょうな、今私が聞かれても咄嗟に答えることはできないかと」
潜む信長や長秀でさえ、頭を抱え込みたくもなる難題。「自分が仕えることによって、織田に何が齎されるか」。この質問の真意、意図は紅桜にしか分からない。しかし答えは・・・藤吉郎にしかない。
「・・・藤吉郎とやら、如何様に出る・・・?」
信長は藤吉郎の答えを待っていた。
「ボクが織田に仕えて・・・何を齎せるのかは・・・正直よく分からないんだ」
「・・・」
「絶対的勝利を齎せるか?それは否。ボクにそんな知識はないし、絶対的勝利なんてものはまず有り得ない。全国統一も否。ボク1人が仕えたところで全国統一をできるわけがないのは重々理解してる。・・・ボクができること、それは織田家が・・・ここが日本を統一するそのお手伝いだけだって思ってる」
「・・・なるほど」
紅桜は藤吉郎の答えを聞いて一つ頷いた。
「・・・私としては仕えさせてみたいのだが・・・信長殿は如何か?」
「ふえっ!?」
藤吉郎としてはそこにいないはずの人物の名を聞き、上ずった声を上げた。
「あたしとしては・・・そうね、野心がない点を見れば普通は落とすのは致し方無しと言えるわね」
「う・・・」
信長の口から告げられた藤吉郎としては嫌な響きに聞こえる言葉。だが、その後に続いた言葉に藤吉郎は顔体で洗わせない喜びを示したのだった。
「けど統一の手伝いだけならできると言い張れるその物言い、気に入ったわ。しかし、一軍の将としてはできない。だから・・・どうしようかしら?」
最後の一言に思わずずるっとなるのをこらえる紅桜。同時に締まらないなおい、とも思っていた。
「この際一将として扱うために一時的に紅桜殿の元で仕えさせ、学習させた方が宜しいかと」
「・・・それしかない?」
「今の所は。信長様が不本意であろうと、それ以外に方法がありませんので」
長秀に言われ、信長は一つ溜息を吐いた。
「・・・致し方無し、か。藤吉郎よ、何れ将として登用するその日まで紅桜の元に仕え、学べ。よいな?」
「は、はいっ!」
換気に満ちた声で返事をする藤吉郎。その後、主の前だというのにもかかわらず「やった、やった」と小さくガッツポーズしたり慌ただしく動いていた。
「桜也っ」
侍女に藤吉郎の事を任せた桜也は、自室に戻る途中で姫香に呼び止められた。
「姫香?」
「桜也、あの質問の意図ってなんだったの?」
「あの質問・・・ああ、「織田に仕えて何を齎せるか」、というものか」
桜也は答えようかと迷い、まあいいや、で告げた。
「単純に忠誠心を見ただけだよ」
「へ?」
告げられた言葉の意味が分からず、ぽかんとする姫香。
「あそこで大きく出た場合、扱いが悪いと引き抜きされやすくなる。自分を仕えさせれば天下が取れる!なんて言った時点でその懸念は一層深くなるさ」
「・・・へぇ・・・」
桜也の顔をまじまじと見る姫香。その目には尊敬も含まれていた。
「・・・えへへ」
「なんだよ急に笑い出して」
「私って幸せ者なんだなーって。こんな格好良くて天才で、それでいて優しい人を好きになれたんだもん」
「別に格好良くもないし賢いわけじゃねえよ。それに・・・ただお人好しなだけだからよ」
「それでもいーのっ」
年相応の女の子そのままの行動を取る姫香に若干振りまわされる形となった桜也。だが、その顔に嫌気は映っていなかった。
一方藤吉郎はというと。
「父ちゃん母ちゃん・・・ボク、織田に仕えることができたよ・・・!精一杯頑張って、皆が幸せに暮らせる日本を・・・統一された日本を作るお手伝いをするね・・・!」
遠く離れた両親に、聞こえないであろうその決意を告げていた。彼女の眼には今、信長らによって統一され、平和な時を流れる日本が映っていた。
次回は・・・信長にとって重大な事件その2、です。彼女にとって大切な人物が・・・そんなお話。
今回の相違点は、次回更新で一気にお知らせします。今回と次回で相違点がリンクしているので・・・