会社を経営してる友人の“飴と鞭”が極端すぎる
古い友人と会ったので、カフェでお茶をすることにした。
会社で仕事に追われる毎日、こういうひと時はちょっとしたオアシスになる。
アイスコーヒーを一口飲んだ友人が、俺に目を向ける。
「お前は今なにしてんだ?」
「しがないサラリーマンだよ。お前は?」
「俺は会社を立ち上げようと思ってる」
「へぇ~」
「30人ほど人員が集まったから、来月から本格的に始動するってところだ」
「ベンチャーってやつか。すごいな!」
自分で会社を作る。俺にはできない発想だ。もちろんリスクはあるだろうが、その冒険心を羨ましくも思えてしまう。
鶏口となるも牛後となるなかれ、なんて言葉もあるし、こいつは今まさに鶏口になろうとしてるんだなぁ。
「ただ……経営方針についてちょっと悩んでてさ」
「ふうん。どんな風に?」
「部下に対して厳しめにいくか、優しめにいくか……お前ならどうする?」
経営のことを聞かれても俺には分からんけど、自分なりに頭を捻ってみる。
「うーん、厳しめの方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
「お前は社長になるんだろ? 言い方は悪いけど、人間関係なんて最初に甘い顔すると、舐められちゃうことも多いじゃん。だから、最初のうちは俺は厳しいんだぞってところを見せて、社風を引き締めた方がいいと思うんだ。“最初が肝心”なんて言葉もあるしさ」
「なるほど、それもそうだな。ありがとう! まずは厳しくやっていくよ!」
「頑張れよ!」
せっかく再会したからということで、俺たちは別れ際に連絡先を交換し合った。
会社、上手くいくといいなぁ……。
***
数ヶ月後、友人から連絡があった。
相談したいことがあるという。俺は時間を作って、あるカフェで友人と待ち合わせた。
友人の顔つきはすっかり焦燥しきっていた。只事じゃないのは分かったが、俺はあえて何も気づいていないふりをして、尋ねる。
「相談したいことって、何があったんだ?」
「実は……会社が潰れそうでさ」
「え、どうして?」
どうしてと聞きつつ、こういう事態も想定はしていた。やっぱり会社経営は難しいんだな。
ところが、潰れそうな理由が予想とは少し違っていた。
「部下がみんな辞めちゃって……このままじゃどうにもならない」
「辞めた?」
てっきりもっと単純に事業が失敗したのかと思った。
「さすがに俺一人じゃ仕事が回らなくてさ……」
「なんで、みんな辞めちゃったんだ?」
「分からない……。きちんと厳しく接してたんだけどな」
そういえば、厳しくした方がいいってアドバイスしたっけ。
「どんな風に?」
「まず、毎日のようにみんなを怒鳴りつけたよ」
「は?」
「仕事をミスした奴はもちろん、成果を上げた奴も徹底的に叱りつけた。絶対クリアできないノルマを課して、達成できなければ『なぜこの程度ができない!』『この世に不可能なんてないんだ!』と一時間でも二時間でも説教した」
「おいおいおい……」
「さらに毎日の残業は強制。定時帰りなんか絶対許さないし、当然残業代なんか出さない。毎日最低でも丑三つ時まで会社にいるよう義務付けた」
「丑三つ時って……深夜2時じゃん」
「有給休暇は取らせず、土日祝日も絶対会社に出てこいと命令した」
「週休零日制!?」
「極めつけは、給料も払わなかった。どんなに頑張ろうが、会社に尽くそうが、一円も出さなかった。それなのに……みんな辞めちゃったんだ!」
「お前バカか!?」
つい怒鳴ってしまった。
「え」
「“え”じゃねえよ。なんなんだよ、その理不尽な会社はよ! 厳しいとかそういうレベルじゃないじゃん! もはやただの強制収容所だろ!」
「ちょっと厳しすぎたか?」
「ちょっとじゃねえ!」
俺は呆れて、説得を試みる。
「どこの世界に給料ゼロ、毎日深夜まで残業、休みも取れず、成果出しても怒られる。こんな会社に勤める奴がいるんだよ! 犯罪やって刑務所行った方がマシまであるぞ!」
「うう……じゃあどうすれば……」
「前は厳しくしろって言ったけど、やっぱり褒めなきゃダメだよ。なるべく甘く、優しくしてやれ。そうすれば、社員は辞めずに頑張ってくれるよ」
「なるべく甘く優しく、か。よし、今度こそやってみるよ!」
手遅れかもしれないけど、まだ倒産は免れるかもしれない。
今度はちゃんとやれよ。俺は旧友の成功を祈った。
***
数ヶ月後、連絡が来た。また相談があるらしい。
俺も気になっていたので、さっそく時間を作って会ってみる。
「……会社が潰れそうだ」
「またかよ……」
とりあえず、理由を聞いてみる。
「あれから俺は、辞めた30人をどうにか呼び戻したんだ」
「よく戻ってきたな……」
こいつがすごいのか、30人がすごいのか、どっちだろう。
「それから一から出直したんだ。だけど……」
「またみんな辞めちゃったとか?」
友人は首を横に振る。
「いや、辞めてはいない。俺が経営方針を変えたからな」
「どんな風に?」
「とにかく、みんなを褒めるようにしたんだ」
「ああ、俺のアドバイスを聞いてくれたのか」
友人はうなずく。
「成果を上げたら褒め、ミスをしてももちろん褒めた。むしろ、ミスをした時ほど褒めて褒めて褒めまくった」
「ん?」
「遅刻や無断欠勤をしても叱らない。むしろ特別ボーナスを支給する。どんどんやれって背中を押してあげた」
「……は?」
急速に雲行きが――というか、嵐がやってきた。
「クライアントからはクレームが大量に来たよ。納期も納品もメチャクチャ。お宅の社員はいい加減だって。だけど、ウチの会社にミスがあっても『ウチの社員は常に正しい』『間違ってるのはお前ら』で押し通した」
「なにしてんのこの人……」
「さらには毎月ボーナスを支払った。六ヶ月分。一日も出勤してなくても払った。とにかく金払いはよくしたかったからな」
「いい加減な仕事して、クライアントにキレられて、どこにそんな金が……?」
「しかし……なぜか資金繰りがピンチになってしまって……」
「でしょうね」
友人は唇を噛み締める。
「なぜだッ! 俺はあんなに社員に甘くしたのに……!」
「甘くしすぎなんだよ!」
「……ッ!」
「お前のやってることはなんていうか、ただでさえ甘いケーキに、砂糖ドバドバ、蜂蜜ドバドバ、練乳とチョコレートぶっかけて、ついでに餡子も塗りましょう。みたいな感じなんだよ。もはやただ体壊すだけの食い物作ってるっつうか」
「俺は良かれと思って……」
「過ぎた褒美は毒にしかならないんだよ。甘やかされまくった子供がどうなるか、考えれば分かるだろ」
「うう……じゃあ俺はどうすればいい?」
「“飴と鞭”って言葉があるじゃん。バランス考えろよ」
「バランス……」
「ミスをしたら叱る、成果を上げたら褒める。これをバランスよくやるんだよ。そうすれば、部下は喜んだり反省したりを繰り返して、業績も上がるんじゃないか?」
「なるほど……飴と鞭か。ありがとう、やってみるよ!」
……とアドバイスしてみたけど、こんな極端な奴がバランスよく飴と鞭なんてできるわけがない。
そもそもこんな状況から会社立て直すなんて無理ゲーだし、ダメだろうな、これ。
***
しばらくして、また友人から連絡が来た。
会社がどうなったのか、というかどんな末路になったのか気になるので、俺はすぐに会うことにした。
すると――
「……ありがとう!」
「え」
「お前の言う通り、叱る時は叱る、褒める時は褒める、従業員を適切に評価する、をバランスを考えて実践してみたんだ。そしたら、業績がみるみる伸びてさ! 今や業界ナンバーワンの売上を誇ってるよ!」
「ええ……」
「従業員も数百人に増えたし、支社も建てたし、これからも会社をどんどん成長させていくよ!」
「が、頑張れよ」
会社を経営してる友人の“飴と鞭”が極端すぎる。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




