初夜に「君を愛さない」と言われたけれどパパとママになりました
前作で夫婦として一歩を踏み出したアメリアとジェラルドのその後。
ジェラルドに「散財の遺伝」の波が……。
「ジェ、ラ、ルドォ……!」
「ああ、アメリア。それから義父上ようこそ」
「ようこそじゃないわ! それはなに!?」
真っ白なふかふかの絨毯の真ん中に、もうすぐ生後十か月になる娘のルイーズとジェラルドが座っており、その周りはおもちゃで溢れかえっている。その中に存在感を放つ丸々モフモフとした大きな馬のぬいぐるみが立っている。最高級のムートンに包まれていて馬にしては毛が長い。だが、その背には鞍がつき、頭絡からは房で飾られた手綱がついている。
「これ? 乗れるんだよ」
「ルイーズにはまだ早いの!」
「ルイーズ、おじいちゃまが絵本を持ってきたぞ。それからハート型のキャンディだ」
アメリアの父、ルグロ伯爵はそう言って花束のようにリボンで結ばれたハート型の棒付きキャンディを差し出す。
「お父さままで……! 絵本ももう本棚に収まりきらないぐらいあります! それにキャンディもまだ早いです!」
「ならお前が食べればいい、アメリア。好きだっただろう?」
父はにこにこ笑いながらキャンディの束をアメリアに渡した。
父は未だにこうしてアメリアを子ども扱いする。
ハート型の棒付きキャンディは、父が商談で街に出る度にお土産で買ってきてくれたものだ。ほんのりピンクがかった乳白色のキャンディは優しいいちごミルク味で、アメリアの大好物だった。
まだ覚えていたんだな、と嬉しくも恥ずかしい思いになる。と、ジェラルドの視線を感じた。
「そのキャンディが好きなのか?」
「買ってこないでね」
ジェラルドのことだ。店にあるだけ買ってきそうな気がする。いや、店を買収するかもしれない。
あの城塞跡の出来事からジェラルドはなにかとアメリアに買い与えようとするが、アメリアが眉間に皺を寄せたり死んだような目で静かに拒絶すると諦めたようだった。
だが、アメリアの妊娠が判明すると爆発した。マタニティドレスから始まり、赤ちゃん用品がどさどさと屋敷に届くようになったのだ。
さらにジェラルドは事務所を離れから屋敷の一角に移動した。ルイーズが生まれると、暇を見つけては様子を見にやってくる。手にはいつも何かしらの品物を持って。
今はまだおもちゃ程度だが、将来どんどん高額なものになればルイーズの成長にも問題が生じるだろう。それはなんとしてでも阻止しなければならない。ランベール家の遺伝を止めるのがアメリアの至上命題である。
なのにここに伏兵が、と父を睨む。
「はっはっはっ。ジェラルド殿、この絨毯の織は素晴らしいね」
「わかっていただけますか、義父上! ランベール領の最高傑作ですよ。土台の素材にもこだわりましてね、裏は麻を厚めにして表面は最高級のウールの毛を密度高く織り上げて毛足を短くしてあります。ですので小さな子どもの動きを邪魔することがないですし、転んでもケガをすることもありません。それに手触りもなめらかで最高でしょう?」
ぺらぺらと嬉しそうなジェラルドに対してアメリアはぐぐっと眉間に皺を寄せた。この真っ白な絨毯のことでも一悶着あったのだ。
赤ん坊は汚すものなのに、なぜ純白の絨毯なのか。ジェラルドに問いただすと明るい笑顔で言い放った。
『見てごらんよ、ルイーズを。君譲りの金の巻き毛に俺譲りの緑の瞳。天使じゃないか。どう見たって天使じゃないか。天使は真っ白な雲の上にいるものだろう? ルイーズはまさに天使。汚すと言うのなら、何枚でも同じものを作るよ』
アメリアはこめかみを押さえて小さく首を振る。
絨毯の真ん中でおもちゃに囲まれて座っているルイーズは飽きたのか、はたまた盛り上がる父と祖父に嫌気が差したのか、おもちゃを投げ始めた。
「ルイーズ、だめよ。投げたら危ないのよ。それに物は大切にしなければならないわ」
アメリアが諭しながら手に持ったおもちゃを取り上げると、ルイーズは眉を寄せて下唇を突き出し「ふぎゃ……っ」と目に涙を溜めて反り返った。
「おっと」
倒れて後頭部を打ちそうになるのをジェラルドが大きな手で受け止める。そして慣れた手つきでギャン泣きする娘を抱き上げた。
「よしよし、よしよし」
「まったく甘いんだから。お昼寝の時間で眠くて泣いているだけよ」
「はっはっはっ。アメリアの小さな頃を思い出すな。似ている」
「……は?」
「そうなのですか!?」
「ああ。アメリアは生まれた時から小さくて体が弱くて、歩き出すのが遅かったんだよ。だから座って手が届く範囲におもちゃを置いていて、気に入らないことがあると投げていた。乳母がわざと遠くにおもちゃを置いてハイハイさせようとしていたが、じーっと見ているだけだったな」
アメリアは羞恥のあまりかっと赤くなる。ちなみにルイーズはまだ歩かないがハイハイはする。
「ということは、わたくしは癇癪を起こさなかったのね?」
「泣き喚きはしなかったが、おもちゃは投げていたぞ」
「……」
「義父上、もう少し詳しく」
「……ジェラルド、ルグロ伯爵は商談にいらしたんだよ」
「ガイ、いたのか」
当たり前だ、とジェラルドの従兄弟であり秘書であるガイは項垂れた。仕事場を屋敷に移動したのだから、当然ガイの職場も屋敷になっている。移動してからというもの、すぐに休憩と称して妻と子どもに会いに行くジェラルドを呼びに行くのもガイの仕事である。
それに「商談は孫に一目会ってから」と言うルグロ伯爵をここまで案内したのは出迎えたアメリアとガイだ。
「はっはっはっ。それでジェラルド殿、この絨毯の量産は可能か? 欲しがる人はきっと多いぞ」
「それがこの絨毯を織ることができる熟練の織師が三人しかいなくて、この大きさを織るのに三人がかりで半年以上かかったのですよ。それより、その前に質の良い子ども服専用の生地を織る織り機の導入を進めていましてね。そのために綿花の産地との仲介を義父上にお願いしたいと……」
そんな手間暇のかかる絨毯を娘のためには『何枚でも』と言っていたのか、とアメリアは呆れる。
(ようするに市販するつもりがないのね……)
この純白の絨毯は愛娘専用なのだろう。
しかしジェラルドは別のところに商機を見出していた。
ジェラルドは既存の子ども服に不満を持っていた。大人の服をそのまま小さくしたようなデザインが多く、無駄な装飾が多い。それに生地も汗っかきな子どもには不向きである。
おむつカバーは自慢の羊毛で納得のいく物ができたものの服用の生地は改善の余地があると研究し、南方の国で生産される綿が良いとなって自ら生産するということにしたらしい。
そしてデザインからトータルでブランド化を目論んでいるようだ。
趣味と実益が合致して何よりである。
乳母に抱かれて子ども部屋に行くルイーズと、話しながら事務所のある方へと歩いて行くジェラルドとルグロ伯爵を見送りながらガイはアメリアに頭を下げた。
「お騒がせいたしました」
「いいえ、こちらこそ。ガイも大変ね」
ガイが「慣れてますから」と部屋を出ようとした時、カランッ、クワンクワンクワン、と大きな音が響いた。
「も、申し訳ございません!」
振り返ると真新しいメイド服に身を包んだ真っ青な顔をした女性が震えている。その足元には銀色の丸い盆がクワンクワンと音を小さくしながら回っている。
「いいのよ、メイ。テーブルの上は後にして、おもちゃを片付けてもらえるかしら?」
「はいっ」
「見ない顔ですね」
「ええ。メイベルと言ってジェラルドの乳母の姪でね。ルイーズの専属メイドとして雇ったのよ。まだ慣れていなくて失礼したわ」
まだまだ侯爵家の高価な茶器を触らせるのは無理だわね、とアメリアが考えていると、ガイがぽそっと呟いた。
「へぇ、可愛いですね」
「ええ。……え?」
わたわたとおもちゃを片付けるメイベルと、その様子を優しげに目を細めて見ているガイを見比べる。
あら、あらあらあら。
なぜだかきゅんきゅんしてしまうアメリアであった。
【終わり】
『初夜に「君を愛さない」と言われたので私の方から振ってみた』
8月7日発売
アンソロジーコミック
『這い上がり令嬢の冷徹な復讐』
双ふね先生によるキリッと美しいアメリアと翻弄されるジェラルドをお楽しみください!
よろしくお願いします!




