プロローグ
傷だらけの神様がいた。
世界の悉くを知り、傷つき、愛に飢えていた彼女。
多くの天使が彼女を心配していた。
誰が彼女を傷つけた?
そんなものは誰の目にも明らかだった。
悪魔だ。
神を謀るものなどそれ以外にありはしないのだ。
人という業を背負ったそれが、私たちの神を傷つけたに違いない。
未だ、初めて受けた傷にもがき苦しみ喘ぐ彼女は人にはひどく美しく見えたという。
それは悪魔的で魅力的な背徳性を帯びた快楽の一種だった。
美しいものを汚す快感。
自らが敬愛していたものを裏切る心地良さ。
見るもの全てを魅了するその尊顔を涙と涎と血液を嗚咽に混ぜて汚していく。
皆が憧れるしなやかなその腕はもう何度目かの肉離れと骨折を経験していた。
音もなく我々に近づいていた彼女の優雅な足音は、今はもう軋んだ労しい音へと姿を変えていた。
天使たちは愛すべき人間に今はもう憎悪の他に抱くものはなかった。
それはただ、愛すべき神を失ったからに他ならなかった。
彼女たち天使はこの間まで労わるように触れていた人間の体を今この瞬間、口につけた飯を吐いて捨てるかのように千切っては喰らい、そして投げ捨てた。
当然、その肉や臓物を飲み込むことはなく、安物のワインを喉に流し込むように生首から滴る血液をひどく不満げに平らげていた。
その光景に人は凍りついた。
人が食い殺されたからではない。
次は自分の番になるからではない。
ただ同胞がゴミを片付けることに何の関心もなく、言えば天使たちは憎悪すら忘れて、無心で惨殺されていく。
その光景にひどく魅了されているのだった。
人に自らが犯した罪の重さを悔やむような発想はなかった。
美しいものが醜いものを殺す。
その所為で醜いものが綺麗なものを犯している。
つまり人の中にあるのは自分本位な興味の塊。
神は人に犯され、人は天使に侵され、天使は心を失った。
「ああ、神よ。美しきあなたはどこへ行ってしまったのか」




