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〈神▽秘▲解▽体〉文化保護官と毒舌な相棒による魔法惑星観測ログ  作者: 星島新吾


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9/12

火の夜

 腐葉土を踏みしめる黒鉄(くろがね)足甲(そくこう)に、結界の役目を果たす焚火(たきび)の灯りが鈍く照り返していた。時刻は零時を過ぎ、いわゆる「丑三つ時」に差し掛かろうという頃。


 ノーム値の低下が環境を侵食し、物理法則のたがが外れ始める――化物(ギャ・ノ)たちの時間が、その深さを増していた。


「フィックス、化物(ギャ・ノ)は灯りに弱い。……私が手本を見せる。真似してみろ」


 メルは自陣を広げるように、小さな焚火から火を移しては灯りの領域を外側へと押し広げ、化物(ギャ・ノ)の群れに歩み寄る。


「危なくないのか?」


「危険はない。化物(ギャ・ノ)は灯りのある場所では、その『存在』を固定され動けなくなるからな。こうして近づき、口に松明を咥えさせてやれば、しばらくの間は無害な杭に成り下がる。さあ、やってみろ」


 僕は視界の端で上空の野竜に気を配りながら、手近な薪を手に取った。闇夜の深淵に呑まれぬよう、まずは前方へ松明を投じて安全な光域を確保する。そこへ踏み込み、硬直した化物(ギャ・ノ)の顎へ強引に火を捩じ込んで「トーチ」へと変えていく。


 一つ、また一つ。暗森の中に青白い肌と剥き出しの白骨を照らす腐肉の燭台が増殖し、僕らの周囲に不気味な安全圏が構築されていった。


 網膜に投射されたウィンドウには、常に上空を旋回する野竜の熱源反応が映っている。いつ急降下へ転じても、即座に回避行動へ移れるよう思考の端を割いておく。


「空を気にしているのか?」


 メルの鋭い指摘に、彼女が僕の細かな挙動を常に監視していることを悟った。信用されていない、というよりは、素性の知れない僕を測っているのだろう。この危機的な夜を共にする「一時の戦友」などと感傷を抱いているのは、平和な時代からやってきた僕だけなのかもしれない。


「君が言うところの野竜(ログォ)が、あそこで旋回している。……空の上から、僕らを品定めしているらしい」


 視覚補助のズーム補正を最大化する。真昼のように強調されたデジタル視界が、夜雲を裂いて旋回する橙色の楯鱗(じゅんりん)を鮮明に捉えた。


「一頭だ。君の駆る個体より小型だが、速度がある」


 今すぐに降りてこないのは、僕らが二人で固まっているせいか。あるいは野竜もまた化物(ギャ・ノ)を恐れているのか。


「なぜ降りてこないんだ?」


「野竜は賢い。私たちに数的有利があると思って、分断されるのを待っているんだろう。化物(ギャ・ノ)はなぜか高い神秘性を持つ個体を捕食する。だから彼らにとって野竜は格好の餌というわけだ」


 それでようやく野竜が襲ってこない理由が分かった。野竜も一度地面に降りてしまえば、そう簡単に再び空へは戻れないのだろう。彼にとっても僕らを狩る行為は危険が伴うということだ。


 だとしたら僕らがやれることは、化物(ギャ・ノ)を全て死体に戻すことじゃない。ある程度の数を残して野竜が降りてこないように、ヤツに警戒心を持たせたまま撤退させるのが先決だ。


 メルもそれを知ってか、全ての化物(ギャ・ノ)に松明を挿すのではなくて、周りに近寄ってきた化物(ギャ・ノ)だけを重点的に対処して、自陣に円を作るように制圧して行った。


「今晩は何とか凌げそうだね」


 冷静で迅速な対処といい、機転の利きようといい、メルはこの手のフィールドワークには長けている騎士に見える。普段からこのような状況には慣れているのだろう。


 僕はトーチ作りに一息つくため、仮拠点に設置した倒木に腰を下ろして、周囲の情報を改めて整理することにした。木の間隔であったり、幹から伸びる枝の太さであったり、逃げる時に使える物を具に覚えておく。そういう余裕が僕にはあると思っていた。


「気を抜くな!」


 メルの鋭い警告と同時に、ヘルメットに粘性のある飛沫が落ちた。指先でそれを拭い、即座に成分解析を走らせる。


【対象:ナパーム状可燃混合液。推定発火点:極めて低値】


『お兄ちゃん、指定ポイントへ緊急回避……ッ!』


 マイアの悲鳴が耳を叩いた瞬間、網膜を灼く閃光が奔った。


『――ちゃん! ――お兄ちゃん! ――フィックス!』


 混濁した意識の底から、マイアの怒鳴り声が僕を引っ張り出す。


 ――気を失っていたのか。


 顔を上げれば、視界は断続的に爆ぜる火柱に埋め尽くされ、原生林は瞬く間に地獄の火の海へと変貌していた。


 僕は爆風から逃れるように岩肌に身を寄せていたが、未だ収まらぬ衝撃波が、スーツ越しに骨を軋ませる。マイアが緊急操作でここまで僕を引っ張ってくれたのだろう。


 やがて、じっとりとした闇の気配が背後から這い寄ってくるのを感じ、僕はすぐさまメルへと視線を投げた。


 彼女は大爆発の直撃を食らい、数メートル先まで吹き飛ばされていた。その周囲は、炎で動きを止めた化物(ギャ・ノ)たち密集している。火が消えれば、彼らが一斉に彼女へと襲いかかるだろう。


「一体何が起きた……」


 朦朧とする頭を振りながら状況整理にリソースを割く。その問いには冷静なマイアが返事をした。


『ドラゴンが唾液を雨のように撒き散らして、一斉に着火させたみたい。ナパーム弾なんて懐かしい兵器、知ってる?』


 ナパーム弾は本来、広範囲を焼き払うための「焼夷兵器」だ。急激な爆轟を伴い、周囲を粉砕して回るような性質のものではない。


 ならばこれは、より複合的な――殺傷と物理破壊を同時に遂行する、あの原生生物の牙という名の「生物学的兵器」だ。


「どんなデタラメな生物だよ……呼吸は可能か?」


『タクティカルスーツを着ているお兄ちゃんはね~。でもあのゴリラ騎士は死んじゃったかも。さっきからピクリとも動かないんだもん』


「助けるぞ。化物(ギャ・ノ)を退ける方法は?」


『心配しなくても動けないよ。一面火の海なんだもん』


野竜(ログォ)は?」


『空からこっちを見てる。酸欠で死んだ腐肉を漁るつもりじゃないかな?』


「なるほど、合理的じゃないか」


 僕は岩陰から足を踏み出すと、炎に焼かれて硬化した化物(ギャ・ノ)を無造作に蹴り飛ばし、メルを抱え上げた。


「助けるぞ。……マイア、精密検査と応急処置を」


『了解。……バイタル低下。……あぁダメね、もうとっくに限界を超えてる。応急処置を施しても、持って三十分ってところね』


 マイアの指示に従い、僕は手早く縄とナイフを振るった。不時着の衝撃で医療キットすら失った僕にできるのは、古の戦場で行われていたような原始的な止血だけだ。二十二世紀の文化保護官にあるまじき石器時代の処置が、今の彼女に提示できる唯一の救いだった。


「拠点まで、全力でブーストすれば時間内に到着できるんじゃないか?」


『冗談でしょ? ここから通常徒歩で七時間かかる道のりを、三十分に短縮する負荷は想像を絶するよー?』


 人を担いだ状態で、時速百キロを超える速度での森林突破。タクティカルスーツの補助があったとしても、生身の肉体に掛かるGと反動は甚大なものになる。マイアの声には、珍しく丁寧な――そして切実な警告が混じっていた。


『スーツの全機能を開放したら、お兄ちゃんの体が持たない。三日は動けなくなるんだよ? 今後の調査計画に致命的な支障が出る。……残念だけど、現地人はここで棄てて――』


 マイアの判断は正しい。彼女のプライオリティ・ワンは常に、僕の生存と任務の継続にある。だからこそ、彼女が自らの意志で「僕を壊す選択」をすることはない。


 ……ならば、僕がその権限を剥奪すればいい。


「――管理者権限アドミニストレーター・アクセス、コード実行」


 僕は、彼女の「人格」を封印するコマンドを冷徹に告げた。マイアにとって、それは自己の思考を書き換えられ、道具として弄ばれるに等しい冒涜的な行為だ。再起動した彼女は、きっと僕を呪うだろう。だが、今の僕にはそれを躊躇う余裕など、一秒たりとも残されていなかった。


『成城・C・フィックス様の管理者権限を承認──Superuser Override──スーツ全駆動系のリミッターを解除。ルート権限を譲渡します』


 先ほどまでの軽薄な少女の声は霧散し、血の通わない機械の音だけが鼓膜を打つ。

 胸の奥を刺した僅かな痛みさえ、スーツが強制注入したアドレナリンと電気信号によって、無機質に掻き消されていく。


「……借りを作ったままは、性分じゃないんでね」


 僕はメルを横抱きに直すと、火の海と化した原生林の中へ、木々をなぎ倒す破壊的な加速で踏み込んだ。

【星島による設定のコーナー】

Q.メルさんの情報を箇条書きするとしたら。

A.

 ・上品で頼りがいのあるお姉さん騎士。

 ・クールで仕事人ぶりが窺える。

 ・フィックスより4歳~5歳ほど識別年齢は彼より年下。

 ・背は169cmのフィックスより高く、185㎝ほど。

 ・髪型はホワイトベージュのショートボブ。王子様ヘアー

 ・女にモテる。

 ・男には怖がられる。

 ・膂力がゴリラ並み。

 ・重い鎧を着ても走り周れる高タフネス。

 




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