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〈神▽秘▲解▽体〉文化保護官と毒舌な相棒による魔法惑星観測ログ  作者: 星島新吾


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8/12

宇宙はどこにある?

夜パートの続きになります。穏やかな会話劇からの、不条理な夜のサバイバルをお楽しみください。

 

「……お前はどこからきた?」


 彼女の言葉が焚火に炙られ僕の耳に入る。

 翻訳されても彼女の感情は(メロディー)として僕に伝わっていて、その感情は僕に所在を聴くだけのものではなく、僕の本質を問うていた。


 僕は何者で何処からきたのか。おそらく嘘をつくことはたやすい。 

 だから僕は指先を高く、真っ直ぐに突き上げてこういった。


宇宙(そら)からきた」


 愚直と誠実さを吐き間違えていないか、自らに問いながら答えた。


『ちょ、ちょっとフィックス⁉』


 予想外に困惑するマイアの声が脳内に響く。どうやら僕の行動は誤算だったらしい。彼女はまだまだ僕の突飛性を理解してないようだ。僕が気まぐれなのは今に始まったことではないのに。


宇宙(そら)から……?」


 彼女の瞳と焚き火の煙が吸い込まれていく先。厚い大気層の向こう側、僕の母船が待機している、あの漆黒の虚空を指さした。


「……あそこにある宇宙船から降りてきたんだよ。そうは見えないかも知れないけれど」


 爆ぜた火の粉が、僕の指をなぞるように夜空へ消えていく。

 その答えを聞いた彼女の表情から、困惑の色が浮かぶのはある意味予想通りだった。

 けれど続く言葉は僕の想定を超えてくるものだった。


「……何を、言っている? 宇宙があんな場所にあるはずがない」


 彼女は静かに首を振ると、重厚な籠手(ガントレット)に包まれた人差し指を立て、僕の足元──黒い泥の沈殿する地面を指差した。


「宇宙はこの下。深淵の底、地の果てに無限に広がっているものだ。……空にあるのは、世界を閉じ込める冷たい天井と、星空(オクラリス)の一族がいるだけだ」


 僕は掲げた指を下げて絶句した。僕が「無限の広がり」だと信じていた夜空は、彼女にとっては閉ざされた監獄の天井であり、既に完結しているようなのだ。そして星空をオクラリスという神の種族に見立てて、彼らがみていると勘違いもしている。


 頭の痛くなる話だが、どうやらそう言うことらしい。


 代わりに彼女たちに無限の深みを見せるのは深淵だった。地核とかマントルとか、そういう概念は彼女達には当然存在せず、彼女が「宇宙(そら)」と呼ぶ地の底に、本物の銀河が眠っている。重力が大地へ向かうこの惑星で、彼女たちの宇宙は「奈落」の中にこそあった。


『瑞々しい宗教じゃない。まさかとは思うけど、否定するなんてお兄ちゃんはしないよね~?』


 マイアが愉快そうな声音で僕に訊く。宗教の否定なんてそれこそ、これまで人類が戦争の端としてきた事柄だ。郷に入っては郷に従え、これは僕の好きな言葉だ。この場合だと、彼女の論理に理解を示し、その考えを咀嚼することが郷に従うことになる。


 だから「彼女の言うことを否定したりはしない」。マイアにはそう言い返した。


『アハッ、まあそっか。仮にも歴史好きのお兄ちゃんがそんな危険なことしないよね~』


 正解だと言わんばかりに、マイアが僕を嘲笑ってくる。そして僕の脳波を調べたのか、付け加えるように、『でもあんまりスッキリしてない感じ~?』と見通したように訊いてくる。彼女に隠し事はできない。


「ん……まあ、それはね」


 ただ理解と共感には隔たりがあるという事実を、今さらながら痛感しているに過ぎないのだ。

 僕には情報を更新する時間が足りていなかった。許容できるだけの視野を広げる、ネジを何本か抜くための受け入れるための時間が。


 二十二世紀の科学が、不条理な現実に侵食されている。僕はその不快感を、知的好奇心というフィルターで強引に濾過していく作業が必要だった。


 数秒か、あるいは数十秒。


 僕の中でやっと、頭のネジを飛ばして視座を揃える準備が整った。


「下が宇宙……ね。失礼した。そうなると僕はやはり星空(オクラリス)の使徒と呼ばれる存在に近いのかも知れないね」


 僕は改めて自分の足元を見つめた。

 この泥を掘り進んだ先に、無限の深みがあるというのか。

 僕たちは今、宇宙の「殻」の内側で焚き火を囲んでいるというのか?


 ……理解に苦しむ。けれども、そんな既成概念などこの惑星では何の役にも立たないということを、僕は今しがたドラゴンに思い知らされたはず。なぜ僕はそんな偏見に凝り固まった視野で居続けるんだろうか。


 なぜもっと柔軟にモノごとをみれないのだろうか……。

 その時彼女が寂しげに笑い、僕の瞳を覗いていることに気づいた。


「宇宙は生命の渦とも言われている。我々の神々が住まう聖域。それが宇宙であり、私たち全ての生命にとっての真の故郷にあたるのよ」


「そうか……僕らは宇宙の上に立っているのか。興味深い」


 彼女の言葉で、知識の乏しいこの僕は教え導かれる。この世界にとって正しい知識を持たせてくれたのだ。コレは正しく啓蒙と言えるだろう。僕は彼女に啓蒙された。


「君は眠らないのか?」


 火の粉を散らす焚き火を囲み、しばらく話している内に僕は尋ねた。丁度三つの衛星が一つに重なり、一つの影となって僕の背後に陰影をつける時間。


 もっとハッキリ言うならば、僕の複合現実(XR)で映し出された視野の右上に零時と記載されている。彼女は重厚な騎竜(コグソォ)の腹を枕にしながら、目を閉じずに答えた。


「眠るなら朝日が昇ってからだ。夜に目を閉じるのは化物(ギャ・ノ)を招き入れる恐れがある」


「……化物(ギャ・ノ)?」


 彼女は地面に絵を描く。人型で手を前にして歩く……それをゾンビのようだと気づくのに、僕はそれほど長い時間を要することはなかった。


 『ドラゴンがいるんだもん。ゾンビがいたっておかしくないね!』


 マイアはケラケラと笑う。ドラゴンに騎士ときて、お次はゾンビときた。ハロウィン会場にしても豪華なラインナップだ。


「黒血学派が遺した、忌まわしき失敗作だ」


 学派の名を彼女が口にした瞬間。


 パキリ、と森の奥で枯れ枝を折る音が響いた。


「誰だ! 」


 メル姐さんの鞘に収まっていたはずの長剣が、いつの間にか抜き身となって火を反射し、冷たく煌めいていた。彼女を視界に捉えていたはずなのに動作がまるで見えなかった。まるで物理法則を無視したように彼女が高速で動いたように、僕の目には映った。


 続いてその危険を察知したのはマイアだ。


『お兄ちゃん……ノーム値が急激に低下し始めてる。ここ一体の現実子(クオリア)が薄くなってるみたい。気を付けて、現実を食い破って神秘が這い出てくるよ』


 僕はヘルメットをかぶり直し、タクティカル・スーツの視覚補助を起動した。暗所補正(ガンマほせい)が効いたデジタルな視界の中に、その「異形」が映し出される。


 人型だ。だけど、その肌は死人のように青白く、欠落した四肢からは「黒い血」が凝固もせずにしたたり落ちている。


「あれが化物(ギャ・ノ)?」


「そうだ。増殖の神クリオメテスの聖血(せいけつ)を取り入れた愚か者たちの成れの果てだ。夜を明かす用意はしてある。火を焚いて結界を張るから、お前も手伝え」


 メルが低く、殺意の籠もった旋律で解説する。


「連中に噛まれれば、存在の根幹を奪われる。飲み込まれれば、最悪ここから『消滅』して塵になるぞ。動きは遅いが油断するな」


 彼女の指示の下、焚火の火を別に用意された焚火に移していく。火を灯して行くことが、結界となり化物(ギャ・ノ)の侵攻を食い止める力があるという。


「奴ら、昼間はみなかったけど一体どこに隠れてたんだ?」


 灯し終わった焚火に囲まれて、僕達は化物(ギャ・ノ)の群れに相対する。十五体、一斉に挙動不審な足の動きで無秩序に焚火の周りをうろつき、僕らが闇に溶け込む瞬間を開口して待っている。


「昼はオクラリスが空から瞳を開いているからだ。神の視線が世界を固定し、歪んだ奇蹟を許さない。だが夜になり、オクラリスが瞳を閉じれば、クリオメテスの神秘性が高まる……動くはずのない死体にまで、不浄な生命が宿るほどにな」


 歪んだ奇蹟……神秘性、御伽噺でしか聞かない言葉ばかりだ。現実で使われているなんて俄かには信じがたい。


『私たちなりの翻訳が完了したよ。本来この世界の昼間は観測者(オクラリス)によってこの世界のノーム値が通常の32.0N付近に固定化されているみたい。それで化物(ギャ・ノ)は「死体」でしょ?だから彼らは()()()()に動けない、そういう理屈みたい』


 マイアの説明で何となくわかった僕は、確認するように訊き返す。


「それじゃあ夜になって観測者の精度が落ちたら、ノーム値が32.0Nから乱高下して、本来ありえないはずの「死体の自律駆動」という奇蹟が許容される……そう言いたいのかい、マイア」


『再現性のある奇蹟なんて不思議ね~』


 マイアの理論は、僕の恐怖を「計算可能な現象」へと置換してくれた。

 けれども根源的な闇への恐怖は僕にしつこく絡みついているのか、僕は知らずにナイフを取り出して構えていた。


「安心しろ。火を絶やさなければいい」


 メルの姐御は心強く僕にそう言うが、周囲への警戒を怠っていない。イレギュラーがあるということだ。この静寂を破る者の登場を彼女は危惧しているに違いないのだ。そしてソイツは不意にやってくる。生物なのか、非生物なのか。環境なのか、現象なのか、それは分からない。


 しかし何らかの方法で結界は破られ、化物(ギャ・ノ)が僕らに襲いかかる。そんなシナリオを思い描く何者かから、身を守るために彼女は神経を研ぎ澄ませているのだ。


 実際、ゾンビたちは焚き火から数メートルの距離でまるで何かを待つようにピタリと足を止め、飢えた獣のような視線を向けるだけで近づこうとはしなかった。炎が放つ何かが、彼らの不浄な駆動系を阻害しているのだ。


「お前は運がいい。こう森が騒がしいと野竜(ログォ)が来てもおかしくはないからな。私もお前の運に助けられた」


 そう言えば僕も忘れていた。どうして一頭殺しただけで、全滅したと勘違いしていたのだろう。一頭いるなら他にもいると考えるのが当然の帰結だ。ドラゴンが来れば、この結界は物理的に消されてしまうだろう。そうなったらあとは想像に難くない。


「もしかして朝までこのままなのか?」


「お前はオクラリスの使者だろう?だから大丈夫だ。困った時はオクラリスが助けてくれる」


 メルの言葉に僕は頭を掻いて苦笑した。

 

『ねえねえお兄ちゃん』


「ああ、分かってる」


 喉奥でマイアの言葉に反応する。網膜の隅、警告色で点滅する熱源反応ウィンドウには、上空数千メートルから飛来する巨大な熱源反応を捉えていた。

【星島による設定のコーナー】

Q.ノーム値について。

A.32.0Nを基準とする世界の不安定さを示す値です。


現実子(クオリア)が世界には満ちているという設定で、現実子には濃度があるということになっています。地球を含めた宇宙の殆どは32.0Nである中、今回の舞台である、宇宙のバグともいえる低ノームな星、それが今回フィックスが文化保護という名目でやって来た惑星エーテリアスになります。


以上!


リアクションされると喜びます。

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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