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〈神▽秘▲解▽体〉文化保護官と毒舌な相棒による魔法惑星観測ログ  作者: 星島新吾


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6/12

言語野の終わり

パロを意識したタイトルにしようとしたら、かえって謎なタイトルになってしまった。

 僕と現地人は、互いにバイザーと甲冑で素顔を封じたまま、測るような沈黙の中にいた。


 ドラゴンが暴れた火災の跡からは、煙すら上がってこない。水分を十分に含んだ原生林が「燃えるはずがない」という摂理を、さも当然のように実行している様には少し呆れてしまう。つい先ほどまでトカゲに存在を捻じ曲げられていたくせに、アイデンティティを取り戻した途端、何もなかったかのようにざわめき始める。その厚顔無恥な「大自然様」の振る舞いには、皮肉の一つも言いたくなった。


「グルルルゥ、バウッ!」


 現地人の駆る竜が犬のような唸り声を上げ、膠着を破る。主である彼女も、身振りを繰り返す僕は痺れを切らし始めているようだ。僕は『コンタクト・マニュアル:未知知性体編』の初歩に従い、足元の枝を一本拾い上げた。


 剣を構えた現地人が、その先を下げぬまま僕を凝視する。

 僕はその枝を落とし、再び拾い上げ、その輪郭を指差した。


「……これを、君たちの言葉で何と呼ぶ?」


 彼女は狼狽したが、僕の意図が「知識の交換」であることに気づいたらしい。ポツポツと、喉の奥を鳴らす特異な音節を吐き出した。


『国際音声字母への転写完了。音素、声調、音節構造のパターンを抽出。……お兄ちゃん、続けて。彼女の脳内にある「世界の見え方」を暴くよ』


 僕は周囲の物体を一つずつ示し、サンプリングを繰り返す。


「……ちなみにマイア、彼女は女性(メス)という括りでいいのか?」


『デリカシーないなぁ。……次は概念(コンセプチュアル)テスト。数、色、それから性別。彼女、ホモ・サピエンスの近縁種だけど、筋密度はこちらの標準の倍近くある。推定握力は百キロ超──まさに「騎士」を冠したゴリラだね。それも、かなり若い雌の』


「ゴリラの騎士か。……恐ろしい相手だね」


 次に枝を二本持ち、一本ずつ落としてみせた。


「───!」


 彼女が発した単語は、先ほどとは明らかに語尾が変化していた。


『よし、音韻データは揃った。ここからは「探針(プローブ)」を投げるよ。特定の単語を当てるんじゃなく、文法構造(OS)の骨組みだけを抽出した無意味な文字列を試す。どの構文に反応するかで、彼女の言語体系を絞り込むよ』


 網膜に表示された無機質な文字列を、僕は彼女の瞳を見つめながら読み上げる。


「ィイー イッビギー カーオビーイ!」


 彼女は怪訝そうに眉を寄せた。


『格変化パターンはハズレ。次、動詞が語頭に来るVSO型、母音の長短で意味を変えるプローブを送るよ』


「アー・ソーロ ディミ ニィー」


 反応はない。いや、むしろ逆効果だったか。僕が不気味な『呪文』でも唱えていると疑ったのか、彼女は剣の柄を握る手に一層の力を込めた。


『……な、なら、もう少し奇抜な推論データを使ってみようよ! 音声の響きそのものが周囲のエーテルを振動させる最適化構文。お兄ちゃん、喉の奥を鳴らして、少し強く発声して』


 提示された三つ目のフレーズは、生理的な違和感を伴う響きをしていた。僕は覚悟を決め、喉の震えを意識してそれを放つ。


「───ヴェア・ゼル・エイア・ルオ」


 刹那、彼女の肩がびくりと跳ねた。


「今の反応、見たかい」


『うん、大当たり! 心拍数が跳ね上がったよ。……でもずいぶん不思議な言語。彼女たちの言葉って、私たちの知る「音楽」に近いのね。日本語は母音が5つだけど、彼女たちには8つある。それを胸と鼻腔の共鳴で使い分けて、喋るたびに「転調」しているみたい』


「歌で会話してるってわけか。……よし、インストールしてくれ」


『了解。即席学習インスタント・ラーニング開始。……ちょっと気まずいかもしれないけど、お空でも見て待っててね。お兄ちゃん』


 学習中、僕と彼女の間に気まずい空気が流れる。


 僕はヘルメットの中で目を見開き、口や鼻を大きく開けて信号を受け取りやすくする。本当に、バイザー越しで助かった。ファーストコンタクトがこんな地獄のようなマヌケ面であってたまるか。見せられるものなら、最大限に格好つけた顔でこの兜は取りたい。それが運命的な出会いなら猶更だ。


 やがて、脳内に視覚化された「音階」をトレースできるようになった僕は、初めて彼女の言葉を紡いだ。内側から体を震わせるように、「ゾル」で胸を深く響かせ、「ミオ」で鼻腔へ音を突き抜く。一音ごとに精密なカラオケの採点バーを意識するような、独特の集中。喋るだけで喉が枯れそうになるが、効果はてきめんだった。


 ようやく彼女の瞳に、初めて「言葉を解する者」への驚愕が走った。


 構えていた剣の先が、わずかに下がる。カチリ、と夕日に照らされた彼女の甲冑が微かな金属音を立てた。ざまあみろだ。言葉を喋れると分かった以上、もうドラゴンに襲わせようなんて変な気は起こさないだろう。……そうであってほしい。


「……ッ、ハァ。……頭以上に喉が疲れる言葉だな」


『8母音の区分けは、それだけ情報の解像度が高いってこと。……お兄ちゃん、ここからが本当の「文化保護官」の仕事だよ。挨拶だけで百種類あるかもしれないから、気を引き締めてね!』


「当たって砕けろ、か。……全く、帰る頃にはオペラ歌手にでもなっていそうだ」


 最初は、僅かな言葉の交流を手繰り寄せるだけで精一杯だった。だが、互いに敵意を沈めるぐらいには納得のいく対話ができたように思える。その成果か、彼女はドラゴンの首を叩いて移動を始め、時折、僕がついてきているかを確認するように振り返るまでになった。


 ファーストコンタクトは僕の大金星に終わったと言っていい。ほとんどマイアのおかげだけれども。


「言葉一つでこれだけ変わるのか?」


『言葉を話すのは人間とAIの二種類だけだからね。やっぱそこが境界線になりやすいのかも。……でも油断しないでよ、リスキー大好きお兄ちゃん』


「石像を守って逃げたこと、まだ根に持ってるのか?」


『私にはそんな論理回路は備わってまっせ~ん。それに安易な接近は規約違反なんだけど? どう報告書に書くつもり?』


「そこは上手く書いて誤魔化しておいてくれよ。僕の適合性プロファイル(履歴書)だって、君が組み立ててくれたおかげで就職できたんだから。そこは信用しているよ」


 僕らの能力が優秀でも、傍についているAIによっては就職できないことがある。AIの学習能力がそのまま主人(ユーザー)のステータスに反映されるからだ。だから僕とマイアは一蓮托生。僕は趣味と実益を兼ねた仕事のために。マイアはより高性能なGPUと機械オイルのために。こんな辺境の星で頑張っているのだ。


『あれは難題だったな~』


 マイアの愚痴に耳を傾けつつ、僕は石像を元あった場所に戻して彼女の後を追う。あの石像はこれからも、この森で物歴(メタヒストリー)を刻んでいくだろう。


「それに今は緊急事態だからね、少し見逃してくれ。──彼女はこの森の脅威から身を守る術を知っているような気がするんだ」

次のお話は現地人の彼女の言葉を深堀しながら、お互いの素顔を見せるシーンから始まります。

あとなぜか二人でキャンプを始めます。

スローライフものではないんですが…そんな雰囲気のある話になります。

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