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二十二世紀の文化保護官、魔法文明を歩く。  作者: 星島新吾


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燃える森と一点モノ


『〔警告〕休眠モードでやり過ごしをご推奨しちゃおっかなぁ~』


 AIの煽りすら、システムエラーのノイズ混じりに聞こえるほど事態は逼迫していた。

 数トンの質量を誇る巨躯を、重力など存在しないかのように軽々と操る竜。奴は木から木へ、一跳びごとに枝を悲鳴を上げさせながら、モモンガのような滑空で獲物を追い詰めてくる。


 僕は光学迷彩の透過率を維持したまま、腐葉土の底へと伏す。タクティカル・スーツを擬似休眠状態へと移行させ、自身の熱源反応(サーマル)と心拍を生存限界まで減衰させた。


 湿った土と、己の冷や汗が混じり合う地獄の待機時間、生唾を呑んで待ち続ける数分が僕の命運を握る。そしてその時は訪れた。


「グルルルゥ……」


 竜がわずかに視線を逸らし、質量に見合わぬ跳躍で隣の樹木へ転移した、その刹那――。


 スーツが強制再起動(リブート)の悲鳴を上げた。サーボモーターへの過電圧は、電気ショックとなって僕の肉体を容赦なく貫く。停止しかけていた心臓を強引に叩き起こされる衝撃。僕は泥を被ったまま地面を這い、太い幹の死角へと滑り込んだ。


 音を殺して息を吐き、樹皮の裏から僅かに顔を出す。視覚野を拡張して様子を伺うことを忘れない。


(……マーキングか? )


 ドラゴンは青々とした木々に、粘性のある分泌液を撒き散らしながら移動していた。そしてその着地による衝撃が、光学迷彩の脆弱な演算を狂わせる。僕の全身には激しいホワイトノイズが走り、周囲の緑とは決定的に異なる『青空』を無様にトレースして固まってしまう。


(マズイ……ドラゴンは()()()()の発生源か!)


 網膜に投射されたターゲット・タグが、視界を塞ぐ巨体の上に『33.10N』という異常数値を刻んでいる。この低ノームな惑星において、奴のような存在は歩く物理定数の歪みになる。奴の主観がこの場所の因果を蹂躙し、捻じ曲げる、ゲームで言うところの”バグ”のような存在ということだ。


 奴が空を飛べるのは、航空力学の結果ではない。奴が「空を飛ぶ」と定義したからだ。ならば、ヤツが獲物を見つけるという結果を望めば、因果は容易に収束する。マイアが出撃前に「デタラメな世界」と吐き捨てた理由が、今、不条理な現実として僕の網膜を灼いていた。


『ぷぷぷっ。顔真っ青じゃん。バレないように迷彩(カモフラージュ)をかけましょーねー』


 マイアが無理やり複合現実(XR)のカーネルに介入し、カモフラージュを再構築する。その間に僕は呼吸を整え、絶望的な状況を整理することにした。デバイスを向け、奴が撒き散らした唾液の成分を解析する。


【対象:高濃度メタン化合物。推定可燃性:10.0 vol%以上】


「つまり……あの顎が一噛み、二噛みと火花を散らせば、ボン。この森は一瞬にして巨大なガスコンロってわけだ」


『できたてのポップコーンはいかが?』


 マイアの言葉と同時に竜の牙が打ち鳴らされた。捕食者の邪悪な歓喜の瞬間だ。

 散った火花がブレスに引火した瞬間、炎の絨毯は物理法則を嘲笑う速度で原生林を侵食していく。


「躊躇いは無いのか!」


 背後で爆鳴が轟いた。水気を含んだ樹木すら、ドラゴンのナパームじみた唾液の前では等しく燃料に過ぎない。猛烈な黒煙と熱波が、スーツの耐熱限界を削り取っていく。


『アハッハッハッハッ!───にっげろ〜! 炭になっちゃうよお兄ちゃん!』


 マイアの爆笑が脳内を掻き回す。言われずとも体は既に腐葉土を蹴り、森の中を全力で駆けていた。


「ハァ……ハァ……チャンスを狙って、距離を離すぞ」


『相手の認識外に出れば影響が薄くなるかも!』


 マイアの助言に背中を押され、僕は全力で腐葉土を蹴った。

 だが、回避ルートを探るべく振り返った視線の先――地獄の火に照らされた「それ」が視界を占拠した。燃え盛るカーテンの向こう、あの祠が赤く染まっている。トカゲ野郎、よりによってあの石像に、べったりと唾液を吐きかけやがったのだ。


「あの、バカトカゲ……っ!」


 コンマ数秒、論理回路が火花を散らす。命を賭けた無謀か、それとも合理的な撤退か。

 答えは脳が演算を終えるより先に足が弾き出していた。僕の理性が冷徹に逃走ルートを指示していても、指先が、筋肉が、一点モノの美学を守るために炎の幕へと突っ込んでいた。


『へ!? ……ちょ、ちょっと待って死んじゃうよ!? そんなの守っても1CSにもならないのに!』


 マイアにとってはデータこそ全てだ。実物が破壊されたとしても、データさえあれば彼女なら復元できるだろう。


 だけどそうじゃない。この石像にはログには残らない物歴(メタヒストリー)があって、それは人間の祈りや思いの集合体だ。僕はそんな文化を保護するためにこの惑星にやってきたのだから。


『それで本音は?』


「限定一点モノの、この肌理(きめ)が、この質感が……あんなトカゲの唾液で汚されるなんて耐えられない。これは『僕が最初に見つけた完全版』なんだ。何人たりとも、一ミリだって傷つけさせてたまるか!!」


『あはは、理解不能だよ!死ぬ瞬間に抱きしめてるのが石ころなんて!冗談行ってないで早く逃げて~!』


「ダサくて結構!歴史の残骸を塵にするくらいなら、僕の骨が灰になった方がマシだ。それに僕は死なない。石像も守って見せる。だから君はそのどっちも失敗した時のことを考えておいてくれ。いいかい?」


 直後、放たれたブレスが至近距離を掠める。直撃は免れたものの、あまりの熱量に光学迷彩が悲鳴を上げた。視界を埋め尽くす真っ赤なエラーログ。それには流石のマイアも本気で焦ったのか、


『オフラインじゃ演算が追いつかねぇ、丸見えだぞ!……ってあら私ったら、取り乱しちゃった』


 と、素の声が漏れた。

どうやら、僕の前に本当の危機がやってきたらしい。

 バチバチと火花を散らし、風景を模倣していたホログラムが剥がれ落ちる。森の中に、異物剥き出しの宇宙人が姿を現した。垂直に割れたドラゴンの瞳孔が、そんな僕を捕らえる。


「そうだ、そっちじゃない! 僕を見ろ!」


『なーにーしーてーるーのー!早く逃げなさいこのポンコツー!指示通りに動かないと本気で死んじゃうわよ~!』


 僕は石像から竜の注意を引き剥がすように、炎の中を斜めに駆けた。

 迫りくる爪牙。スーツのサーボモーターが限界まで唸り、不自然な加速で死線を回避する。外装の耐熱タイルが熱でドロリと溶け始めたが関係ない。ぐるりと周囲を周って石像を回収した。


 あとは、逃げ切るだけ――。


 その時だ。


 腕の中の石像から、脳を掻き乱すような高周波が響く。

 石像の瞳が、ゾッとするほど鮮烈な紫電(しでん)を帯びた。


『何か危ない予感がする!石像の眼を外に向けろ!! 』


 マイアの叫びと同時に放たれた蒼い衝撃波(ウェーブ)

 それは物理法則を力ずくで上書きし、周囲の炎を「消滅」させていく。


「なにっ……!?」


 消火ではない。そこにあったはずの「燃焼」という事象そのものが、因果の彼方へ消し飛ばされたのだ。煙すら上がらない、不自然なまでの無。物理学者がこれを見れば、熱力学第二法則への信頼と共に正気を失うだろう。


ここは惑星エーテリアス。


理屈を求めること自体が、最大の非合理なのだ。


「おいおい………消火じゃなくて消滅か。コイツはまいったな」

 

 焦りと共に、論文のネタを見つけたなんて考えている僕は正真正銘の馬鹿だった。


『ウッソだろおい!? って、ヤダ~……付加価値急上昇中かもぉ~!』


「AIの癖に僕より驚いてどうする」


 ツッコミもほどほどに木陰に滑り込んだ僕は、息を呑んでその光景を凝視した。

 

 解析したいわけじゃない。ただ僕は茫然と、科学では説明のつかないその「奇跡」に魅入られ、マイアに計れなかった、僕にしか理解できなかったその価値を忘れないために、腕の中で光を失った石像を見つめていた。

 

温度感はこんな感じです。

個人的にはもっとギャグを入れたいですが、それ以上にまだ開示出来ていない設定が盛りだくさんなので、そちらをゆっくり出していくような形になりますね。


今回で分かった通り、この物語は主人公フィックス君のお仕事モノです。

複合現実だったりノーム値だったり、色々と設定の開示が続きますが……忘れてはならないのは、フィックス君が今どこに向かおうとしているか、ということただ一つだけです。


それだけ分かっていたら、何となくで読める作品になっているかと思われます。

小説内で出てきた詳しい設定などは、この後書きなんかで紹介できれば、などと考えています。

あと次回で漫画で言うところの1話が終了になります。

1話の終わりはもちろん……ヒロインの登場でしょう。

お楽しみに。



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