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二十二世紀の文化保護官、魔法文明を歩く。  作者: 星島新吾


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二万クレジットの石像

SF過ぎないSFを目指して執筆中……。


 二度目の惑星外任務は、最悪に近い幕開けとなった。苦い失笑を浮かべながら手動でハッチを蹴り開け外に出ると、ポッドの残骸は特殊酸化剤の洗礼を受け、跡形もなく粘性のある液体へと崩れ去っていく。技術漏洩防止のための自動処理だ。


 僕は腕の携帯デバイスを起動し、周囲の組成(そせい)をスキャンした。


「気温二十五度、湿度は……四十五パーセントか。ココは数値の割に、肌にまとわりつく空気だな」


 この不快感すら複合現実(XR)で調整できればいいのに。そんな逃避じみた思考を巡らせながら、大気の乾燥具合と地質の安定を確認し、顔を覆っていたマスクを乱暴に剥ぎ取った。

 蒸れた銀糸に張り付いた汗が、外気に触れて急激に気化熱を奪っていく。


「この地帯にはドラゴンがいるのか。ふーん……おかしいな。引継ぎじゃあ何も言ってなかったんだが……」


 網膜に投射されたホログラフィックには、AIによる解析データが三分ほど経ってから表示されていた。


 量子コンピューターで動くAI様だから、本来であればもっと迅速に色鮮やかなグラフィックを映し出すことができるはずだけれども、今は僅かなログが限界らしい。僕らはこの惑星から電子的な干渉のせいで通信制限を受けていた。


【対象:翼手目竜亜目(推定)。構造上の欠陥アリ。エーテルを浮力に転換している可能性:98%】


 複合現実(XR)が、ドラゴンをそのように解析してログを吐き出す。解析ログによると、あれだけの巨体を浮かせるのに翼の羽ばたきでは、例え中身がどれだけスカスカでも浮力が足りないらしい。


「どーでもいい」


 僕は肺の奥まで息を吸い込む。

 土埃フレーバーの瑞々しい未知の惑星の空気を取り込み───そして溜息として放出した。


 巨木の上から数キロ先まで広がる原生林を一瞥し、首を回しながら、不快な凝りを解すように肩を回し始める。長距離移動を覚悟した準備運動のようなものだ。


「やれやれ……現地人に早いところ教えてやりたいね。宇宙人の干物がすぐそこにあるってことをさ。──頭に『アイアムグレイ』って書いた札でも貼っておこうかしら」


 そんな冗談をマイア相手に言いながら、デバイスを環境に適応するようプログラムの変数を調整する。


 しかし───


「あー……そうかこれもか。デバッグに一分も取られるんだな、なるほど……」


 腕を組みながらデバッグ完了の緑のインジケーターランプが点灯するまでしばらく待つ。


『演算も精確性に欠けるから気を付けて~』


「踏んだり蹴ったりだね。そっちは問題なさそうかい」


『良い気はしないけど。オフラインの演算でも出来る限りサポートしてあげる。でも、完璧は求めないでよね』


「了解した……」


 エーテルの影響か複合現実(XR)にも致命的なラグが見られる。これでは本格的な探査をするために必要な機械も要請することは難しいだろう。


 通信は微弱だし、原子配置データ(CAD)製造ライセンス(DRM)を持っていても、拠点建築に必要な炭素や鉄やケイ素なんかは予定ポイントに投下済みだ。


 つまり僕はどうにかして、ドラゴンが警戒飛行中の空を気にしながら、予定ポイントまでの気が遠くなるような数キロメートルを、僕はこの前時代的な二本の足で踏破しなければならないらしい。


 『自然公園に来たと思って楽しく歩こう!』


 走らないで良いからマイアは好き放題に言ってくる。


「ソイツは随分とご機嫌なピクニックになりそうだな」


 手首のデバイスを操作し、オフラインで実行可能な光線再構築(レンダリング)を全身に走らせる。

 体内の塩分を媒介にしたデータ伝送が走り、スーツ表面のナノ・アンテナが周囲の風景をサンプリングし始める。だが、エーテルの干渉は予想以上に深刻だった。本来なら周囲を舞うドローンが完璧な視点情報を送ってくれるはずが、今はスーツ単体の近接センサーのみ。


「……うん、テクスチャの解像度が足りない。これじゃあ100年前のゲーム背景だ」


 通信制限と演算ラグのせいで、僕の輪郭は周囲の景色をトレースしたまま、数秒前の風景を映して固まったり、不自然にモザイク状に歪んだりしている。隠れるのが下手なカメレオンというよりは、空間に開いた「出来の悪いバグ」のようだったが、それでも背に腹は代えられなかった。


 そもそも、僕の前職はデスクワークだ。AIと一緒に論文を書くのが仕事だった。だというのに、こんな未知の惑星に放り出されてフィールドワークなんてことになったのは、前任者の「異世界っぽい星だからお前好きそうじゃん。見たことがない物とかいっぱいあるぜ、ヘヘッ」という釣り針に飛びついたせいだ。


 ヤツには帰国後にたらふく奢って貰わなければ気が済まない。

 ───しかし冷静に考えるとアレだな。

 あいつもアイツだが、それで釣られる僕も僕だな。


 まあ……いいか。

 AIの作った動画より、別文明の物歴(メタヒストリー)を見る方が飽きずに済みそうだし。


 ◇




 この惑星にも恒星に類する光源があり、地表はハビタブルゾーン特有の、奇蹟的な二十数度という適温に保たれていた。


 僕はその適度に温められた森の中を腐葉土に足音を吸収させながら進む。

 こういう諜報活動を行うのであれば、夜まで待つのが常套手段なのかもしれないが、僕はその手の専門家ではない。文化保護官なら白昼堂々と進む権利があるのかと言われればそうではないのだけれども、ココが何処かも分からないのに夜まで待って行動できるほど、僕は余裕を持ち合わせてはいなかった。


 ドラゴンと言わずとも、この惑星にはきっと未知の生物で溢れている。それがネッシーかも知れないし、ビックフットかも知れない。だがなんにせよ、生存するには武器が必要だ。


 けれども本来到着と同時に作成できるはずだった武器も今はない。だから何としてもランディングポイントまで数キロの道を踏破しなければならなかった。目的地につけば、そこにはミニアンテナが立っているから衛星ともコンタクトできるはずだ。そうなれば、本来の計画を再開することができる。


「結局、二十二世紀になっても『歩く』という原始的苦行からは逃れられないらしい」


 足を踏み出すたび、熟成された腐葉土がねっとりとブーツを掴んで離さない。原生林の五キロメートルは、調整された僕の肉体から、搾り取れるだけの熱量を奪い去っていった。限界を超えた心拍音を耳の奥で聞きながら、僕は不格好に木に寄りかかる。


『論理回路でもショートした~?』


 もしショートしていたなら、僕は今頃もっと支離滅裂なルートを辿っていただろう。エーテル嵐がもたらす磁気異常は、僕の現在地を「海の上」だと主張し続けている。デジタルが吐き出す真っ赤な嘘を無視して、オフラインの推測航法だけでここまで来た自分を、褒めてやりたいくらいだ。


 だが、AIに弱音を売るほど、僕は僕を安売りしていない。


「喉が渇いたんだよ。人間は水で動く機械なんだ」


 インナーの回収した数百ミリリットルの排泄汗が、自動濾過装置を経て一点の濁りもない純水へと再構成される。水筒の底に溜まった僅かな液体は、今の僕にとってロマネコンティよりも価値があった。


『有機物って大変ねぇ~』


「ハハッ。水の美味さが分かるのは生き物の特権さ」


 伸びる細いホースで水を吸い上げると口を拭って、再び歩きだす。


『文化保護官なんだから、情報は足で稼ぐ!早く早く~歩き出さないとすぐに日が暮れちゃうぞ~』


 ヘルメットの振動で、メスガキボイスが脳内に響く。通信の調子は悪いが、一度届いてしまえばしっかり内容は聞こえるようだ。


『歩くの遅くなーい?事務職で鈍っちゃった感じー?』


「これでもサバイバル演習は特Sクラスだ」


『しっかり覚えてる辺り相当自慢に思ってそうでウケる~。最高評価を取れて偉いでちゅね~』


「ハハッ。少し静にしていなさい」


『はぁ~い』


 挑発的なAIは措いておくにしても、歩くスピードは少し早める必要があることもまた確かだった。頭上の光源も無限に続くわけではないだろうし、なるべく夜を迎える前に粗方の準備は済ませておきたい。


 しばらく獣道を歩いていると、僕は原生生物の多く住まう地帯に足を踏み入れた。一対の角を持つ、鹿とイノシシを足して割ったようなキメラ的偶蹄類が鼻を鳴らしながら、僕の周りをうろついている。


 幸い光学的には僕の姿は消えている。だけど僕が動くたびにスーツ表面のナノ粒子が光を曲げきれず、シュリーレン現象(陽炎のような光の屈折)の尾を引いてしまっていた。


(マズいかな……コイツの眼が良ければ見つかるぞ)


 そいつは僕の正体を見破ったわけではないが、そこにあるはずのない「空間の揺らぎ」に本能的な違和感を覚えたらしく、何度も鼻を鳴らして匂いを探っていた。


 『先制攻撃しちゃおう!』


 マイアがそんな冗談を言って僕を笑わせてくるけれど、希少性も分からないのに無暗に手出しはしたくない。それにたとえ同じような青々とした森であっても、そこに生息している植物も動物もまるで違うから、同じように振る舞えばきっと足元をすくわれる。そんな気がしていた。


『貴重なたんぱく質だったかもよ?』


「サバイバルする気はないさ。これは悪手な野郎がスケジュールを決めたご機嫌なピクニック。そう思うことにしてる」


 胸ポケットにはレーションが入っている。後は腕に装備している無骨なブレスレッド型の探査デバイスに、数センチの刃を持つサバイバルナイフ。それに縄と、掌サイズのファイアスターター。それが、この丸腰に近い僕の全装備だった。


 そして今しがた網膜に投影されたホログラムには、先ほど見た動物の観察ポイント(CS)が左下に表示されたクレジットに蓄積されている最中だった。


 観察ポイントに応じて、基本給+歩合と言った流れで、僕の薄給には色がつく。だから新しい動物が一匹でも近くで観察できたのは大きな収穫になった。


 更に歩いていくと明らかに人工物らしき祠を発見する。中にはここの土地神なのか、石像が飾られており、綺麗にされていることから、ココには頻繁に知的生命体が通ることも推測できた。


「おっ、コイツはまた珍しい……査定しがいのありそうな掘り出し物だな」


 未知の工芸品に対する純粋な高揚を抑え込み、網膜の右下に浮かぶ『解析ログ』へと視線を流す。


【対象:人型偶像 材質:石製 クラス:B 査定ポイント:20000 CS】


 二万CS。二十一世紀初頭のラノベに換算しておよそ四十冊分。そんな無機質な数字が、僕の労働価値として無遠慮に計上される。


「ハハッ……僕はもっと価値があると思うけどな」


『査定価値をあげたいなら、もっと情報を集めてねー』


 今網膜を通してスキャンされた情報は一度僕の中で保管され、ベースキャンプに到着することさえできれば、そこから宇宙船に、宇宙船から本国のネオジャパンデータベースにデータが転送・管理され、図書館に行けば誰でも閲覧できるようになる。


 コレが僕の仕事がもたらす社会貢献だった。


 コレで食えていけているというのが何より僕の幸せではあるけれど、同時に僕の決めた価値とは別に、否応なしにAIがその『価値』を判断するというのが辛いところだ。


 そんな無機物の言うようなことなんて無視すればいいだけの話なのだが、僕はどんなにカッコいい服を見ても、値札を見てそれが安物だと分かると、途端にそれがチープに見えてしまうような、そんな大人になってしまっていた。


 だから僕の眼に映る価値をAIにも図られるこの仕事は、僕に未知の世界にいるという夢と希望を与えてくれはするが、同時にそれを調査ポイントという現実で破壊するという残酷さも兼ね備えていた。


(金なんていくらあっても良いからな。でも、僕の好きなものに値札を貼られるのは話が違う……)


 そんな理不尽な願いを当然システムは叶えてくれない。

 げんなりして歩き始めた僕に、現実はもっと追い打ちをかけたいのか、僕の上空を黒い影に横切らせた。脳内には自然と警戒音が鳴り響く。


 あの陰影は忘れもしない、僕をこの地獄のマラソンへ叩き落したドラゴンのものだ。


「現実と空想が両方僕の敵になってるんだけど、どうしたらいい?」


よく分からない部分などあれば、感想下さい。

開示した情報に伏線が含まれていない場合はお応えできると思います。

伏線だった場合は、『(ノ・ω・)ノオオオォォォ』を差し上げます。

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