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二十二世紀の文化保護官、魔法文明を歩く。  作者: 星島新吾


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空飛ぶ人鳥

SFエンジンを少しずつ書けます。


『十五分前行動えらーい。ヘルメットの装着忘れないでねー』


 船内スピーカーに頷き返す。

 机の上にはライトノベルの他に、ヘルメットと諸々のサバイバル道具を用意してある。

 僕は粛々とそれら身支度を済ませ自室を後にすると、廊下に備え付けられた移動用フックを握って、重厚な気密扉を潜ってペイロード・エリアまで浮遊した。


 ペイロード・エリアには作戦用の複合現実(XR)を網膜に投射するための、専用目薬が置いてある。二滴落として目を瞬かせると、視界の左上に味気ない会社支給のユーザーインターフェースが展開された。


『ぴんぽんぱんぽーん。当船はネオジャパン宇宙港発、アトラス星系行き。ゴミ捨て場行きではございませーん。乗務員の成城(せいじょう)・C・|フィックス君は投じられた天文学的な予算を思い出しながら、年の瀬だろうがテキパキ働きやがれ~!』


「……これなら年末手当だけじゃなくて、世紀末手当も計上しても、誰にも文句は言われないね」


 働き者の僕はハッチを開放すると、凍てついた油圧の香気と共に、その不恰好な鉄塊と対面した。

 レールの上に鎮座するのは、通称『空飛ぶ人鳥(フライングペンギン)』。モノクロの二色に塗り分けられた、単座式の降下ポッド。


 人によっちゃあパンダとか警官(ポリ)なんていう輩もいるけれど、ナンセンスだと言っていい。その確たる理由として、ポッドの側面には、僕の論文を起点に開発された新型の「法則拘束具(ロジック・クランプ)」――その冷却フィンが、黒銀の翼さながらに鋭く突き出しているからだ。


 コイツは未踏の惑星へ歩兵を投下せねばならぬ局面において、隠密性を担保しつつ、最も「丁寧」に潜入を果たすための最適解になる。つまりこの一基のペンギンに託された使命は隠密潜入で、僕の仕事もそういう類の仕事だった。


 人一人を閉じ込めるにはあまりに窮屈な外観に反し、その内部は驚くほど安らぎに満ちている。一肌の温い液体で満たされた空間は、母胎の記憶を呼び覚ます装置に近い。


 僕はタクティカル・スーツの接続端子を座席にリンクさせ、その狭隘(きょうあい)な箱の中へと、吸い込まれるように身を滑り込ませた。読書こそ叶わないが、酸素カプセルと湯治(とうじ)を同時に享受できるこの「人鳥」が、僕は決して嫌いではなかった。


 船内に、またも固有のアナウンスが木霊(こだま)する。


『目標、姉妹惑星エーテリアス。失敗したら「税金の無駄遣い」って呼んであげるからね。準備はいいですかぁ~?お兄ちゃ~ん』


(やかま)しいよ。黙って射出しろ。不平を言うなら、新型のGPUを差してやらないぞ」


ハッチが重厚な音を立てて閉塞し、首筋まで生温かい液体(ネクタル)に浸かった僕を、完全な静寂が包み込んだ。


 これは単なる酸素供給液ではない。エーテリアスに足を踏み入れても容易に影響を受けないようにする外科的処置だ。これで体を慣らしておかないと向こうに行った時、下手をすれば体が到着と同時に拡散して溶け落ちてしまうから、必須の処置だった。


 次いで、ガコン、という重い断絶音が響く。

 電磁ロックが解除され、ポッドを繋ぎ止めていた担架フックが外れた。

 『空飛ぶ人鳥』が、射出デッキのレールへと静かに滑り出す。


『カーゴエリア、減圧シーケンス開始。耳抜きしなよお兄ちゃん。鼓膜が破れても私の声は直接脳内に響くだろうけどさぁ~』


 低く唸る排気音と装甲が軋む音色が心地よい。肺胞の隅々までがネクタルで満たされていく。液体の中で呼吸するという倒錯した感覚も、慣れてしまえば案外悪くなかった。


 直後、ポッドの外側に僅かに残存していた空気が、真空ポンプによって虚無へと吸い出される。急激な減圧に伴う断熱膨張。外部カメラが捉える視界の端で、デッキの床が瞬く間に純白の霧に覆われていく。


『|Cleared for sortie《出撃を許可する》.いつでも行ってどーぞー』


 シュゥゥゥ――と磁気加速器(マスドライバー)のチャージ音が鼓膜の奥で鳴り、次の瞬間。凄まじい重力加速度が、僕をシートの深淵へと押し付けた。


 強く目を瞑り、後は全てを機械に委ねる。未知への高揚を孕んだ「人鳥」は、乾いた射出音と共に、無機質で無慈悲な宇宙の海へと放り出された。そこには、無限の孤独と安らぎが広がっているはずだった。だが、広大な銀河に感傷を抱く隙すら与えられず、首筋に撃ち込まれたコールドスリープ剤が、僕の意識を無慈悲に刈り取っていく。どうやら感傷は非合理的だと、機械は判断したらしい。全く嫌になる。


 その超音速で進む暗闇の中、僕は宇宙の深淵を泳ぐ夢を見ていた。

 一羽の、孤独なスペースペンギンとして。

 明日パンに塗るジャムの種類を悩むよりも、幾分か有意義な冒険が、すぐそこに待っているはずだった。


 ───けれど、その安らかな微睡(まどろみ)は、無慈悲な衝撃によって暴力的に破砕された。


 大気圏突入。目を覚ますと摩擦の熱が、ポッドを灼熱の檻へと変えていた。

 外装を包囲する断熱圧縮のプラズマが、バイザー越しに禍々しい紅蓮の光を明滅させている。

 と、ここまでは順調な運びだったのだけれども……。


『[警告]外部気温、摂氏二千四百度を突破。大気構成……酸素濃度、地球基準値内。速度調整尾翼展開……えっ、何これ。地表付近に物理法則の異常検知!ナニあれ!?』


 AIの軽薄な報告が途切れた刹那、数理の結晶たる「人鳥」が、何かに衝突したかのように虚空で大きく跳ねた。肺胞を浸すネクタルが激しく泡立ち、僕は喉の奥で声にならない怒号を絞り出す。


 ――何が起きた、何に触れた!?


 問いに応じるように、網膜へと外部カメラの映像が叩きつけられた。

 

 天を覆う一対の巨翼。幾千、幾万と連なる金剛石のごとき楯鱗。空気を断裂させる四肢。古書で読み耽った『ドラゴン』そのものが、降下ポッドを獲物と定め、その凶悪な顎を剥き出していた。


『[緊急回避不能]あわわわ、ぶつかっちゃう! 大破しちゃうぅ~!』


 鼓膜を蹂躙する凄まじい衝撃音。モニターを見ると右翼が、飴細工みたいに無残に喰いちぎられていた。高価な合金が、生物の牙という原始的な暴力に屈したのだ。姿勢制御スラスターが断末魔のような悲鳴を上げ、ポッドは予定進路から数キロ逸れた「巨樹」の原生林へと、絶望的な不時着シーケンスを開始する。


 まさか異星の原生生物に撃墜されるなど、計算の端にもなかった。あまりの理不尽さに、僕はむしろ凍りつくような静かな戦慄に身を委ねる。


 ───僕は死ぬのか?


 一瞬の逡巡に意味はない。けれども、もしかしたら僕は誰かに祈ったかも知れなかった。その幸運のおかげか、はたまた我々の技術力の進歩の功績か、ポッドは十数本もの巨躯をなぎ倒し、断続的な衝撃を緩衝材代わりにして、中の人間を「保護」しきってみせた。


 僕はポッド搭乗時とは質の違う鼓動を、心拍数にして二百近い警報として刻みながら、小動物のような浅い呼吸を繰り返す。あと数秒、空中での機体崩壊が早まっていれば、今頃僕は大気の塵となっていただろう。


「……っ、ハァ、ハァ……。中の人間が無傷ってんだから、二一世紀の技術力も大したもんだよ」


 

設定は程々に物語を進めて行こう。

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