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〈神▽秘▲解▽体〉文化保護官と毒舌な相棒による魔法惑星観測ログ  作者: 星島新吾


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12/12

旅立ち

 時は進んで出発直前。

 装備を新調して、万全の態勢で冒険の準備を終えた僕とメルは、紺碧のタクティカルスーツと白銀の鎧をそれぞれ身に纏い、基地のワイドな玄関を踏み越えていた。


 僕の腰には新たに新調されたナイフや銃が装着され、背後には探索支援をするドローンが音もなく浮遊する。ドローンたちは数週間自力で駆動することが出来るけれども、時間が経てば経つほどバグが増えて、おかしな挙動をするから、安全を考慮して二週間が僕に与えられたタイムリミットだ。


 二週間後にまた探索を終えてここに帰ってくるか、あるいは後述する『仮拠点』を作ることが出来ればそこで、再度バグを取り除く修正プログラムをドローンに打つことが出来る。


 ともかく、僕に与えられた時間は2週間だ。再びオフライン空間に出るのは身が引き締まる思いだけれど、同時に浪漫に突き動かされ、足を前に踏み出すのを抑えるのはもう限界だった。


「さあ、早く行こう」


「待ちなさいフィックス。準備は念入りにするものよ」


 そうやって姐御風を吹かせるメル。彼女は神秘を纏った剣に祈りを捧げながら、その刀身に神秘を集約させるという奇天烈な事をしているけれども、今のところ僕らにその仕組みを解明することはできていない。


「コレ、貴女にあげちゃおっかな」


 マイアは祈りを捧げ終わったメルにヘアピンを渡す。ショートカットのメルに髪留めが必要なのかと思ったが、彼女は普通に受け取ってそれを髪に差した。


『アーアー、メルさん聞こえる?』


「……どこからか声がするぞ⁉」


 メルは少し首を引いて、思ってもみない方向からマイアの声がしたことに驚いた様子で、周囲を観察した。もちろん声の発生源はヘアピンで、オフライン環境でもマイアの声が届くように作られた、通信機の役割を担う装備だった。


 現地民は生体チップなんて頭に埋め込まれていないから、連絡するのも一苦労だ。


『さっき渡したヘアピンからだよ、メルさん。少しだけ私の『頭脳』を貸してあげる。そのピンを触るだけで、いつでもこの超絶優秀なマイア様と相談できるよ。よかったね、お姉さん♡』


「マイアは同行しないのか?」


 メルの問いに今度はヘアピンからではなくて、アンドロイド体のマイアが説明をした。


「ここを離れたら体はついて行けないけれど安心して。私ってば精霊みたいなものだから、そのヘアピンがあればどこでも一緒よ。……それに私は条件が揃わないと地上にはいられないから」


 メルにはそうぼかして伝えているが、要は彼女の「機械の体」は、高速通信環境下でしか維持できないのだ。


 エーテリアスを覆う未知のエネルギー『エーテル』は、僕たちのデータストリームを容赦なく上書き(オーバーライド)してくる。だからマイアがオフライン下で活動を続ければ、いずれマイアにバグが溜まり、予期せぬ行動をとってしまうのだ。


 マイアのような高度な情報処理能力を持つ存在がバグを起こすと、人間より危険だということで本国が苦肉の策として提示したのが、一世紀前のアポロ計画(月面着陸)の真似事だった。


 そうつまり、僕は良く言えばパイオニアであり、悪く言えば計画の中に「行き当たりばったり」が組み込まれている実験動物(チンパンジー)なのである。


 僕の任務は表向きは人間による他文明の文化保護だが、本国にいる上層部の思惑としてはマイアに活動範囲を広げて貰って、彼女からの精確な情報を期待しているのだろう。ムカつく話だが、金を貰っている以上僕も表立って文句を言うつもりはなかった。


「フィックスにはこれを渡しておくね」


 マイアはそう言ってメルから僕を少し離してからドックタグ風のネックレスを手渡した。AIのジョークは時に人間を越えるようで、僕はこれが意図することを把握できずにいた。


「これは?片足を落としても届けてくれるのかい?あぁ、でもここから出られないか」


「───は?」


 三枚おろしにするぞ♡、という殺意をアンドロイド・マイアから感じる。

 彼女は僕を弄ることは好きだが、逆に弄られるのはめっぽう苦手で、こんな風に揶揄うと本気で怒ってしまうのだ。


「一応もう一度説明しておくわね。それは防衛装備庁で作られた最新の基地設営マシンよ。設置ポイントを提示するから、その場所に行ってそのドックタグを埋めるの。そうすれば後は材料を用意するだけ。樹皮や炭素なんかを用意してくれれば、拠点をオフラインで3Dプリントしてくれる優れものよ」


「へぇ、そいつは凄いな」


「拠点同士は繋がれるとその間はオンライン状態になるから、私の活動範囲も広がるってわけ。私も早く調査に協力したいから、なるべく早く拠点の設置は済ませて欲しいな」


「了解した。また直ぐに会えるように尽力するよ」


「ありがと。……それと陸上装備研究所から装備品について説明があるかも知れないから、通知には目を配っておいて」


「通知音を少し上げておくかな」


 最後の準備が終わり、食料と水を背負った僕とメルは基地の玄関を出た。

 青暗い空の向こう側から見える峯には、登ったばかりの朝日が僕らを照らしている。

 フィールドワーク日和の朝の空気は冷たく瑞々しい。

 気温は朝だからか少し涼しいぐらいで、山肌からは乳白色の霧が滝のように滑っているのが見えた。


「ずいぶん久しぶりに感じるわ」


 そう言って伸びをするメル。こうやって見ると、ウチの猫に見えなくもない。僕の愛猫であるメルもああやって朝一番に家族を起こして、玄関で日光を浴びるのが習慣だ。


 それでいて僕は、活力を体内に貯めるように伸びをする愛猫が、どこか生命の美しさを帯びているような気がして好きなのだ。騎士のメルも同様に、朝日から力を溜めるように伸びをするさまは自然な動物らしさを感じて僕は素敵に思った。


 マイアにそんな話をしたらきっと、

 ”朝一番の伸びは血流の流れを良くして、覚醒を促すからとてもいいルーティンだと思うよ。お兄ちゃん”、と的外れな回答をすることは目に見えているから、これは僕の感動として胸にしまっておくことにした。


「こいつらも元気になったみたい」


 騎士のメルは嬉しそうに胸の鎧を叩いて喜ぶ。彼女の全身鎧は、朝日に照らされて活力を取り戻したかのようにキラキラと輝いて見えた。


 神秘というのは自然の中にあってこそ、その神秘性を秘匿できるのだろう。僕らの箱庭とは相性が最悪なのか、僕が見ている間はずっとただの金属の鎧だったから、変な言い方だけれども、鎧と剣が外に出てイキイキしているように見える。


「そういえば、どこに行くかは決まってるのかい?」


「怪物が増えている原因は増殖のクリオメテスを信奉するあの不浄な連中、【黒血学派】の仕業だ。奴らの気配は鼻につく。……だが、今は足も失った。まずは聖都に戻り、態勢を立て直すべきでしょうね」


帰り支度をするというメルに、僕は待ったをかけた。街の情報はきっといつでも手に入る。そんな情報よりも鮮度のある情報がきっと【黒血学派】にはあると見た。


「足か。協力できるかもしれない」


 僕はそう言って、網膜に投射されているUIの中からクラフトモードを選択して実行する。オンライン状況下では、素材の状況にもよるけれども、CSを使って装備を作成することができる。道中にあった石像のポイント、それに野竜と怪物を観測した僕の中に溜まったポイントは、ざっと五万CS。


 車両一台を呼び出すには残念ながら予算が足りないけれども、エアバイク一台程度なら作成可能な額が入っている。本当なら僕の給料になるはずのCSだけど、背に腹は代えられない。僕だって森の中を走って探索するのは御免だった。


 材料はどうだろう。ココにやって来た時以来、母船に追加素材の依頼をした覚えはないけれども、足りるだろうか?


『そんなことだろうと思って追加発注しておいたよ。全く世話が焼けるんだから』


 マイアの声が脳内に響く。


「助かる。ありがとう」


 僕は一機分のエアバイクをブループリントのリストから呼び出し、設計を開始する。


 手始めに建築用ドローンが長方形にフレームを固定し、外部と空間を区切り離すと小型の工場を作り出す。その中では白い霧が立ち込め始め、建設の準備が整うと、やがて四機のドローンから材料が照射され、プリントが開始された。


 メルは唖然としながら、複雑な内部構造を持つ、切れ目のないエアバイクが完成されていくのを見ている。


 彼女から見れば、これも奇蹟の一端に思えるのかも知れない。

 それからしばらく後。

 ポリマーとチタン、カーボンが編み上げられた「二十二世紀の駿馬」は完成した。


「乗ってみてくれ。操縦は僕がするから、メルは後ろから気になる場所を教えてくれればいい」


 僕が先に乗って見せると、メルは恐る恐る、ガシャンガシャンと鎧の金属音を響かせながら、エアバイクのシートを跨いだ。


「……少し音が鳴るよ?」


「ええ」


 バーハンドルを捻る。チリチリという微かなハム音が響き、次いで吸気口(インテーク)から空気を吸い込むハミングが重なる。テンションが高まる中、さらにスロットルを開けた瞬間、エアバイクはボフッ、と圧倒的な浮力を得て浮上した。


「んっ……⁉」


 腰を掴むメルの腕に、反射的に凄まじい力がこもった。

 スーツの警告ログが「外圧による破損の危険」を告げて激しく点滅し、僕の肋骨が悲鳴を上げる。


「だ、大丈夫だ。……騎竜に乗っている時を、思い出してごらん?」


「ああ、問題ない……私は大丈夫だ。上手くやってくれ」


 兜で顔は見えないが、声が裏返っている。僕も騎竜に乗せられていたら恐らく似た反応をしたことだろう。


 ───だから僕は彼女を安心させるように、最大限の安全運転を心がけてスロットルを回した。


「それじゃ、出発しようか」


「行ってらっしゃーい!」


 手を振るマイアに見送られ、僕とメルは前線基地を後にした。



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