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〈神▽秘▲解▽体〉文化保護官と毒舌な相棒による魔法惑星観測ログ  作者: 星島新吾


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11/12

交渉

 僕が目覚めてから二日後。

 ――つまり、エーテリアスの現地人、騎士のメルが大爆発に巻き込まれてから四日が経過していた。


 医療用ベッドに横たわる彼女を放置して探査にも行けず、僕は周囲から観測されないように透明なマテリアルを基地のテクスチャに張り付けた後は、中で論文を書いて日がな一日を過ごしていた。


 冒険中に基地で論文を書いているのでは、研究室にいた頃と何ら変わらない。

 早く彼女に目覚めてもらい、僕は冒険の支度を始めたかった。


「彼女はまだ起きないのかな」


「全身火傷に内臓も随分痛めた患者よ?傷は完治させたけど、ショックでしばらく目覚めないなんてこともあるかも知れないわね」


「彼女、そんなに重症だったのか」


「それでも原型をとどめていたのは、彼女の着ていた白銀の鎧のおかげ。どうやらただの鎧じゃないみたいよ。お兄ちゃん着てみる?」


「僕が人のものを勝手に着る男に見えるのか」


「百歩譲って男には見えないねぇ」


「くっ……この顔で産んだ肉親が憎い……」


 話しているうちに、僕の視界上部に一件の通知が入った。

 病室からだ。

 ───まさか、もう目覚めたのか?


 僕は逸る心を押さえながら、歩いて病室に向かう。

 彼女はまだ眠っていたが、眠りが浅くなっていることを機械が先に知らせてくれた。


「そう言えばマイア、よく彼女を治せたね。現地人じゃ体の構造も僕達とは違うだろ?」


 そう問いかけると、別の場所で作業しているマイアが僕の脳内で軽く説明をしてくれる。


『生物というのは環境に適応して構築されるものなの。特にこの惑星エーテリアスは、私たちが住んでいた環境と近似した「ハビタブルゾーン」でしょ? だからそこに住む知的生命体も、構造が似通ってくるのは必然なのよ。進化の過程が違うから、妙な臓器があったり、自前でビタミンCを合成できたりと細かな差はあるけれど、基本設計は大体一緒』


「彼女たちは僕ら人間と近いのか?それって奇蹟みたいだね」


『22世紀にもなって奇蹟なんてロマンチスト~。……奇蹟なんて存在しないよ、お兄ちゃん。あるのは目に見えない無数に分岐する確率という現実だけ。恥ずかしいからそのセリフ、私以外に言わないでね?他のAIに訊かれたら笑われちゃうもん』


「そいつは失礼した。でもほら、四日で起きるような怪我じゃなかったのに彼女が目覚めそうだよ。これは立派な奇蹟じゃない?」


『私の仕事の成果を奇蹟で片付けられるのはちょっと業腹~』


 そんな会話の最中に、ようやく、隣のベッドに眠る騎士がその(まぶた)を震わせた。

 消毒液の匂いと、無機質な空調のハミング。

 森の熱気も土の香も失われた「白の聖域」で、彷徨っていた彼女の瞳が、傍らで旧世紀のライトノベルを捲る(めくる)僕を捉える。


「……っ⁉」


 刹那、意識を覚醒させた彼女は、反射的に己の得物を求めてシーツの下で指先を動かした。


「剣なら預かっている。安心しろ、ここは安全だ」


 僕は栞を挟んで本を閉じ、パイプ椅子を彼女のベッドの方へ向けた。努めて穏やかに、だがこの場の主導権がこちらにあることを示すように。


「……ここはどこだ。私は、あの野竜に……」


「僕の仮拠点だ。混乱するのは分かるけれど、詳しい事情はうちの『従者』に訊いてくれ。僕が説明するより、彼女の方がよっぽど雄弁だからね」


 メルの焦燥と怯えを孕んだ問いに、僕は肩をすくめてマイアを呼んだ。


 自動ドアが溜息のような音を立てて滑り、マイアが入室してくる。


 アンドロイドの体を得た彼女は、皮肉をたっぷり込めた優雅なカーテシーを見せた。その背後には四機の観測ドローンが、精霊の羽音に似た駆動音を立てて追従している。音もなく浮遊する金属体が珍しいのか、メルは息を呑んで硬直した。


「それは……オクラリスの精霊か?」


「そんなところよ。私の名前はマイア。お姉さん、具合はどう?」


「精霊」と呼ばれてどこか嬉しげなマイアに促され、メルは戸惑いながら己の体を確認し始めた。肩を回し、顔に触れ、失われたはずの五感と筋力を確かめる。


「貴女が私を治療してくれたの?」


 全身火傷の痕一つない綺麗な顔で、メルはマイアに尋ねた。


「ええ。何が起きたのか、ダイジェストで説明してあげるわ。そこに座ってる私の主人は、説明に関しては絶望的に頼りないから」


 不意打ちで刺された僕は、気まずく銀色の片眉を上げる。中々カッコよく決まったと思う。

 数日前の「座薬による制裁」の屈辱は、まだ僕の臀部(でんぶ)に微かな違和感として残っているが、今は無視だ。文化保護官としての威厳(いげん)を保つ方が先決である。


 そんな体裁にこだわる僕を無視して、マイアは空中にホログラムを投影した。あの夜、野竜の爆撃を受けた僕たちが辿った結末を、無機質な記録映像として再生し始める。


「な……壁画が、空で動いている……!?」


 投影された動画を見つめるメルの口が、ぽかんと開いた。


 映像の中では、リミッターを解除したスーツに翻弄されながら、泥まみれで彼女を抱えて走るマヌケが映し出されている。森の中を化物に追われながら走り、基地まで到着するとメルをそのまま手術室へタッチダウンする男の姿がそこにはいた。


 ◇


「ギャオオオオ……!」


 空からドラゴンの咆哮が大地を揺らしていたあの夜。

 足元には、先ほどまで「不浄な生命」を謳歌していた死体たちが転がっていた。彼らは今や、僕の靴底が腐葉土に残した無機質な足跡を舐めるように地に伏し、その虚ろな眼球で僕の背後を仰ぐことすら許されない。


 後頭部は鉄の杖(レールガン)により吹き飛ばされ、陶工が焼き損じた器のように粉砕されていた。飛び散った頭蓋の破片と脳漿(のうしょう)は、重力という物理法則に従って、空ろな天へとその中身を曝している。

 彼らと僕の背後には、基地では火傷の治療が行われている白銀の騎士が横たわっていた。


 彼女とは昨日出会ったばかりの奇妙な縁だが、その「歴史的価値」を守るためならば、僕が二十二世紀の凶器を振るう理由になりえた。


 その一方で、上空には航空力学に対する傲慢な冒涜が浮遊していた。

 万物を喰らう(アギト)を有し、大翼を(カイナ)と兼ね、エーテルを浮力へ転換して滑空する、神話の化身。


 全身を金剛石のごとき楯鱗(じゅんりん)で覆い、熱力学第二法則を嘲笑う白熱の焔を吐き出すその怪物は、因果を焼き尽くし、世界を侵食するバグのような存在。あれを僕らは神秘の具現───『ドラゴン』とかつては呼んでいた。


『ターゲット・ロック。ノーム値の異常偏位、ならびに因果律の揺らぎを検知。質感子(クオリア)の強制剥離による「現実」の再定義を推奨します』


 脳内を侵食する、AIの冷徹なノイズ。


 視界の端で明滅するデジタルな死の宣告が、目の前の不条理な奇跡を、ただの演算可能なエラーへと解体していく。


「奇跡も、魔法も、ないんだよ」


 銃口が狙い(レティクル)を捕捉した瞬間、ローレンツ力が真空を切り裂いた。


 加速する磁気に震える銀の銃身から放たれたのは、既存の加護を貫き、神秘を物理的に粉砕する二十二世紀の回答だ。


 命中。


 神話の翼が、赤い飛沫を撒き散らして千切れる。


 再度、次弾装填。


 発射――命中。


 空の支配者は、頭上の暗黒から誇り高き血を吹き出し、重力という冷酷な審判に引きずり降ろされて地面を激しく打った。


 空飛ぶトカゲに、冷徹な「修正」を加える作業。


 のたうつドラゴンの眉間に、三発目の銀を叩き込む。

 頭部に咲いた血の仇花は、神秘が論理に敗北したことを告げる唯一の色彩だった。

 僕の網膜上で、不透明な現実が数値へと置換され、完全に処理される。


神秘解体(フィックス)完了(コンプリート)


 あとは、この静寂を記録(ログ)に刻むだけだ。



 ◇




「というカッコいいシーンがあったんですね~」


マイアが楽しそうに映像を巻き戻したりしながら、記録(ログ)を見て笑っている。

一応図書館にも寄贈される内容だから、恥ずかしくないものにしたいが、彼女の反応を見る感じワイバーンのシーンは取り直しした方が良さそうだった。


「キメゼリフまでとる必要はあったのかい?」


若干客観視すると恥ずかしい気持ちもあるが、彼女に情報を伝達する分には各段にわかりやすいと評価してもいいだろう。


「それで、その後は全部私が介抱してあげたんですよ~。優しいですねー。つまり私たちは命の恩人というわけです」


 マイアはそう言って、メルの肩にポンと手を置く。どさくさに紛れて自分も命の恩人に含めるやり口には敬服の念すら覚える。明らかにやり手の犯行だった。


「……野竜は、どうなった」


「おや~?騎士様はお礼も言えないのかにゃ~?」


「どうなったかと訊いている」


 低く、地を這うようなメルの声。その双眸に宿る鋭い光に、マイアは肩を竦ませて映像に視線を映した。


「それなら主人が『駆除』しましたよ」


 マイアが映像を早送りする。そこには、アドレナリンで思考が加速し、もはや狂態に近い冷徹さで軍事ドローンを操る僕の姿があった。


 両手のレールガンから放たれる銀の閃光が、空の支配者を無残に叩き落とす。……我ながら、情緒の欠片もない醜い作業風景だ。コイツが文明人と言われても誰も信じはしないだろう。僕の生き恥形態だ。


「そんな馬鹿な。野竜には『矢避けの加護』が宿っているはず。ただの弾丸が通じるなど……」


「認知を修正したのさ。……と言っても、理解に苦しむだろうけれど」


 僕はマイアから野竜に打ち込んだ一発の銀の弾丸を受け取り、彼女に差し出した。

 それは不透明な銀の輝きを放つ、二十二世紀(ぼくらの)の物理的回答で、野竜の命を直接に奪った銀の薬莢だ。


「それは神秘を殺す銀の矢。発明者は……そこの頼りなさそうな顔をした私のご主人様」


 メルは弾丸を受け取り、天井の灯りに透かして確かめる。


「……触れているだけで指先がピリピリする。不快で……清明な手ごたえを感じるわ」


「それはメルさんの中に宿る『神秘』が、剥き出しの現実に反応して悲鳴を上げているからだ」


 僕がそう説明すると、メルはそっと自らの胸に手を当て、自分を救ったのが加護か、あるいはこの無機質な科学かを測るように呟いた。


「私には深淵のバラトラムによる加護がある。それが命を繋ぎ止めたと思っていたが……まあそれは措いておくわ――それより、この肌に張り付く白い膜は何だ?」


 自分の姿を客観視したメルの顔は面白いほどに歪んでいた。

 命を救われたとはいえ、誇り高き騎士が「全身白タイツ」で過ごしていた事実は、彼女の自尊心に無視できないダメージを与えたらしい。


「服と剣はすぐに返す。……その代わりと言っては何だが、メル。僕の『探査』に協力してくれないか」


「協力? オクラリスの使徒が私になんのようだ?」


「文化についてもう少し詳しく知りたいんだ。君の任務に同行させてほしい」


「文化について調べる……なるほど正しく勤勉なオクラリスの使徒のようだな。私の仕事を邪魔しないのであれば、構わないが……騎竜を失ってしまったんでな。この仕事は長くなるが、それでも良いというなら同行を許可しよう」


 メルの言葉に僕はホッと胸を撫でおろす。もし断られていたら、僕も仕方がないからこの場で彼女の記憶を消さなければならないところだった。


「よかった。……そうだ、改めて自己紹介するよ。僕はフィックス、君達の文化を観測する者だ。貴女のことはこれからもメルと呼ばせてもらうよ」


 僕が右手を差し出すと、彼女は怪訝そうに首を傾げた。どうやら彼らに握手の文化は無いらしい。

「手と手を握り合う、僕らの挨拶さ。やってくれるかい?」


「断る理由はないわ」


 メルは僕の手を握り締め、微かな笑みを向けた。

 そして僕は思い出した。彼女はドラゴンを捩じ伏せる、人型ゴリラの騎士だったということを。


「アイタタタァ……!」


 万力の如く握り締められた僕の右腕がミシミシと悲しい音を立てて泣いている。次は筋肉ではなくて、骨を断ち切られそうだった僕は慌ててその手を引き、声なき声で悶絶をした。


「あら、ごめんなさい。貴方、ずいぶんとか弱いのね?」




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