第22話 深層の罠は課金切れと昭和の遺産です
地下迷宮『アビス・ホール』。地下15階層。
俺たちFクラス一行は、薄暗い通路で休憩を取っていた。
「……あれ? そういえば」
カロリーメイト的な携帯食料をかじりながら、カイルが不思議そうな声を上げた。
「アリエスさんの『フェンリル』と、ルナちゃんの『クラウド・シープ』、どこに行ったの? さっきの戦闘から見てないような……」
言われてみればそうだ。
序盤では猛威を振るっていた彼らの姿が、いつの間にか消えている。
「あ、忘れてたわ」
アリエスが懐から、使い魔契約書を取り出した。
そこには、赤字で冷酷な文字が浮かび上がっていた。
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「……期限切れだったわ」
「えぇぇぇぇぇ!?」
カイルが素っ頓狂な声を上げる。
「使い魔ってサブスクリプションなの!? 一生の契約じゃないの!?」
「最近の召喚魔法はこういうのが多いのよ。……で、更新料が『上級魔石5個/月』だって。高っ! 無理よこんなの!」
アリエスが契約書を地面に叩きつける。
ルナの方も確認すると、
「……羊さん、課金しないと動かないって。……ただの綿になった」
彼女の足元には、魂が抜けてただのぬいぐるみと化した羊が転がっていた。
世知辛い。あまりにも世知辛い異世界だ。
俺たちは最強の戦力を、「課金切れ」という理由で失ってしまったのだ。
ナビはなぜか消えていなかった。元は俺のスマホだからか?
「仕方ない。ここからは俺たち自身の力だけで進むぞ」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
まあ、元々あいつらは強すぎた。これくらいハンデがあった方が冒険らしいとも言える。
***
地下20階層。
ここからは、完全に「未知の領域」だった。
学園の資料にも載っていない、誰も到達したことのない深淵。
だが、俺にとってそこは、奇妙な「既視感」に満ちた場所だった。
「……ねえ、アルト。この壁の模様、なんなの?」
アリエスが指差したのは、通路の壁画だ。
古代エジプト風の絵に見えるが、よく見ると描かれている人物が「チョンマゲ」を結い、「刀」を差している。
さらに進むと、石像があった。
それは狛犬ではなく、どう見ても『招き猫』だった。
「……やっぱり、間違いないな」
俺は確信した。
この迷宮を作った「賢者」、あるいはここを住処にしていた「先住者」は、日本人だ。
それも、かなり「悪ノリ」が好きなタイプの。
『警告。前方ニ、高度な論理障壁ヲ確認』
ナビの声と共に、俺たちは巨大な鉄の扉の前で立ち止まった。
扉には鍵穴も取っ手もない。
代わりに、中央に1から9までの数字が刻まれた石のパネル――テンキーが埋め込まれていた。
「数字……? パスワードを入力しろってことかい?」
グレイが眼鏡を光らせて解析しようとする。
「魔力回路が複雑すぎる。無理に開けようとすれば、天井が落ちてくる仕掛けだ。……正解の数字を入れるしかない」
パネルの上には、ヒントらしき文章が刻まれていた。
もちろん、日本語で。
『 3.14159…… この続きを5桁答えよ 』
「……は?」
アリエスたちが首を傾げる。
この世界の数学レベルでは、円周率は「およそ3」と教えられている。
小数点以下の無限に続く概念など、一般には知られていない。
「意味不明だわ。何かの呪文の詠唱時間?」
「お魚の値段かも!」
みんなが頭を抱える中、俺はため息をつきながら前に出た。
円周率。
暇人の俺は15桁まで暗記していたのだ。
「……26535」
俺がテンキーを押す。
ピッ、ピッ、ピッ……ポーン!
軽快な音と共に、重い鉄扉がゴゴゴ……と開き始めた。
「ええっ!? なんでわかったのアルトくん!?」
カイルが目を丸くする。
「……俺の故郷の『賢者の言葉』さ」
俺は適当に誤魔化して中へ入った。
扉の向こうは、広いホールのようになっていた。
そして、その中央に鎮座していたのは――。
「……自動販売機?」
そう。
錆びついて苔むしているが、それは紛れもなく、昭和のデパートの屋上にありそうな、レトロな自動販売機だった。
しかも、瓶コーラのやつだ。
「な、なによこれ? 鉄の箱? 魔導具かしら?」
アリエスが警戒して杖を構える。
「いや、ただの機械だ。……たぶんな」
俺が近づくと、自販機の取り出し口がガコン、と音を立てた。
中から転がり出てきたのは、コーラではなく、一本の巻物だった。
「……『地図』だ」
広げてみると、それはこのアビス・ホールの最深部までの詳細なルートマップだった。
しかも、赤ペンで『ここは滑るから注意』『ここに隠し部屋あり(エッチな本あり)』などと、日本語のメモ書きがされている。
「この賢者、絶対に男だな……」
俺は苦笑いした。
この地図があれば、迷うことはない。
だが、地図の最後、最深部の手前に、赤く太い文字でこう書かれていた。
『 最後の試練: ”あっちむいてホイ” 勝者のみが通れる 』
「……ふざけてるのか?」
俺は額を押さえた。
命がけのダンジョン攻略だぞ?
なんで日本の子供の遊びが最終試練なんだよ。
「アルト、どうしたの? 難しい顔して」
「いや……何でもない。先を急ごう」
***
地図のおかげで、俺たちは驚くべきスピードで階層を下っていった。
地下30階。地下40階。
出てくる魔物は強力になったが、罠の位置がわかっている分、消耗は最小限で済んだ。
そして、ついに。
俺たちは地下50階層、最深部の目前に到達した。
そこは、巨大な地底湖が広がる神秘的な空間だった。
湖の中央に小さな島があり、そこに祭壇のようなものが見える。
あそこがおそらくゴールだ。
島へ続く一本の石橋。
その前に、一人の「門番」が立っていた。
それは、全身が鏡のように磨かれた金属で作られた人形、オートマタだった。
顔はない。のっぺらぼうだ。
「……侵入者ヲ、検知」
人形から、機械的な音声が響く。
「我ハ、賢者ノ守護者『ミラー・マスター』。ココヲ通りタクバ、試練ヲ受ケヨ」
アリエスが杖を構える。
「試練? 力ずくで通るまでよ! 《エクスプロージョン》!」
彼女がいきなり爆裂魔法を放つ。
だが。
「《エクスプロージョン》」
人形が同じ動作で杖のような腕を振った。
放たれたのは、アリエスと全く同じ威力、同じ規模の爆裂魔法。
ドガァァァァァァン!!
二つの魔法が中間地点で衝突し、相殺された。
爆風が俺たちを襲う。
「嘘!? 私の魔法をコピーした!?」
「無駄ダ。我ハ鏡。汝ラノ力、技、全テヲ反射スル」
ミラー・マスター。
相手の能力を完全に模倣するゴーレムか。
ルナが重力を使おうとすれば、向こうも重力を使う。
カイルが狙撃すれば、向こうも狙撃し返す。
実力が拮抗している以上、決着がつかない。千日手だ。
「力デハ通レナイ。……知恵ト運デ勝負セヨ」
人形が腕を下ろした。
「勝負ハ一回。……『ジャンケン・ポン』」
「は?」
全員がポカンとする中、俺だけが「やっぱりか」と納得していた。
地図に書いてあった通りだ。
ただし、『あっちむいてホイ』の前に、まずはジャンケンか。
「ジャンケン? なにそれ? 新しい呪文?」
「ミィナ知ってる! 美味しいやつ!」
この世界の住人はジャンケンを知らない。
つまり、俺が出るしかない。
「俺がやる」
俺は前に出た。
「アルト? 大丈夫なの? 魔力もないのに……」
「これは魔力の勝負じゃない。……心理戦だ」
俺は人形と対峙した。
相手は鏡。俺の思考や動きを読み取ってくる可能性がある。
だが、ジャンケンは確率論だ。そして、「あっちむいてホイ」は反射神経と心理誘導のゲームだ。
「ルールは知っているな? 最初はグーだ」
「承知シタ」
俺と人形が拳を構える。
緊張が走る。
たかがジャンケン。されど、負ければ退学。
「最初はグー! ジャンケン……」
俺の思考が加速する。
こいつは「鏡」だ。俺がグーを出そうとすれば、それを読んでパーを出してくるかもしれない。
あるいは、あえて同じ手を出してあいこを狙うか?
いや、地図のメモを信じろ。
『あっちむいてホイ、勝者のみが通れる』。
つまり、ジャンケンで勝った後が本番だ。
「……ポン!」
俺が出したのは――チョキ。
人形が出したのは――パー。
勝った!
俺は反射的に指を突き出す。
「あっちむいて……」
ここで、俺はあえて視線を「上」に向けた。
人形のセンサーを誘導するフェイントだ。
人間なら、釣られて上を見る。
だが、こいつは機械だ。単純なフェイントは通じないかもしれない。
なら、逆だ。
「ホイッ!!」
俺が指差したのは――「右」。
俺の視線とは真逆の方向。
人形の首が、ギギッ……と音を立てて。
つられて「右」を向いた。
「……勝者、決定」
人形がガクリと動きを止めた。
そして、砂のように崩れ落ちて消滅した。
「うそ……勝ったの?」
「アルトくん、何したの!? 今の指差し魔法、すごい!」
アリエスたちが駆け寄ってくる。
ただの子供の遊びだとは、口が裂けても言えない。
「……ふぅ。これで道は開いたな」
俺は冷や汗を拭った。
日本の遊びをマスターしていた賢者に感謝だ。
橋を渡り、祭壇へと向かう。
そこには、小さな宝箱が置かれていた。
中に入っていたのは、古びた手帳が一冊と、一枚の金属プレート。
プレートには『賢者の証』と刻まれている。
これで課題クリアだ。
だが、俺が気になったのは手帳の方だった。
表紙には、日本語でこう書かれていた。
『 異世界転移者 田中タロウの日記 』
「……タロウ……?」
あまりにもありきたりな名前。
ページをめくると、そこには衝撃的な内容が記されていた。
『〇月×日。 元の世界に帰る方法を見つけた。』
『この世界の魔力と、科学の知識を融合させれば、「次元の扉」は開ける。』
『そのための鍵となる理論を、この学園のどこかに隠した。』
「……帰る方法……!」
俺の手が震える。
ずっと探していた希望が、ここにあった。
俺以外にも、帰還を目指した日本人がいたのだ。
「アルト? それ、なあに?」
ルナが覗き込んでくる。
俺は慌てて手帳を懐にしまった。
これはまだ、みんなには言えない。
俺がいつか、この世界から去るための方法なんて。
「いや、ただの研究メモだ。……よし、帰ろう! これで俺たちは2年生だ!」
「やったー!!」
「お肉食べるー!」
歓声が上がる。
アリエスとカイルがハイタッチし、ミィナが踊り、ルナが俺に抱きつく。
俺たちは、未踏迷宮を攻略した。
そして、俺はそれ以上のもの――「帰還への手がかり」を手に入れたのだ。
だが、俺の胸の中には、少しだけチクリとした痛みが走った。
帰る方法が見つかったら、俺は……こいつらと別れることになるのか?
アリエスの笑顔を見る。
その時、俺の心はまだ、答えを出せずにいた。




