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第21話 未踏迷宮への挑戦は飛び級と一攫千金のチャンスです

全学年対抗戦から数日が経った。

学園は祭りの熱狂から日常を取り戻しつつあったが、俺たちFクラスの空気は、鉛のように重かった。

原因は、あの夕暮れの地下室でカイルが落としていった、一枚のプリントだ。


【特別課題:未踏迷宮『アビス・ホール』の攻略】

【期限内に最深部に到達し、『賢者の証』を持ち帰ること。】

【失敗した場合は、Fクラス全員、即日退学とする】


ホームルームの時間。

黒板に貼られたその拡大コピーを前に、Fクラスのメンバーは沈痛な面持ちで席についていた。


「……退学、か」


カイルが机に突っ伏して呻く。


「酷すぎるよ。対抗戦であんなに頑張ったのに、ご褒美どころか処刑宣告だなんて」

「むかつくわね。上層部の連中は、私たちが目立つのが気に入らないのよ」


アリエスが爪を噛む。

俺、風早歩瑠斗も腕を組んで考え込んでいた。

『アビス・ホール』。学園の地下深くに広がる、古代の遺跡迷宮。

過去に何人ものプロ冒険者が潜り、帰ってこなかった場所だ。

それを1年生、しかもまだ入学して半年も経っていない俺たちに攻略させようなんて、正気の沙汰ではない。成功報酬の記載もなく、ただ失敗すれば退学。ブラック企業も真っ青の理不尽さだ。


「ふっ、相変わらず辛気臭い顔をしているな」


教室の扉が開き、紫煙と共にミネルヴァ先生が現れた。

彼女は教卓にブーツを乗せ、ニヤリと笑った。


「先生! これはいったいどういうことですか! あんまりです!」


カイルが抗議するが、先生は涼しい顔で煙を吐き出した。


「あんまり? 当然の処遇だろう。お前らは『規格外』すぎるんだ」

「規格外?」

「先日の対抗戦だ。お前らは2年生の鉄壁を砕き、3年生の空戦部隊を撃墜し、Sクラスの怪物イグニスをあと一歩まで追い詰めた。……もはや、1年生のカリキュラムをお遊びで受けさせる意味がないと、上層部が判断したのさ」


ミネルヴァ先生は黒板の前に立った。


「この通達には、一番重要なことが書かれていない」

「重要なこと?」

「この学園は実力至上主義だ。実力さえあれば、在籍年数など関係ない。1年だろうが入学初日だろうが、上の学年に上がる権利が与えられる」


先生はチョークを手に取り、プリントの横に大きく文字を書きなぐった。


【成功報酬:全員、2年生への『飛び級』進級資格】


「……は?」


教室が静まり返った。


「今回の課題、『アビス・ホール』の最深部にある『賢者の証』を持ち帰る。これを達成すれば、お前ら全員、即座に1年生の全単位を免除し、2年生への進級を認める。……どうだ、悪い話じゃなかろう?」


教室がどよめいた。

絶望的な空気が、一気に熱狂へと変わる。


「と、飛び級……!? じゃあ、成功すればもう1年生終わりってこと!?」


アリエスが目を輝かせた。

この学園の2年生になれば、より高度な魔法を学べるだけでなく、ギルドからの依頼を受ける資格も得られる。一人前の魔法使いとしてのステータスだ。

つまり、この過酷な指令は「退学をかけた罰ゲーム」であると同時に、「超特急の出世コース」への招待状でもあったのだ。


「やる! やります! 早く2年生になって、イグニスにリベンジするのよ!」


アリエスが拳を突き上げる。

他のメンバーもやる気満々だ。

俺も静かに頷いた。

最短で卒業証書を手に入れる。その目的のためには、この飛び級システムは願ってもないチャンスだ。


「ただし」


ミネルヴァ先生の声が低くなった。


「迷宮には、地上とは違う生態系、そして古代の罠が無数にある。遊び半分で行けば死ぬぞ。……覚悟はいいな?」

「……望むところだ」


俺が答えると、先生は満足そうに口角を上げた。




***




その日の放課後。

俺たちは地下書庫の秘密基地で、攻略の準備を進めていた。

だが、部屋の空気はどこかぎこちなかった。

特に、俺とアリエスの間には、見えない壁……いや、ピンク色の分厚いカーテンのようなものがあった。


「あ、アルト。その……荷物のチェック、終わった?」

「あ、ああ。食料と水は3日分。ポーションもグレイに作らせた」


会話が続かない。目が合うと、お互いにサッと逸らしてしまう。

昨日の「寸止め事件」の記憶が、鮮烈に蘇ってくるのだ。

あの夕暮れ。重なった吐息。あと数センチの距離。

思い出すだけで顔から火が出そうだ。


「あー、あー! 僕は空気! 僕は壁のシミ!」


部屋の隅では、カイルが必死に気配を消そうとしていた。

彼は昨日乱入してしまったことを深く悔いているらしく、俺たちと目を合わせようとしない。気まずいことこの上ない。


「……ん。アルト、充電」


そんな空気を読まず、ルナがトテトテと歩み寄り、俺の背中にぴたりと張り付いた。

彼女は俺の腰に腕を回し、背中に顔を埋める。


「ルナ、動きにくいんだが……」

「……このまま準備して。離れると重力が出る」


脅しかよ。

最近、ルナのスキンシップが激しくなっている気がする。

アリエスが「むぅ……」と頬を膨らませて睨んでいるが、文句を言うと昨日のことを蒸し返されるので黙っているようだ。


「よし、装備の確認だ」


俺は気まずさを振り払うように、テーブルの上にアイテムを並べた。


「今回は長丁場になる。地下迷宮は暗く、地形も複雑だ。そこで、こいつを用意した」


俺が取り出したのは、ガラス瓶の中に発光する苔を詰め込み、レンズで集光するように加工した『バイオ・ランタン』だ。

そして、羊皮紙と木炭ペン。


「ナビ、マッピングモード起動。……俺が先頭で地図を作りながら進む。グレイは罠の探知、カイルは後方の警戒だ」

「了解。……うひひ、地下迷宮の生態系、興味深いねぇ」

「了解です! 後ろは任せて!」


ミィナは既に「お弁当まだー?」と騒いでいる。

準備は整った。

俺たちは装備を担ぎ、学園の裏手にある、厳重に封印された鉄扉の前に立った。


『立入禁止 危険区域 アビス・ホール入口』


重々しい看板が掛かっている。

俺がミネルヴァ先生から預かった鍵を差し込むと、錆びついた音がして扉が開いた。

中から、ひんやりとした冷気と、カビ臭い風が吹き出してくる。


「……行くぞ」


俺の合図で、Fクラス一行は暗闇の中へと足を踏み入れた。




***




地下1階層。

そこは、自然の洞窟と人工的な石積みが混ざり合った、不気味な空間だった。

壁には怪しげな光を放つキノコが生え、天井からは鍾乳石が垂れ下がっている。


「うわぁ……ジメジメしてる。服が汚れそう」


アリエスが不満げに靴の泥を払う。


「文句を言うな。ここはもう『戦場』だぞ」


俺はランタンを掲げ、慎重に進む。

ナビがARウィンドウに地形を表示している。

複雑な迷路だ。分かれ道が無数にあり、方向感覚を狂わせるような構造になっている。


『警告。前方、敵性反応多数。……スケルトンノ群レデス』


ナビのアラート。

暗闇の奥から、カタカタという乾いた音が聞こえてきた。

錆びた剣や盾を持った、骸骨の兵士たち。

その数、およそ30体。


「ひぃっ! お化け!?」


カイルが悲鳴を上げる。


「アンデッドか。……物理攻撃は効きにくいぞ。関節を砕くか、魔石を破壊しないと再生する」


俺が解説する間もなく、アリエスが前に出た。


「関係ないわよ! 灰にしてやるわ! 《ファイア・ストーム》!」


ゴォォォォッ!!


彼女の放った炎の嵐が、狭い通路を焼き尽くす。

スケルトンたちは剣を振るう暇もなく、カルシウムの粉末となって消滅した。


「……はい、次」


アリエスが髪を払い、何事もなかったように歩き出す。

強い。

対抗戦を経て、彼女の魔法制御は格段に上がっていた。無駄な暴発がなくなり、火力を一点に集中できるようになっている。


「にゃあ! 骨だー! カルシウムー!」


ミィナが焼け残った骨を拾ってかじろうとするのを、エリスが必死に止めている。

通常なら苦戦するはずの序盤エリアだが、今の俺たちにとっては散歩コース同然だった。


地下5階層。

ここから、様子が変わってきた。

通路の壁が、自然の岩肌から、滑らかな石材へと変化したのだ。

古代遺跡エリアだ。


「……ん。空気が変わった」


ルナが眠そうな目をこすりながら呟く。

彼女の重力感知能力が、何かを捉えたようだ。


「罠だ。……グレイ、わかるか?」

「うん。床の石畳、色が違うね。踏めば壁から矢が飛んでくるか、床が抜けるか……」


グレイが眼鏡を光らせ、床に薬品を一滴垂らす。

ジュッ、と煙が上がる。


「酸の霧が噴き出す仕掛けもあるみたいだ。悪趣味だねぇ」


普通の冒険者なら、ここで足止めを食らうか、犠牲者が出るだろう。

だが、俺には「文明の利器」がある。


「ナビ、スキャンモード。構造透視」

『了解。X線及ビ超音波探査ヲ開始シマス』


俺の視界に、壁や床の内部構造が透けて見える。

ワイヤー、圧力センサー、魔力回路。

全ての仕掛けが丸見えだ。


「カイル、右の壁の3番目のレンガを風で押せ。それが解除スイッチだ」

「わかった! 《エア・プッシュ》!」


カイルが正確にスイッチを押す。

ガコン、という音がして、通路の罠が無効化された。


「よし、通れるぞ」


俺たちが進むと、後ろからついてきていたノアが感心したように言った。


「すごいです、アルトさん……。まるでこの迷宮の設計図を持っているみたい」

「まあな。……知識と情報は、最強の攻略本だからな」


俺ははぐらかしたが、内心では冷や汗をかいていた。

ナビのバッテリー残量を気にしながらの強行軍だ。

どこかに「充電スポット」があればいいんだが……異世界にコンセントがあるわけもない。

その時だった。


ズズズズズ……。


広間に出た瞬間、地面が激しく揺れた。

天井から砂が落ちてくる。


「地震!?」

「違う! ……何か来る!」


広間の中央にある巨大な石像。

それが、ギギギ……と音を立てて動き出したのだ。

身長5メートル。全身が黒曜石で作られた、巨大なゴーレム。


『アビス・ガーディアン』。


中層エリアの門番だ。


「GROOOOOOO!!!」


ゴーレムが咆哮を上げ、巨大な拳を振り上げた。

その質量は数トン。直撃すればペシャンコだ。


「総員、散開! 戦闘態勢!」


俺の号令で、全員が散らばる。

ゴーレムの拳が地面を叩き、クレーターを作る。


「硬そうね……! 燃えるかしら!?」


アリエスが火球を放つが、黒曜石のボディは熱に強く、表面が少し焦げるだけだ。

魔法防御も高い。


「物理攻撃も効かないよ! 僕の風じゃ傷もつかない!」


カイルの風魔法も弾かれる。


「なら、こいつはどうだ!」


俺は懐から、グレイと共同開発した『即席爆弾』を取り出した。

中身は、対抗戦で使った『熱と冷却』の原理を応用した、カプセル型の投擲武器だ。


「ミィナ! あいつの口の中に、これを放り込め!」

「あいあいさー! お魚ダンクシューッ!」


俺から爆弾を受け取ったミィナが、驚異的な跳躍力でゴーレムの肩に飛び乗る。

そして、咆哮している口の中へ爆弾を叩き込んだ。


ゴクリ。


ゴーレムが爆弾を飲み込んだ。


「今だ! 離れろ!」


数秒後。

ゴーレムの腹部で、こもった爆発音がした。


ボフンッ!!


体内で、極低温の冷却液と、高熱の反応剤が混ざり合ったのだ。

内部からの熱衝撃破壊。

ゴーレムの動きが止まる。

そして、腹部から亀裂が走り、全身へと広がっていく。


ピキ……パキキキキ……。


ガシャァァァァァァン!!!!!


巨岩の兵士は、自重に耐えきれず、粉々に砕け散った。

黒い破片の山が築かれる。


「……ふぅ。やっぱり中からは脆いな」


俺は額の汗を拭った。

対抗戦で得た経験が、ここでも活きている。

俺たちはもう、ただの素人集団じゃない。


「やったー! 黒い石ゲットー!」


ミィナが破片の中から、キラキラ光る魔石を拾い上げる。

かなり高純度の魔石だ。これを売れば、結構な額になるだろう。


「先へ進もう。……ここからが本番だ」


門番を倒した俺たちは、さらに奥へと進んだ。


地下10階層。

未踏領域。

地図にも載っていない、深淵の世界。

そこで、俺たちは奇妙なものを発見した。


「……あれは?」


通路の壁に、何か文字のようなものが刻まれている。

古代文字ではない。

俺が見覚えのある、角ばった文字。

俺はランタンを近づけ、その文字を読んだ。

そして、息を呑んだ。


『 この先、セーブポイントなし。引き返すなら今だ 』


日本語だ。

間違いなく、俺以外の「誰か」が書いた、日本語のメッセージ。


「アルト? どうしたの? なんて書いてあるの?」


アリエスが不思議そうに覗き込んでくる。

彼女には、やはり読めないようだ。


「……いや。昔の冒険者の警告みたいだ」


俺は動揺を隠して答えた。

地下書庫の本だけじゃない。

この迷宮にも、日本からの「転生者」が来ていたのか?

しかも、「セーブポイント」なんて言葉を使うあたり、俺と同じゲーマー世代か?


(……この迷宮には、何かがある)


俺の心臓が高鳴る。

進級試験という目的の裏に、もっと大きな世界の謎が隠されている気がした。


「行こう。……この先に、俺たちが求める答えがあるはずだ」


日本語の警告を背にして、俺たちは更なる闇の奥へと足を踏み入れた。

2年生への道は、想像以上に険しく、そしてミステリアスなものになりそうだった。

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