第19話 決勝戦は呼吸も忘れる熱狂と天を焦がす執念です
全学年クラス対抗魔術戦、決勝。
学園の歴史に残るであろう、異様なカードが実現していた。
片や、Sクラス。
入学試験上位者のみで構成された、エリート中のエリート。
リーダーは「爆炎の貴公子」ことイグニス・バーンシュタイン。圧倒的な魔力量と破壊力を誇る、学園最強の天才。
片や、Fクラス。
魔力不足、素行不良、欠陥持ち。学園の掃き溜めと呼ばれた落ちこぼれ集団。
しかし今大会、彼らはBクラスの鉄壁を砕き、3年Aクラスの空戦部隊を撃ち落とし、奇跡の進撃を続けてきた。
会場のボルテージは最高潮に達していた。
かつてFクラスに向けられていた嘲笑は消え、今は「何かが起こるかもしれない」という期待と、固唾を呑む緊張感が支配している。
「決勝戦! Sクラス 対 Fクラス!! 試合開始!!」
審判の絶叫と共に、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
***
「行くぞ雑魚ども! 格の違いを教えてやる!」
開幕と同時に、Sクラスのメンバーが動いた。
ランドルを含む取り巻き9人が、一斉に攻撃魔法を放つ。
火、水、雷、風。
上級魔法の雨あられだ。単純な出力だけでも、昨日の3年生に匹敵する。
「来るわよ! 総員、防御陣形!」
アリエスの号令で、Fクラスは散開した。
真正面から受ければ蒸発する。
だが、俺たちには「目」があった。
『警告。3時ノ方向、雷魔法接近。5秒後ニ着弾』
俺のナビが弾道予測ラインを視界に表示する。
俺はその情報を、リアルタイムで全員に伝達する。
「カイル、右へ3歩! エリス、シールド展開!」
「了解!」
「《ホーリー・ウォール》!」
カイルが最小限の動きで雷を躱し、エリスの光の盾が水魔法を弾く。
Fクラスの動きは有機的で、無駄がない。
個々の戦闘力では劣っていても、情報共有と連携においては俺たちが上だ。
「反撃だ! ミィナ、突っ込め!」
「にゃあぁぁぁ! お魚特攻ー!」
ミィナがマグロを盾にして突進する。
その野生の動きは予測不能。Sクラスの前衛を撹乱し、陣形を崩す。
「ノア、今だ! 目潰し!」
「は、はいっ! 《フラッシュ・レイ》!」
ノアの指先から強烈な閃光が放たれる。
一瞬の隙。
その瞬間を、スナイパーは見逃さない。
「もらった! 《エア・バレット》!」
カイルの放った不可視の弾丸が、ランドルの杖を弾き飛ばし、鳩尾に突き刺さった。
「ぐはっ!?」
ランドルが崩れ落ちる。
他のメンバーも、グレイの粘着弾やルナの重力弾によって次々と無力化されていく。
「な、なんだあいつら……! 強いぞ!?」
「Sクラスが押されている!?」
会場がどよめく。
開始十分。
フィールドに立っているのは、Fクラス全員と――Sクラスのリーダー、イグニスただ一人となっていた。
「……ほう。やるじゃねえか」
イグニスが、倒れた仲間たちを一瞥もしないまま、ゆっくりと拍手をした。
余裕。
仲間が全滅したというのに、彼の表情には焦り一つない。むしろ、獰猛な獣のような笑みを浮かべている。
「俺の部下をここまでコケにしてくれたのは褒めてやるよ。……だが」
ドォォォォォン!!
彼が足を踏み鳴らした瞬間、フィールド全体が赤く染まった。
魔力。
桁外れの、質量を持った熱気が噴き出し、俺たちの肌を焦がす。
「ここからは『怪獣退治』の時間だ」
イグニスが右手を掲げた。
魔法陣すら描かず、詠唱破棄で巨大な火球が出現する。
それは太陽のように膨れ上がり、直径10メートルを超えるサイズになった。
「《ギガ・フレア》」
彼が軽く手を振る。
それだけで、巨大な太陽が俺たちに向かって飛んできた。
「嘘でしょ!? あんなの防げないわよ!」
「全員、回避! 散らばれ!」
俺が叫ぶと同時に、太陽が着弾した。
ズガァァァァァァァン!!!!
爆発。
闘技場の結界が悲鳴を上げ、地面が抉れ、熱風が俺たちを吹き飛ばす。
直撃は避けたが、爆風だけで全身の骨がきしむ。
「ぐぅっ……!」
俺は地面を転がりながら起き上がった。
熱い。空気が燃えている。
アリエスやカイルたちもボロボロだ。
「はははっ! どうした、もう終わりか? 俺はまだ一歩も動いてないぞ?」
イグニスが笑う。
強い。
小細工なしの、純粋な暴力。
「相性」や「戦術」といった概念を、圧倒的な出力差ですり潰してくる。これが天才か。
「……アルト。あいつ、化け物」
ルナが俺の隣で膝をつく。彼女の重力障壁でも、今の熱量は防ぎきれなかったようだ。
「ああ、わかってる。……だからこそ、ハメるしかない」
俺は口元の血を拭った。
正面から殴り合えば100%負ける。
だが、どんなに強大な炎でも、決して逆らえない「理」がある。
「みんな、プランCだ。……俺たちの命を賭けた、最後の実験をやるぞ」
***
「アリエス、ミィナ! 陽動だ! 死ぬ気でアイツの注意を引け!」
「わかってるわよ! あんたこそ死ぬんじゃないわよ!」
アリエスがフェンリルと共に突撃する。
彼女自身の最大火力をぶつけるが、イグニスは片手でそれを払い除ける。
「温い! 俺の炎の前では、貴様の火などマッチの火だ!」
イグニスがカウンターの炎を放つ。
だが、そこにミィナが横から突っ込む。
「お魚シールド!」
黒焦げになるマグロ。ミィナが悲鳴を上げて吹き飛ばされる。
だが、一瞬の時間を稼いだ。
「今だ! カイル、グレイ!」
俺の合図で、カイルとグレイが動いた。
彼らが狙ったのはイグニスではない。
イグニスの「周囲の空間」だ。
「グレイ、薬剤散布!」
「了解! 特性『燃焼促進剤』、ばら撒くよ!」
グレイが投げた瓶が空中で割れ、揮発性の液体が霧となってイグニスの周囲に充満する。
「小賢しい! 毒ガスか何かか? 燃やせば無意味だ!」
イグニスが嘲笑い、全身から炎を噴き上げる。
霧が一瞬で引火し、彼を中心とした空間が大爆発を起こす。
自分ごと周囲を焼き尽くすつもりだ。
だが、それこそが俺の狙いだった。
「かかったな! ……ルナ! 結界展開!」
「……ん。《グラビティ・プリズン》」
待機していたルナが、残った全ての魔力を解放した。
イグニスを中心とした半径5メートルの空間。
そこに、強力な重力壁が出現し、ドーム状に彼を閉じ込めた。
炎も、空気も、外には逃がさない。完全なる密室。
「なんだこれは? 重力結界か? こんなもの、内側から破壊してやる!」
イグニスが結界の内側で魔力を練り上げる。
しかし、俺は勝利を確信していた。
「燃やせ、イグニス! もっと激しく、その空間にある全てを燃やし尽くせ!」
「あぁ? 言われなくてもそうするさ! 消し飛べ!」
イグニスが極大魔法を放とうとした、その時。
シュボッ……。
彼の掌に生まれた炎が、頼りなく揺らめき、消えた。
「……あ?」
イグニスが眉をひそめる。
もう一度、魔力を込める。
だが、火花が散るだけで、炎が形にならない。
「な、なんだ? 魔法が……発動しない?」
それだけではない。
イグニスが突然、喉を押さえて膝をついた。
「ぐっ……はっ……!? い、息が……」
顔色がみるみる青紫色に変わっていく。
呼吸ができない。
目が見開かれ、恐怖の色が浮かぶ。
「気づいたか、天才様」
俺はふらつく足で結界の前に立った。
「『燃焼』の三要素を知っているか? 可燃物、熱源、そして『酸素』だ」
グレイが撒いた燃焼促進剤。
そしてイグニス自身が放った爆炎。
それが、ルナの重力結界という「密室」の中で燃え上がった結果、どうなるか。
結界内の酸素は一瞬で消費され尽くし、そこは死の空間――『真空』に近い無酸素地帯と化したのだ。
「カイル! 外から空気を抜いて、真空状態を維持しろ!」
「わかった! バキューム全開!」
カイルが風魔法で結界内部の気圧をさらに下げる。
炎は酸素がなければ燃えない。
そして人間もまた、酸素がなければ生きられない。
最強の火属性魔法使いにとって、最大の天敵。
それが「窒息」だ。
「が、はっ……き、さま……ら……」
イグニスが苦しげに地面を掻きむしる。
魔力はある。体力もある。
だが、意識を保つための酸素だけがない。
魔法を発動しようにも、火がつかない。
会場が静まり返る。
あの無敵のイグニスが、何もできずにのたうち回っている。
剣も魔法も使わない。
ただ「空気を奪う」という、あまりにも地味で、しかし致命的な戦術。
「これで終わりだ! ルナ、そのまま押し潰せ!」
「……ん。終わり」
ルナが拳を握りしめる。
重力が強まり、イグニスを地面に縫い付ける。
意識が飛びかけ、白目を剥くイグニス。
勝った。
誰もがそう思った。
だが。
俺たちは忘れていた。
彼が「天才」と呼ばれる所以を。
そして、Sクラスのトップに君臨する男の、狂気じみたプライドを。
「……ざ、げる……な……」
イグニスの口から、泡と共に怨嗟の声が漏れた。
彼の目が、ギロリと俺を睨みつける。
その瞳孔が開いた目は、すでに正気ではなかった。
「俺は……イグニス……バーンシュタインだ……。空気ごときに……負けてたまるかぁぁぁ!!」
ドクンッ!!
心臓の鼓動のような音が、会場に響いた。
イグニスの体から、異常な色の光が溢れ出す。
赤ではない。青白い、プラズマのような光。
『警告! 警告! 対象ノ魔力回路、暴走! 生体エネルギーヲ直接「熱」ニ変換シテイマス!』
「なっ……!?」
イグニスは、酸素を使った化学反応としての「燃焼」を捨てた。
自らの血液、細胞、魔力そのものを燃料とし、酸素を必要としない「純粋なエネルギー放出」を行ったのだ。
それは自爆に近い、禁断の技。
「酸素がないなら……魔力で空間ごと焼き払えばいい!!」
カッッッ!!!!
ルナの重力結界の中で、青白い太陽が爆誕した。
酸素欠乏など関係ない。
圧倒的なエネルギー質量が、物理法則ごと結界を内側から食い破る。
「ルナ! 逃げろ!」
俺が叫んだ瞬間。
結界が砕け散った。
ズドォォォォォォォォォォン!!!!!
言葉にならない轟音。
結界の破片と共に、超高熱の衝撃波が全方位に解き放たれる。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「うわぁぁぁぁっ!」
維持していたルナが真っ先に吹き飛ばされ、近くにいた俺とカイルも木の葉のように舞った。
フィールドの地面がえぐれ、観客席の防護壁すらヒビが入る。
俺は背中を強打し、地面を転がった。
視界が明滅する。
耳鳴りが止まない。
全身が焼けるように熱い。
「……う、ぐ……」
俺は震える腕で体を起こした。
フィールドは焦土と化していた。
アリエスも、ルナも、カイルも、みんな倒れている。ピクリとも動かない。気絶している。
そして。
土煙の向こうに、一つの影が揺らめいていた。
「……はぁ……はぁ……」
イグニスだ。
彼は立っていた。
制服は焼け焦げ、全身火傷だらけ。口からは大量の血を吐いている。
だが、その両足は地面を踏みしめ、倒れてはいなかった。
「……見たか……雑魚……」
イグニスが、ガクガクと震える指で俺を指差す。
「これが……王者の……意地だ……」
その言葉を最後に、彼の膝が折れそうになる。
だが、彼は倒れなかった。杖を突き刺し、強引に体を支えた。
俺は……俺は……。
立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らない。
魔力切れ、体力切れ、そしてダメージの蓄積。
視界が暗くなっていく。
「……くそっ……あと、ちょっと……だったのに……」
俺の手が、空を掴む。
イグニスは瀕死だ。あと一撃、石ころ一つ投げれば倒せるかもしれない。
でも、その指一本動かす力が、俺たちには残っていなかった。
「勝者……Sクラス!!」
審判の声が、遠くで聞こえた。
その瞬間、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
***
――目が覚めたのは、医務室のベッドの上だった。
窓の外はすでに夕焼けに染まっている。
「……っ、痛た……」
体を動かすと激痛が走る。
周りを見渡すと、隣のベッドにはアリエス、その向こうにはルナやカイルたちが、包帯まみれで眠っていた。
全員、生きている。
「気がついたかい、アルトくん」
入り口に、グレイが立っていた。彼も頭に包帯を巻いているが、意識はあるようだ。
「グレイ……試合は?」
「負けたよ。完敗だ」
グレイは淡々と告げた。
そうか。負けたのか。
あれだけ準備して、策を練って、あと一歩まで追い詰めて。
それでも、天才の理不尽な力には勝てなかった。
悔しさがこみ上げてくる。
拳を握りしめると、爪が食い込んだ。
俺たちは、やっぱり「Fクラス」のままなのか。
「……でもね、アルトくん」
グレイが窓を開けた。
外から、風に乗って微かな音が聞こえてくる。
「耳をすませてごらん」
それは、拍手だった。
闘技場の方から、まだ歓声と拍手が聞こえている。
「試合が終わってから一時間経つのに、観客が帰らないんだ。みんな、君たちの噂をしている」
「噂?」
「『あんな面白い試合は初めてだ』『Fクラスすげえ』『イグニスをあそこまで追い詰めるなんて英雄だ』ってね」
グレイが優しく笑った。
「試合には負けたけど、勝負には勝ったのかもしれないね」
その時、医務室の扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは、包帯でグルグル巻きにされた、松葉杖をついた男。
イグニスだった。
「……イグニス」
俺が身構えると、彼は不機嫌そうに顔を歪めた。
「勘違いするな。治療のついでに寄っただけだ」
彼は俺のベッドの横まで来ると、ふん、と鼻を鳴らした。
「……酸素を消すとはな。悪趣味な戦法だ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「次は殺す。……だが」
イグニスはそこで言葉を切り、視線を逸らした。
その耳が、少しだけ赤い。
「……貴様らは、もうゴミじゃない。俺が認めてやる」
それだけ言い捨てて、彼は去っていった。
あの傲慢な天才が、初めて俺たちを対等な敵として認めたのだ。
「……ははっ。なんだよそれ」
俺の目から、自然と涙が溢れた。
悔し涙なのか、嬉し涙なのか、自分でもわからない。
「ん……アルト、うるさい」
隣のベッドで、ルナが目を覚ました。
彼女はふらふらと起き上がると、俺のベッドに潜り込んできた。
「……負けた?」
「ああ、負けたよ」
「……そっか。でも、楽しかった」
ルナが俺の胸に顔を埋める。
アリエスも目を覚まし、「ちょっと! 何してんのよ!」と文句を言いながら、結局俺の布団の端を掴んで泣き出した。
俺たちは負けた。
優勝賞金も、特進クラスへの切符も手に入らなかった。
だが、手に入れたものはある。
それは、学園中の注目と、最強のライバルからの承認。
そして何より、この個性豊かで最高に厄介な仲間たちとの絆だ。
「……ま、卒業証書への道は遠回りになったけど、悪くないか」
俺は仲間たちの体温を感じながら、静かに目を閉じた。




