第13話 夜の潜入試験は光と影のラブソングです
使い魔召喚の儀式から数日が経ち、Fクラスの教室は以前にも増してカオスな空間となっていた。
まず、アリエスの足元には、常に巨大な炎の狼『フレイム・フェンリル』が寝そべっている。体長三メートル近い猛獣だが、アリエスには忠実な愛犬のように喉を鳴らして甘えている。冬場は暖房代わりになって便利だが、夏場は熱気で死ねる。
ルナの席の頭上には、モコモコの羊『クラウド・シープ』がプカプカと浮いている。ルナは授業中、その羊毛に顔を埋めて爆睡している。先生も諦めて注意しなくなった。
そして一番の問題児が、ミィナだ。
彼女の机の横には、巨大な水球が浮遊しており、その中を体長二メートルのマグロ『スカイ・ツナ』が回遊している。
ミィナは授業中も涎を垂らしてマグロを見つめ、マグロは怯えてビチビチと跳ねる。教室が生臭いことこの上ない。
そして俺、風早歩瑠斗の肩の近くには、黒い鉄球――自律支援型ドローン『ナビ』が浮遊していた。
『――ピッ。アリエス・フェルミナのバストサイズ、前回計測時より0.2センチの増加を確認。成長期デス』
「……おいナビ、その機能を切れと言っただろ」
俺は小声で相棒を叱責した。
こいつは優秀だ。周囲のマッピング、敵性反応の探知、気象データの解析までこなす。
だが、俺の潜在意識を学習したAIが、隙あらば女子の身体データを収集しようとするのが玉に瑕だ。
『否定シマス。マスターの生存戦略において、雌性個体の生殖能力の把握は重要デス』
「お前の中の俺はどういうキャラになってるんだよ……」
俺が頭を抱えていると、教室の扉が勢いよく開いた。
ミネルヴァ先生だ。
今日も今日とて、厄介ごとの香りを漂わせている。
「席につけ。……いや、獣どもが邪魔で席が見えんな」
先生は煙管の煙を吐き出しながら、黒板にチョークを走らせた。
『特別実技試験:夜間隠密偵察』
その文字を見た瞬間、教室の隅でビクリと肩を震わせた生徒がいた。
ノアだ。
目元まで前髪を伸ばし、いつも俯いている地味な少女。
彼女は文字を見た瞬間、顔面蒼白になっていた。
「今回は『隠密行動』のテストを行う。今夜二十時、裏山の演習林に集合だ」
ミネルヴァ先生が説明を続ける。
内容はこうだ。
夜の森に隠された『旗』を、教師やSクラスの有志が扮する『警備兵』に見つからずに回収すること。
見つかった場合は減点。魔法による戦闘は許可されるが、あくまで目的は「隠密」であるため、派手な戦闘は推奨されない。
「闇に紛れ、気配を殺し、任務を遂行する。魔法使いにとって、破壊力と同じくらい重要なスキルだ」
先生の視線が、ノアに向けられた。
「……特にノア。お前にとっては試練になるだろうな」
「は、はい……」
ノアが消え入りそうな声で返事をする。
彼女の体は、今も微かに発光している。
魔力過多症候群。
体内で生成される魔力が多すぎて制御できず、常に体表から光となって漏れ出している特異体質だ。
昼間ならまだしも、夜の森で彼女が歩けばどうなるか。
それは、「ここにいます」と大声で叫びながら歩くようなものだ。
「……私、欠席します」
放課後。
地下書庫の秘密基地に集まった俺たちに向かって、ノアはそう切り出した。
「欠席って、ノアちゃん。テストをサボったら退学になっちゃうよ?」
カイルが心配そうに言うが、ノアは頑なに首を横に振った。
「でも、私が行ったら、みんなの迷惑になります。……私、歩く照明器具ですから」
自虐的な笑みを浮かべる彼女の目には、涙が溜まっていた。
この一週間、彼女はずっと気にしていたのだ。
図書館での戦闘で役に立ったとはいえ、それは「目くらまし」としての一発芸だ。
普段の生活でも、夜寝ている時に光ってしまってルームメイトのミィナを起こしてしまったり、隠れんぼができなかったり。
彼女にとって、この光は呪いでしかない。
「Fクラスは連帯責任です。私が減点を食らえば、みんなの成績も下がります。だから……私だけ0点で退学になったほうが……」
「馬鹿言うな」
俺は本を閉じて立ち上がった。
「誰一人見捨てないって決めたろ。それに、俺たちはもう『チーム』だ」
「でも、どうしようもないんです! この体質は治らないって、お医者様にも言われたんです!」
ノアが声を荒らげた。
感情が高ぶったせいか、彼女の体から溢れる光が強くなる。
地下室が、真昼のように明るくなった。
「……眩しい」
ルナが目を擦りながら、俺の背中に隠れる。
確かに強烈な光だ。直視すれば目が焼ける。
だが、俺は目を逸らさずに、その光の中に踏み込んだ。
「治す必要なんてないさ」
「え……?」
「その光は、お前の欠点じゃない。最強の武器だ」
俺はノアの手を取った。
俺の言葉に、彼女が驚いて目を見開く。
「武器……ですか? でも、隠密試験ですよ? こんなに目立つのに……」
「隠れるだけが隠密じゃない。それに、光ってのは使い方次第で、姿を消すことだってできるんだ」
俺はニヤリと笑い、地下書庫の棚から一冊の本を抜き出した。
日本語で書かれた専門書。『光学迷彩の理論と実践 ~光を曲げて透明人間になる方法~』。
「ノア。試験までの数時間、俺と特訓だ。……お前のその光で、世界を欺いてやろうぜ」
***
夜二十時。裏山の演習林。
月明かりすらない深い闇の中に、虫の声だけが響いている。
「これより、夜間隠密偵察試験を開始する!」
ミネルヴァ先生の合図と共に、俺たちFクラスの精鋭8人は森の中へと散開した。
今回の作戦は、3つの班に分かれての波状攻撃だ。
A班:陽動部隊。アリエス、ミィナ。
彼女たちの役割は、派手に暴れて敵の注意を引きつけること。
適任すぎる配役だ。開始早々、森の向こうから「燃えなさい!」「お魚パンチー!」という叫び声と爆発音が聞こえてくる。
B班:探索部隊。カイル、エリス、グレイ。
カイルの使い魔『ストーム・ホーク』と、グレイの分析能力で、ターゲットの位置を特定する。
そしてC班:潜入部隊。俺、ルナ、そしてノアだ。
俺たちは、敵の警備網の隙間を縫って、ターゲットを回収する役割を担う。
「……ノア、調子はどうだ?」
俺は藪の中で身を潜めながら、隣にいるノアに声をかけた。
彼女は今、特製のローブを羽織っている。
地下書庫で見つけた「光ファイバー理論」を応用し、グレイに錬成してもらった「ガラス繊維」を織り込んだローブだ。
「は、はい……なんとか、抑え込んでます」
ノアが震える声で答える。
今の彼女は、全く光っていない。
いや、正確には「光を内側に循環させている」のだ。
あふれ出る魔力光を、ローブの内側の繊維で反射させ、外部に漏らさないように閉じ込めている。
原理は魔法瓶や光ファイバーと同じだ。
『マスター。前方50メートルに熱源反応。警備兵デス』
ナビが俺の脳内に警告を送ってくる。
ARウィンドウに、赤いマーカーが表示された。
Sクラスの生徒だ。どうやら俺たちを待ち伏せしているらしい。
「ルナ、いけるか?」
「……ん」
ルナが音もなく前に出る。
彼女の使い魔『クラウド・シープ』が、闇に溶け込むようにふわりと浮遊し、警備兵の頭上へと忍び寄る。
そして、パラパラと鱗粉のような粉を撒いた。
「ふあぁ……なんだ、急に眠気が……」
ドサッ。
警備兵が一瞬で昏倒した。
ルナの眠り魔法と、羊の睡眠パウダーのコンボだ。隠密において最強のソリューションである。
「よし、突破するぞ」
俺たちは慎重に森を進んだ。
ターゲットである「旗」は、森の最深部にある祠に設置されているはずだ。
順調だった。
陽動班が派手に暴れてくれているおかげで、警備の手薄なルートを進むことができた。
だが、そう簡単にいかないのが、この学園の試験だ。
「――見つけたぞ、Fクラスのネズミども」
祠の手前、開けた広場に出た瞬間、頭上から声が降ってきた。
強力なライトの光が、俺たちを照らし出す。
「しまっ……!」
木の上にいたのは、ランドルたちSクラスの集団だった。
彼らは俺たちの接近を予測し、待ち伏せしていたのだ。
「へへっ、陽動に引っかかったフリをして待ってたんだよ。ここを通るには、俺たちを倒すしかないぜ?」
ランドルがニヤリと笑い、杖を構える。
取り巻きたちも一斉に詠唱を始める。
数的不利。しかも位置的に完全に包囲されている。
「ノア! ルナ! 散開だ!」
俺が叫ぶと同時に、火球や氷柱が降り注いだ。
俺たちは散り散りに回避行動を取る。
「きゃあっ!」
ノアが転倒し、フードが外れた。
その拍子に、ローブの制御が乱れ、抑え込んでいた光が漏れ出す。
「あいつだ! あの光る女を狙え!」
ランドルが叫ぶ。
暗闇の中で発光するノアは、これ以上ないほどの良い的だった。
全ての攻撃魔法が、ノア一点に集中する。
「いやぁぁぁっ!」
ノアが頭を抱えてうずくまる。
俺の「種火」では迎撃が間に合わない。ルナも眠り魔法の詠唱中で動けない。
絶体絶命。
その時、俺のナビが冷徹な声を響かせた。
『警告。ノア・リュミエールの魔力光量が臨界点を突破。自壊の恐れアリ』
ノアの恐怖心が、魔力の暴走を引き起こそうとしていた。
このままでは、彼女は自らの光で焼き尽くされてしまうか、あるいは大爆発を起こして周囲を巻き込むかだ。
「ノア!」
俺は彼女の前に滑り込み、抱きとめた。
「アルトさん……! 離れてください! 爆発します……私、もう抑えられません!」
ノアが泣き叫ぶ。
彼女の体は高熱を発し、俺の腕を焼くほどに熱くなっている。
目を開けていられないほどの光量だ。
「抑えるな!」
俺は彼女の耳元で叫んだ。
「え……?」
「抑えるから暴走するんだ! 出したいなら出せ! 全部吐き出しちまえ!」
「で、でも、そんなことをしたら……位置がバレて……」
「バレて上等だ! 隠れる必要なんてない! お前の光で、あいつらの目を焼き尽くしてやれ!」
俺はナビに指令を送った。
「ナビ! レンズ生成モード起動! 対象、ノアの前方一点!」
『了解。重力場操作ニヨリ、空気レンズヲ形成シマス』
ナビが俺たちの前に飛び出し、空気を歪ませて見えない「凸レンズ」を作り出す。
俺はノアの肩を掴み、彼女をランドルたちの方向へ向けた。
「ノア、イメージしろ! お前の光は、拡散する電球じゃない! 一点を貫く『槍』だ!」
「ひ、光の……槍……」
「そうだ! 俺がガイドを作る! お前はそこに向かって、持てる全ての魔力を流し込め! レーザーを撃つんだ!」
レーザー。
光の増幅と収束。
彼女の無尽蔵な光量を一点に集中させれば、それは最強の光学兵器になる。
「……やって、みます!」
ノアが覚悟を決めた。
彼女は両手を前に突き出し、自身の内側にある「光」を解放した。
「いけぇぇぇぇっ!!」
カッッッ!!!!
ノアの体から放たれた光が、ナビの作った空気レンズを通過する。
拡散しようとしていた光の粒子が、無理やり一点に束ねられ、収束する。
ヒュンッ!
音が消えた。
次の瞬間、極太の光の帯が、夜の森を切り裂いた。
「な、なんだこれはぁぁぁ!?」
ランドルの悲鳴は一瞬でかき消された。
レーザービームと化した光は、Sクラスの連中が張っていた防御結界を紙切れのように貫通し、彼らが乗っていた大木をへし折り、遥か後方の岩山まで突き抜けた。
ズドォォォォン!!
遅れて、轟音が響き渡る。
爆風が吹き荒れ、夜の森が一瞬にして昼間のような明るさに包まれた。
「……う、嘘……」
光が収まったあと。
そこには、黒焦げになって腰を抜かしているランドルたちと、一直線に木々が消滅した「道」ができていた。
ターゲットの旗は、奇跡的に無事だったが、その周りの地面はガラス化して湯気を立てている。
「……これが、私の力……?」
ノアが自分の手を見つめて呆然としている。
俺はふらつく彼女の体を支えた。
「やったな、ノア。……隠密としては0点だけど、殲滅としては100点満点だ」
「アルトさん……」
彼女が見上げてくる。
魔力を使い果たしたせいか、今の彼女は光っていない。
月明かりに照らされたその素顔は、今まで見たどの表情よりも晴れやかで、美しかった。
「私……光ってて、良かったです」
彼女は涙を浮かべて笑った。
コンプレックスが、自信に変わった瞬間だった。
「……ん。眩しかった」
木陰で寝ていたルナが、目を擦りながら起きてきた。
おい、お前寝てたのかよ。
こうして、Fクラスの夜間試験は、隠密どころか「森の一部を消滅させる」という派手な結果に終わった。
当然、隠密ポイントは大幅減点だったが、「敵部隊の壊滅」という特別加点がつき、なんとか赤点は免れた。
帰り道。
魔力切れで歩けないノアを、俺はおぶって帰ることになった。
「重くないですか……?」
「軽い軽い。光の速さで痩せたんじゃないか?」
「ふふっ……。あの、アルトさん」
背中から、温かい体温と、柔らかい感触が伝わってくる。
ノアが俺の首に腕を回し、耳元で囁いた。
「また、地下室で……特訓、してくれますか? 今度は、もっと凄い光、出せるようになりたいので」
「……お手柔らかに頼むよ」
俺が苦笑すると、ナビが無機質な声で告げた。
『報告。ノア・リュミエールの好感度上昇を確認。生体反応、発情モードに移行中』
「だからその機能を切れって!」
俺のツッコミは、夜の森に虚しく響いた。
背中のノアが、恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに俺の首筋に顔を埋める。
俺の平穏な学園生活は遠のくばかりだが、まあ、悪くない夜だった。




