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第12話 使い魔召喚はガチャ運とロマンの欠片もありません

少し日が空いてしまいました。見てくれてありがとうございます。

学園新聞による『地下室のハーレム儀式』という衝撃的な報道から数日が過ぎた。

俺、風早歩瑠斗の学園内における立ち位置は、劇的な変化を遂げていた。


以前のような「魔力なしの落ちこぼれ」という蔑みの視線は消え失せた。代わりに向けられるようになったのは、恐怖と畏敬、そして好奇の入り混じった複雑な眼差しだ。

廊下を歩けば、男子生徒たちは「おい、あれが『地下の帝王』だぞ」「関わると夜の儀式に連れて行かれるらしい」とヒソヒソ噂し合い、モーゼの十戒のように道を開ける。

女子生徒に至っては、俺と目が合うだけで顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出していく始末だ。


ある意味で、誰にも絡まれない快適な通学環境が完成していたが、精神的なダメージは計り知れない。俺はただ、真面目に勉強を教えていただけなのだ。

そんな俺の周りで、唯一通常運転を続けているのが、Fクラスに残った七人の精鋭たちだった。


「アルト、パン」

「はいはい」

「アルトくん、今日のマッサージは?」

「放課後な。予約表に名前書いとけ」

「アルト! 背中かゆい!」

「自分でかけ。というか柱でこすれ」


完全に飼育係である。

四十人分の机が撤去され、ガランとした広大な教室で、俺たちは家族のような、あるいは奇妙な共依存関係のような日々を過ごしていた。

そんなある日のホームルーム。

ミネルヴァ先生が、またしても厄介ごとの匂いがプンプンするプリントの束を持って教室に入ってきた。


「今日は実技演習だ。場所は『召喚の儀式場』。全員移動しろ」


その言葉に、カイルがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「召喚……ですか?」


彼の目がキラキラと輝いている。

無理もない。使い魔召喚といえば、魔法学園の華だ。

魔法使いが生涯のパートナーとなる魔獣や精霊を呼び出し、契約を結ぶ一大イベント。それは魔法使いとしてのランクを決定づける重要な儀式であり、全ての生徒にとっての憧れだった。


「そうだ。Fクラスの人数は減ったが、個々の戦力増強は必須だ。各自、自分の魔力に見合った使い魔と契約してもらう。……ただし」


ミネルヴァ先生は煙管をふかし、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「Fクラスに割り当てられた召喚場所は、いつもの『大祭壇』ではない。裏山のさらに奥にある『古井戸』だ」


教室の空気が凍りついた。


「……はい? 古井戸?」

「大祭壇はSクラスが一日貸し切っているそうだ。イグニスの奴が派手にやりたいと言い出したらしい。学園長もそれを許可した」


またしてもSクラスの横暴か。

実力主義を掲げるこの学園では、成績優秀者の要望が最優先される。Fクラスの権利など、道端の石ころ以下なのだ。


「お前らは古井戸の周りにある、風化した旧式の召喚陣を使えとのことだ。あそこは百年以上使われていないが、まあ、死にはしないだろう。文句があるなら学園長に言え」


死にはしない、という言葉が逆に不安を煽る。

俺たちは深い溜息をつきながら、重い足取りで教室を後にした。



***



本校舎から歩くこと三十分。

学園の裏山、鬱蒼とした雑木林の奥深くに、その場所はあった。


苔むした石造りの古井戸。

井戸と言っても水汲み用のものではなく、直径五メートルはある巨大な石のサークルだ。

地面には、かつては魔力を帯びていたであろう幾何学模様が刻まれているが、今は塗装が剥げ、あちこちがひび割れている。雑草が隙間から生い茂り、どう見てもただの廃墟だった。


「うわぁ……何これ。魔法陣が欠けてるじゃない」


アリエスが呆れた声を出し、杖の先で地面を突いた。

召喚陣は精密さが命だ。線が一本欠けているだけで、魔力の循環が途切れ、召喚に失敗する。最悪の場合は逆流した魔力で暴走し、術者が吹き飛ぶことだってある。


「ここを使えって? 自殺志願者用施設の間違いじゃないか? これじゃあ、ネズミ一匹喚び出せないよ」


グレイが眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに、しかし冷ややかな目でひび割れた石畳を観察している。

そんな俺たちの頭上、木々の隙間から見える丘の上には、白亜の大理石で作られた立派な『大祭壇』が輝いていた。

そこからは、華やかなファンファーレと歓声が風に乗って聞こえてくる。


「おおっ! 見ろ、イグニスのやつ、ワイバーンを喚び出しやがった!」

「すげえ! さすが首席だ! あれならドラゴンとも戦えるぞ!」


見上げれば、Sクラスの連中が盛り上がっているのが見えた。

赤い髪のイグニスが、巨大な翼竜を従えて勝ち誇ったようにこちらを見下ろしている。その表情には、明確な蔑みがあった。


「……むかつく」


アリエスがギリギリと歯ぎしりをする。

環境の差は歴然だ。向こうは最新鋭の設備とバックアップ体制で挑むSSレア確定のガチャ会場。こっちは回線切れ寸前の泥沼ガチャだ。


「どうする? こんなボロい魔法陣じゃ危険すぎるよ。今日は諦めて帰る?」


カイルが不安そうに提案した。

確かに、それが賢明な判断だろう。

だが、俺はボロボロの魔法陣の前にしゃがみ込み、指先でその溝をなぞった。

まだ、死んではいない。

かすかだが、地脈からの魔力が滲み出ているのを感じる。


「……いや、いけるかもしれない」


俺は鞄から、地下書庫で見つけた一冊の本を取り出した。

日本語で書かれた専門書、『幾何学で直す! DIY魔法陣修復マニュアル』だ。

この本によれば、魔法陣というのはオカルト的な模様ではなく、魔力の流れるルートを指定する「電子回路図」のようなものに過ぎないらしい。

線が欠けているなら、通電するように繋げばいい。形が歪んでいるなら、計算して補正すればいいだけだ。


「アリエス、チョークはあるか? できれば魔力伝導率の高いやつだ」

「え? あるけど……何する気?」

「カイル、そこの手頃な石を拾ってきてくれ。大きさは拳くらいのものだ。……幾何学的に正しい円を描いてバイパスを通せば、機能は回復するはずだ」


俺は本を片手に、地面に這いつくばった。

アリエスから受け取ったチョークで、欠けた線の上に補助線を引いていく。

本来の魔法陣は複雑な装飾が多いが、それらは儀式的な意味合いが強く、機能には直結しない。必要なのは、魔力を循環させる「円」と、それを増幅させる「多角形」の組み合わせだけだ。

俺は歪んだ円周率を計算し直し、要所要所にカイルが拾ってきた石を置いた。

それは魔力の整流ポイントとなり、乱れた流れをスムーズにする役割を果たす。


「ねえ、本当にこれでいいの? なんか落書きみたいに見えるけど」


アリエスが怪訝そうに見守る中、俺は十分ほどで修復作業を終えた。

見た目は継ぎ接ぎだらけで、子供の落書きと言われても仕方がない出来栄えだ。

だが、俺には見える。

地下から汲み上げられた魔力が、チョークのラインを通ってスムーズに循環し始めているのが。


「よし、完成だ。……見た目は悪いが、余計な装飾を省いた分、理論上の出力は新品より高いはずだ」


俺が自信満々に立ち上がると、後ろで腕を組んでいたミネルヴァ先生が、感心したように口笛を吹いた。


「ほう。古代の術式を補正したのか。……お前、本当に魔力がないのか? やっていることは大魔導師級だぞ」

「知識があるだけですよ。……さあ、誰からやる?」


俺の言葉に、アリエスが一番に名乗り出た。


「私が行くわ! Sクラスの連中に吠え面かかせてやるんだから!」


彼女は修復された魔法陣の中央に進み出ると、カッ、と目を見開き、樫の杖を掲げた。


「我が魔力に応えよ! 契約の理に従い、我が魂と共鳴する高貴なる獣よ! サモン!!」


アリエスの体から、膨大な魔力が放出される。

それが俺の修正した回路を一気に駆け巡る。


カッッッ!


以前のような暴発ではない。

計算され尽くした美しい幾何学模様が真紅に輝き、天を衝くような光の柱が立ち上った。

その熱気で、周囲の雑草が一瞬で枯れるほどだ。


ギャオォォォン!!


大地を震わせる咆哮と共に、炎の渦の中から巨大な獣が姿を現した。

全身が燃え盛る紅蓮の毛並み。鋭い牙。そして知性を宿した金色の瞳。

狼だ。それも、馬よりも巨大な。


「……嘘。これって……」


アリエス自身が絶句している。

ミネルヴァ先生が目を見張った。


「『フレイム・フェンリル』か。上級魔獣の中でも最上位、王家の護衛獣としても使われるクラスだぞ」


狼はアリエスを見下ろし、グルルと喉を鳴らしたあと、忠誠を誓うように恭しく頭を下げた。

主従契約の成立だ。


「す、すごっ! かっこいい!」


アリエスが目を輝かせて狼の首に抱きつく。狼は鬱陶しそうにしながらも、まんざらでもない様子で彼女の頬を舐めた。


「やった! 見たかSクラス! これが私の実力よ!」


アリエスが丘の上に向かって拳を突き上げる。

Sクラスの連中がどよめいているのがここからでもわかる。

古井戸から伝説級の魔獣が出たなんて、前代未聞だろう。イグニスのワイバーンすら霞んで見える迫力だ。


「次は僕が行きます!」


アリエスの成功に勇気づけられ、カイルが挑戦した。

彼が召喚したのは、美しい銀色の羽根を持つ『ストーム・ホーク』。風を操り、高速で空を飛ぶ猛禽類だ。偵察や伝令に使える、カイルらしい堅実で優秀な使い魔だ。


続いてエリスは、額に宝石を持つ小動物『カーバンクル』を召喚した。愛らしい見た目だが、強力な治癒能力を持つ聖獣だ。「か、可愛いですぅ!」とエリスが頬ずりしている姿は、見ているだけで癒される。


順調だ。

俺が修復した魔法陣は、完璧に機能している。

むしろ、魔力効率が良すぎて「ガチャ確率アップ」の補正がかかっているんじゃないかと思うほどだ。


「……次、私」


ルナが眠そうに進み出た。

彼女は杖も持たず、呪文も唱えず、ただ魔法陣の上に立ってふあぁと欠伸をした。


「……出てきて」


ボフンッ。

脱力した掛け声と共に、白い煙が噴き出した。

現れたのは、巨大な綿菓子……ではなく、モコモコの白い毛玉のような生き物だった。


『クラウド・シープ』。


雲のようにふわふわで、空を浮遊する羊だ。戦闘能力は皆無だが、その毛並みは最高級の羽毛布団をも凌駕する。


「……枕」


ルナは満足そうに頷くと、羊の背中にダイブした。

羊は「メェ〜」とのんびり鳴いて、ルナを乗せたままプカプカと浮かび始めた。

完全な自動追尾型移動式ベッドの完成だ。彼女らしいと言えばこれ以上ないほど彼女らしい。


「ミィナも! ミィナもやるー!」


最後にミィナが飛び出した。

彼女は魔法陣の上で四つん這いになり、野生の勘に従って叫んだ。


「美味しそうなの、出てこーい!」


ズドォォォォン!!


古井戸から、間欠泉のように大量の水柱が噴き出した。

俺たちは頭から水を被り、ずぶ濡れになる。

そして、空からドサッ! と何かが落ちてきた。


ビチビチビチッ!!


地面で激しく跳ね回っているのは、銀色に輝く流線型の巨体。

体長2メートルはある、丸々と太った巨大なマグロだった。

いや、ただのマグロではない。ヒレが翼のように発達し、空を泳ぐ『スカイ・ツナ』だ。希少な食材として知られる幻の魚である。


「「「マグロ!?」」」


全員が同時に突っ込んだ。

ここは山の中だぞ。なんで海産物が召喚されるんだ。しかも食材として。


「にゃあぁぁ! お魚ー!!」


ミィナは歓喜の声を上げてマグロに飛びつき、そのまま頭からガブッとかじりついた。


「ま、待てミィナ! それは使い魔だ! 非常食じゃない!」


俺は慌てて止めに入ったが、ミィナは「離せー! これはミィナの獲物だー!」と暴れ、マグロは必死に空へ逃げようと暴れている。

カオスだ。

だが、結果として全員がマグロも含めて強力かつユニークな使い魔を手に入れたことになる。


「最後は……アルト、お前だ」


ミネルヴァ先生が俺を見た。

場の空気が変わる。

地下の帝王、Fクラスの頭脳。

アリエスやルナたちが、期待の眼差しを向けてくる。アルトならどんな凄いのを出すんだ、と。


「……やれやれ」


俺は濡れた髪をかき上げ、魔法陣の前に立った。

問題はここからだ。

俺には魔力がない。種火程度の火力しかない。

この完璧な魔法陣を使っても、起動に必要な電力が圧倒的に足りないのだ。

普通にやれば、不発に終わるか、小さなトカゲが出るのが関の山だろう。

教科書通りじゃ無理だ。また『知識』を使うしかない。

俺はポケットから、地下書庫で見つけたもう一冊の本を取り出した。


『触媒化学と等価交換の法則 〜異界の物質による因果律操作〜』。


魔力が足りないなら、自分の魔力以外のエネルギー源――「物質(触媒)」を捧げて、その質量と概念をエネルギーに変換すればいい。

俺は魔法陣の中央に、ある物を置いた。


それは、俺がこちらの世界に来た時に唯一持っていた、ポケットに入っていた私物。

画面が割れ、電源も入らない、壊れたスマートフォンだ。

もちろん、こちらの世界ではただの黒い板きれだ。何の役にも立たないゴミだ。


だが、概念的には違う。

これは、この世界には存在しない「高度な精密機器」であり、地球の科学技術の結晶だ。

これを触媒(生贄)にすれば、魔法とは異なるベクトルでの反応が起きるはずだ。


「……頼むぞ、俺の相棒」


俺はスマホに手を置き、わずかな魔力を流し込んだ。

俺の未練と、地球への想いを断ち切るように。


回路が繋がる。

その瞬間、魔法陣が、これまでにない異質な光を放ち始めた。

魔法の暖かな光ではない。

青白く、直線的で、冷徹な電子的な光だ。


ブゥン……。


低い駆動音が響く。

光が収束し、地面に置かれたスマホが分解され、粒子となって舞い上がり、空中で再構築されていく。


「な、なんだあの光は……!? 魔力じゃないぞ!?」


丘の上のSクラスの連中も騒ぎ出したのが見えた。


光が弾けた。


そこにいたのは、ドラゴンでも、魔獣でもなかった。

空中に静止する、直径20センチほどの、黒い金属の球体。

その表面は滑らかで、継ぎ目がない。

そして中央には、一つだけのカメラアイが赤く光り、周囲を走査するように動いている。


「……鉄くず?」


誰かが呟いた。

見た目は地味だ。ただの浮遊するボールにしか見えない。

イグニスたちが「はっ、なんだあれ。ゴミじゃねえか。魔力も感じねえぞ」と嘲笑する声が風に乗って聞こえてくる。


だが、俺にはわかった。

その球体が、微かな電子音を発して俺の周りを旋回し、目の前で静止する。

そして、俺の脳内に直接、無機質だが懐かしい響きを持つ音声が響いてきたのだ。


『――マスター認証、完了。次元接続を確認。自律支援型ドローンユニット、起動シマス』


ドローン。


魔法生物ではない。科学と魔法が融合した、この世界に存在しないはずの機械知性体だ。


「……よろしくな、相棒」


俺が声をかけると、球体――『ナビ』は、ピピッと電子音を鳴らして上下に揺れた。


「ちょ、ちょっとアルト! なによそれ! 全然可愛くないし、強そうでもないじゃない!」

「鉄の玉……? 硬そう。美味しくない」


アリエスとミィナが寄ってくる。

こいつの凄さは、まだ誰にもわからないだろう。


だが、俺の視界には今、ナビが投影したAR(拡張現実)ウィンドウが浮かんでいる。

そこには、周囲の地形データ、気温、湿度、風向き、そして目の前のアリエスの心拍数や魔力残量、さらにはスリーサイズまでが表示されていた。

おい、最後の情報は消せ。


どうやらこいつ、俺の深層心理(欲望)を学習してサポートする機能がついているらしい。

とんでもない相棒を手に入れてしまったかもしれない。


「ふん、ゴミ拾いご苦労なこった」


丘の上からイグニスが笑っている。

笑わせておけばいい。

俺たちは、それぞれに「規格外」の戦力を手に入れた。

Fクラスの反撃準備は、これで整ったのだ。

こうして、使い魔召喚は、Fクラスの大勝利で幕を閉じたのだった。一部海産物だが。

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