朝起きたらPVが前日比で10万倍になっていた
「ふぇ?」
思わず声が漏れた。
目が覚めて日課のルーティーンとなっている『小説家になろう』のPV確認を行う。
いつ見ても二桁しかないはずのPVが、見たこともない桁数で表示され、あまりの事態に脳の処理が追いつかない。
「千、万、十万、百万……きゅ、きゅきゅきゅきゅきゅ九千万PV⁉️」
昨夜、もうすぐ百PVに届きそうだとニマニマしながら眠りについたのを覚えている。
それが朝起きたら億に届きそうになっているのは、流石に意味が分からな過ぎる。
事態が飲み込めず驚いていると、リア友のA氏からラインが届いた。
『おい、お前のエックスが激しいことになってるぞ』
うん。旧ツイッターのことをカタカナで送ってくるのは止めて欲しいと思う。おのれイーロン。
いつものようにシャミ子のスタンプで返しておいて、Xを覗いてみた。
「うわ! ナニコレ⁉️」
サッカーの神とも評される人気インフルエンサーが、俺の作品を是非読んでくれと宣伝している。
当然、面識なんてある訳がない。
相手は雲の上のような存在だ。ワールドカップの優勝シーンなんて何度も繰り返し観た。俺が一方的に知っているだけの関係。何故か俺の作品を紹介している。
Xの確認を終え、再びなろうのPVを確認してみた。
「え? 30分で四百万再生いった!」
億の桁に手が届いてしまった。しかもまだまだ伸び続ける。
新着通知にも赤い文字が常に続く。
感想も万単位の未体験ゾーンへ突入。
英語ばかりで何言っているのか分からないけれど、仕事から帰ったら翻訳しよう。
その日はウキウキ気分で仕事へ向かった。
◇◆◇◆◇
仕事も片がついて、PV億達成の自分へのご褒美として表参道のピエール・エルメでパンデピスを購入した。
ルンルン気分でスキップしたい衝動を抑えながら、帰宅を果たす。
「さーて、なろうはどうなっているかな?」
そうしてPCの前に座り、電源を入れる。
ユーザページへ辿り着いたら、俺は事態の重さを知ることになった。
感想を翻訳してみると、「詐欺だ」「こいつが犯人だ」という言葉で溢れかえっている。
一体どうなっているのだろうか。
慌ててXを確認してみたら、理由が分かった。
神と崇められるサッカー選手の超インフルエンサーがアカウントを乗っ取られていたことを認める発言をポストしていたのだ。
それでサッカー選手を装った連載作品も特定されたのだが、それがNコードで一字違いなのである。
どうやら俺の作品はタイプミスで世界へ大宣伝されてしまったようだ。
なのに、世間では俺が真犯人だとか、共犯関係だとかのフェイクニュースで溢れかえっていて、捏造動画が乱立している。
感想のほぼ十割がそうした非難の言葉や誹謗中傷ばかり。
俺は慌てて運営へ冤罪だと訴えた。
しかし、運営からの回答はこうだった。
「まだユーザ様がアカウント乗っ取りをしていないという確証が取れておりません。そのため、弊社としてはなろうリワードの受給については他作品含め全て無効とする判断をさせて頂きました。何卒、ご理解の程、宜しくお願い致します」
……あり得ない。
真面目に活動してコツコツと貯めたはずのなろうリワード。
微々たる量だけど、3000まで貯まったら何に使おうかと妄想を膨らませるのが俺の唯一の楽しみだったのに。
その全てが一夜にして奪われてしまう。
増え続けるPV。既に桁は10億の領域へと突入しているが、これほど虚しく瞳に映るとは思わなかった。
楽しみにしていた感想も酷い文面が続く。
「お前がレオな訳ねーだろ」
「そもそもなんでアルゼンチン語でなくて日本語で執筆してるんですか? 頭湧いてない?」
「この程度の作品でよくもまぁ……」
あまりの攻撃的な内容に、俺は過呼吸を発症してしまう。
冷や汗まみれでどうにかPCをシャットダウンする。
買ってきて時間が経ったので少し温くなったパンデピス。
ドライアイスを取り除いて、封を開けたら白い陶器の皿に盛ると、温度が上がったからか、甘い香りが強く部屋中に漂い出す。
甘ったるい香りのそれをフォークですくって、絶望を流し込むように口へと運ぶ。
俺は涙を流しつつ、それを一晩で爆食した。
超高級なはずのパンデピスは、随分と濡れてしょっぱい味だったな。
◇◆◇◆◇
夜が明けきらないような肌寒さの残る早朝に目が冷める。
こんなになろうを覗くのが不安なのは初めて。
PCの起動音よりも、心臓の音が大きく聞こえる。
喉がカラカラに乾く中、PCの電源が入り、ユーザページが開かれた。
「PV……101……だ……と?」
慌てて日付を確認する。
なるほど。昨日の出来事は全部夢だったようだ。
冷静になって考えてみればサッカーの神はインスタはやっているけど、Xはアカウントすら無いし、おかしい箇所はたくさんあった。
増えすぎたPVに舞い上がってしまい、夢だと冷静に判断できなかったのだろう。
新着通知からも赤い文字が消えている。
僅かな安堵と、終わってしまった祭りの物悲しさが胸に残った。
時間を一時間空けて再度PVを確認。
「お! PVが102になった! やった! 1増えたよ!」
普段通りの生活に戻ったことに何故だかホッとする。
これだ。これだよ。この1PVの重みこそが俺の作品だろう?
そう思っていたら、新着通知に赤い文字が表示されていたことに気付く。
届いていた感想を開いてみた。
「サッカー選手詐欺野郎の割に面白い作品でした!」
割に面白いって表現は余計だ!
そう思ってしまったが、感想を貰えたことは純粋に嬉しい。
どんなお返事にしようかワクワク考えていたら、とあることに気付く。
「え? なんでサッカー選手の件を知ってんのコイツ?」
過呼吸を再発し、俺の世界から色と音が急速に遠のいていくのを感じるのだった。




