Ep.03 近づく足音
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「国家薬師と秘密のお仕事」(N9044KY)
https://ncode.syosetu.com/n9044ky/
それから間もなく。いつも通り薬剤師室で忙しく患者さんの処方箋をさばいていた時、アルフレッドさんが現れた。忙しく立ち働く先輩方を縫うようにして私に小声で言った。
「フィオナさん、ちょっと後で室長室来てくれる?」
ん? 何か呼び出されるような何かをしてしまっただろうか?
最近変わったことと言うと、玄関に挟まっている手紙くらいしか身に覚えはないのだが。
そういえば、いたずら犯に家を知られていることもあって一度ノエル君に相談した方がいいんじゃないかとも考えた。だが、ノエル君も忙しいみたいで、室長に送ってもらった時からは会えていない。まぁ、あの時帰ってもらうまでの説得にめちゃくちゃ苦労したから、こちらから連絡するのが気まずいのもあるんだけどさ。護衛してくれてた時のノエル君はストーカー臭かったけど、今度こそ本物のストーカーだったらどうしよう?
(なんでこう粘着系に縁があるのか……)
私、前世でスライムか何かを皆殺しにしたとか?
粘液系の何かを焼き滅ぼしでもしたのかね……。
処理済みの処方箋をサインして箱に入れると、室長室へ急いだ。
ノックをして声をかける。
「失礼します、ベルウッドです」
中からすぐに応えがあった。
アルフレッドさんはかつてドレイク室長が腰掛けていた執務机に座って書類を整理していた。
室長室に入ってまず驚く。
書きかけの書類や実験道具など、色んなものが雑然と積み上がっていた執務机がスッキリと片付けられ広々としている。
あと、壁面の書棚も以前は横向きに積まれた書籍などが乱雑に飛び出していたのだが、全て整然と棚に収まっていた。ついでに埃もない。
部屋主が変わるだけでこんなに部屋の印象が変わるのか?
そして、万年「マッドサイエンティストの巣」と化していた室長室が、こんなに広かったことに愕然としている。
「ごめんね、フィオナさん。忙しいところに呼び出して」
書きかけの書類の切りがついたのか、アルフレッドさんは書類を片付けると顔を上げた。
とりあえず、何かのやらかしでないことを祈る。
「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」
アルフレッドさんは、引き出しを開けると蓋のされた試験管を取り出した。
「これの分析依頼が騎士団から来てね。手伝ってほしいんだ」
試験管の中には黄金色の液体が揺れている。
騎士団の分析依頼には嫌な思い出しかないのだが。
今度は何なんだ?
「一応、最初の分析だから捜査情報は伏せるよ。その方がいいんだったよね?」
「はい、思い込みがあると分析で見逃すことがあるかもしれませんし」
アルフレッドさんから試験管を受け取る。
軽く振ってみるが、特に気泡などは見られない。
さらさらで粘度もなさそうだ。
「あと、もちろん極秘だから薬剤師室じゃなくて検査室使ってね」
「了解しました。
でも、お手伝いするの、私でいいんですか?」
こういうのって先輩方の方が知識も多いし、特定も早くできるような気がするんだけどなんで一番下っぱの私なのか。いや、面倒臭いとか思ってないですよ、はい。
「それについては……、理由は分析が出てから説明するよ」
アルフレッドさんは困ったように笑って言う。
これは、なんか面倒に巻き込まれた予感がするぞ……。
検査室に一人でこもって分析の準備を始める。
前回はノエル君と二人だったから手分けして作業できたけど、今度は一人だ。
しかもビーカーにたっぷりと証拠品があるわけじゃない。試験管に指三本分あるだけ。
(これは慎重にやらないと、分析前に証拠品が尽きるな……)
まずは蓋を取って中身をビーカーに移す。
匂いは……、これはエール……?
そういえば見覚えのある黄金色である。
いいなぁ、ノエル君と飲んでからずっとエール飲んでないなぁ。
(くそー、このまま帰ってお酒のみたいよぉ……)
片っ端から潰していくしかない、か。
今度は何が入っているんだろう?
私は分析の手順書通りに作業を始めた。
まぁ、一日目作業をして、前回の経験から多少は手際が良くなっていると信じたい。で、まず水分でしょ? それから、匂いの通り麦由来のアルコールは分かった。そこから先だな。問題は。
前回もルピナスの特定には五日かかってるんだよ。二人で。
同定しやすい奴だといいんだけどなぁ。
まぁ、そんなに甘くはないかな。
終業時間になったので、検査室を片付けて証拠品をアルフレッドさんに戻し薬剤師室に戻った。
机の上を片付けようと、出しっぱなしになっていた日誌などをまとめて引き出しを開けた時、いつものカサリという音がした。
(え…………?)
足元にはいつもの紙片が落ちていた。
『お前の秘密を知っている』
なんで?
あれ? ここ職場だよね?
しかもこれだけ机が沢山あるのに、なんで私の机にピンポイント?
(私の家だけじゃなくて、職場も知っているってこと?)
え?
でも、ここ部外者入れないよね?
患者さんに説明するのは、隣の患者さん用の待合室だ。
ここは薬も沢山あるし、容量を誤ると健康被害をもたらす品がいっぱいある。
だから、そもそも薬剤師以外は立ち入り禁止だし。
それに昼間は私が分析に出てた間も先輩方がずっとここにいたはずだ。
(誰か、私の知っている人だってこと……?)
私は手の中で紙片を握りつぶした。
分析依頼もそうだけど、私も面倒なことになってきたぞ。
どうしよう?
前回のこともある。
きっと早く誰かに相談した方がいい。
でも、誰に?
(家だけならまだしも、薬剤師室の中でこんな事、誰に相談すべきなの?)
「フィオナさん」
呆然と立ち尽くす私に急に後ろから声がかけられ、飛び上がるかと思った。
入り口には帰り支度をしたアルフレッドさんが立っている。
「良かった、遅いから送っていくって言おうと思ってたんだ」
手の中の紙片を無意識に握りしめた。
「え……えぇ、ありがとうございます。すぐ支度しますので」
慌てて片付け途中だった日誌と丸めた紙片をまとめて引き出しに放り込む。
上着をとって、カバンを取り出した。
「お待たせしました」
暗くなった薬剤師室に最後に灯っていたあかりを消す。
戸締りよし、火もなし、後はここを施錠してもらえば終わりだ。
アルフレッドさんはポケットから鍵束を取り出すと、部屋の鍵を閉めちゃんと閉まったことを確認する。
「分析、時間かかるでしょう。ごめんね、残業させて」
アルフレッドさんは私を出口に促しながら言う。
「いえ、同定に予備知識なしでやるのは先輩方からも教わってますので……」
秋の入り口にさしかかった今時期、夜のこの時間は心地よい冷たい風が通り抜けている。
暖かい夕飯の香りに、酒のつまみを売る屋台の美味しそうな肉の匂いが混じっていた。
あぁ、空腹にこの匂いはキツい。
(飯テロきついわぁ……)
早く帰ってご飯食べたいけど、作るのも面倒なんだよなぁ。
今日体力的にも精神的にも疲れてるし。
「フィオナさん」
アルフレッドさんが立ち止まる。
「良かったらなんだけど、夕食食べて行かない? こういうの本当は良くないのかもしれないけど、遅くなっちゃったし、私もお腹が空いてるから付き合って貰えると嬉しいな」
えー、と。
良くないと言うのは、「職務の延長と捉えて断れないんじゃないか?」って認識で合ってるだろうか。
室長はさんざん勤務時間中にお茶に引っ張り出してたから、勤務時間外な分マシなんじゃないの?
あれ? 私感覚が麻痺しているだけだろうか?
「いえ、私もお腹空いたなって思ってたところなので……」
何もかもこの屋台の焼き鳥の匂いがいけないのよ。
なんであんなに広範囲に美味しそうな匂いをぶちまけてるの。
それが商売? えぇ、そうでしょうよ。
この空腹が極まったこの時間に、焼ける鳥の匂いに勝てる人間がいるとでも思っているの?
いいえ、私は負けるね。負けてもいい。
私は今猛烈に焼き鳥が食べたい。
「じゃぁ、焼き鳥の美味しいお店知ってるから、そこ行こうか。帰りは家までちゃんと送るから」
そんな私と同じ思いだったのか、アルフレッドさんが勧めたのは焼き鳥の店だ。
奇遇ですね。私も焼き鳥の気分だったんです。
むしろこの空気で焼き鳥以外の選択肢があるとは思えない。
顔を輝かせた私にアルフレッドさんが笑う。
そして、爽やかイケメンが全力で笑顔になるとどうなるかというと、さらに爽やか全開のイケメンが出来上がるだけである。顔がいいと特だな、こういう時。
これがねっとりなおじさまが言うと
「セクハラです!」
て訴えられるのに、色々世の中理不尽だよね。
イケメン無罪っていいなぁ。
ま……、まぁ私はノエル君とお付き合いしているのであるから、ここからアルフレッドさんと何某か発展したいとかは思ってないんだけど。
私はお言葉に甘えて、夜の街をアルフレッドさんと繁華街へ歩き出した。
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