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Ep.24 黒騎士と秘密の手紙

 薬の件を追う間、エリーゼ殿下は他の騎士をあててもらった。

 どちらにしろ、あのじゃじゃ馬の相手はもう一人では限界だ。

 室長はもう薬の横流しの大枠を把握しているらしいが。

 私が今からしなければならない事——容疑者に未だ捜査中であることのポーズを見せつつ、室長が行方の分かっていない重要な薬品を確保する時間を稼ぐ事だ。

 それがフィオナさんの安全を確保するためであるなら、どんな手間だって惜しむつもりはない。

 それに、捜査を口実に病院に行く事が出来る。

 そこでフィオナさんの隣で不敵に笑うあの男の真意がなんなのか見極めなくてはならない。


 騎士団の専任捜査員となったグラハムと一緒に薬剤師室を訪れた時、フィオナさんが案内をしてくれた。久しぶりに顔を見て安心したのは勿論なのだが、フィオナさんの顔がやつれて見える。

 いつも薬を作っている時はあんなに元気なのに、何かあったのか?

 心配だが勤務時間中に邪魔をするわけにはいかない。


「失礼します。台帳は……、これですね。ご用意ありがとうございました。

 薬剤師室からの報告書は持参しておりますので不要です。

 後、お茶なども特に必要ありませんので、貴方が出た後はここを出入り禁止にして頂けますか?」


 会えた嬉しさを隠すために、事務的な対応になってしまった。

 フィオナさんの顔が強張る。

 そんな顔をさせたいわけじゃない。本当は仕事中でも会えて嬉しいんだ。

 今すぐ抱きしめて、慰めて甘やかして、

「何も心配することはありませんよ」

 と言葉をかけてあげたいのに……。


 銀杏の匂いが香る会議室で、先に薬の台帳をチェックし室長の調べた情報と先に薬剤師室から出た報告書に間違いがないかを確かめておいた。

 やはり、室長の情報通りの誤差がある。

 元々横流しは小規模で行われていて、最近になって手口が大胆になったという室長の予想通り。

 見逃していたのは単純に告発するのが面倒だっただけじゃないのか? 小金を稼ぐくらいなら別に、とかあの人なら考えそうだ。さっさと締め上げておけばこんな面倒なことにはならなかったものを。

 前回が王太子殿下のせいだと言うなら、今回は不正を怠慢で見逃してきた室長のせいだろう。




 終業時間で人のいなくなるタイミングを見計らって調剤室に行くと、フィオナさんが帰り支度をしているところだった。


「フィオナさん、こないだはすみませんでした。自分の気持ちを押し付けるみたいなことをして、フィオナさんを怖がらせて……」

 

 真っ先に言わなければならなかったことを言う。

 そして、聞かなければならないことを……


「あの……、ロシュフォール室長代理とは……その……」


 本心を聞きたい。

 だが、自分の望む答え以外は聞きたくない。

 お願いだ、フィオナさん……


「ロシュフォール室長代理は上司だよ。とても親切で、優しくしてくれる。わけわかんない手紙が来た時も、私が孤立しそうになった時も庇ってくれたし、頼りになる人、かな?」


 脳が停止した。

 手紙って何だ?

 孤立? 薬剤師室で?


「手紙……わけわかんない手紙って何のことです? 僕、一度もそんなこと聞いてませんよ……、それに、職場で孤立していたってどういうことですか? この薬剤師室で? フィオナさんが?」


 だめだ。ドス黒い感情に支配されていく。

 私のいない間に、フィオナさんの心があの男に侵食されている。


「待ってください。フィオナさん、私には何もなくて、ロシュフォールには相談したんですか……?」


 顔からどんどんと表情が抜け落ちていくのが分かる。


(綺麗な蝶はちゃんと捕まえておかないと)


「だ……だから! アルフレッドさんは職場の上司で!」


 だから、何だって言うんです?


(こうやってすり抜けて逃げてしまうんだ)


「ごめん、ちゃんと相談したいとは思ってた。それだけは信じて」


 私だって貴方を信じたい。

 こうして貴方の心が私から離れていくのを黙って見ているしかできないんですか?


「アルフレッドさんと食事に行ったのは、遅くなったから食べて帰ろうかってなっただけだよ! そんな邪な感じじゃないし! アルフレッドさんに失礼だよ!」


 なんでそんなにあの男を庇うんです?

 私を差し置いて、他の男を信頼しているって言われた私の気持ちは?


(標本のように、針で繋ぎ止めていないから!)


「二人きりで行く必要がありますか? 上司が未婚の女性を二人きりでお酒のある席に誘うなんて十分セクハラ案件ですよ。それに、彼は貴方に好意を持っていることを既に伝えていますよね。貴方の方にも気があると考えていいんですか?」


「酷い! 酷いよ! ノエル君、私そんな事これっぽっちも考えてない!」


 どす黒い感情のまま言葉の刃で傷つけてしまう。

 フィオナさんの目から大粒の涙が溢れている。

 どうしてこうなってしまうんだ。

 時間を見つけて、貴方に謝って仲直りをしたかっただけなのに。


 それに……貴方は私を裏切った……


「じゃぁ、私がいる時以外はお酒は飲まないで欲しいって約束は?」


 ねぇ、フィオナさん……

 何で……


(僕を捨てないで……)


 ロシュフォールが現れて、フィオナさんを私が連れ帰ろうとしても彼女は立ち止まったままだ。

 泣いているフィオナさんをこの男に見せたくないのに……。

 

「それから、グレンジャーさん、副院長がお戻りです。事情聴取をするのであれば、今行かれた方がいいでしょう。彼女は私が送って行きます」


(くそっ———————-!)


 フィオナさんの手がすり抜けていく。

 捕まえようとした手が空を切る。


(行かないで……!)

 

「ごめんね、ノエル君。仕事あるなら仕事頑張って……」


 去っていく彼女の後ろ姿に飛び去る蝶を見た気がした。




 仕事は確かに忙しい。

 だが、それを理由にここでフィオナさんの手を離してしまっては一生後悔する。

 彼女が去って、副院長を聴取といって呼び出した後、グラハムに副院長の部屋を捜索させる。

 怪しい薬瓶を見つけたら、室長から提供されたものとすり替えるように言われた。

 上手く見つかるといいが。

 私が副院長を引き留めている間、グラハムが無事薬をすり替えた。副院長の部屋にあった薬は室長の分析の結果、無くなった劇薬のうちの一つ。何にすり替えたのかは聞いていないがまぁ無害な物なんだろう。

 残りは恐らく薬学研究所の方だから、そっちは室長でなんとかしろ。


 次の日、なんとかフィオナさんを見つけて話をする。

 落ち着いてちゃんと話をしたいんだ。

 だが、彼女の話を聞いてストンと落ちた。

 

「フィオナさん、貴方は人がいい。

 貴方の長所でもあり、短所でもある」


 私は確信した。

 これは私とフィオナさんの間に穿たれた楔だ。

 ロシュフォールと多分その後ろにいる室長によって。

 室長はこの件を使って私とフィオナさんの間にヒビを入れる気だ。

 これは横流し事件だけではない。

 フィオナさんから目を離したら。

 きっと彼女は蜘蛛の巣にかかってしまうだろう。




 調剤室を覗いた時、彼女の姿がないことに気付く。

 どうしようもなく嫌な予感がした。

 急いでおそらくフィオナさんがいるだろう検査室に行く。

 使用中の札がかかっていたが、迷いなくドアを開けた時、その光景は飛び込んできた。

 

「こないだの返事、聞いてないな……」


 ロシュフォールが目を伏せ、フィオナさんの顔に近づく。


(させるか!)


 どんな訓練より最速の速度が出た自信がある。

 甘い香りのする彼女を引き寄せ抱きしめた。

 貴方がどこに飛び立っても、私は諦めたりしない!


「何をしているんです!」

 

「の……ノエル君?」


 呆然としてますけど、貴方も悪いんですよ!

 隙だらけだから!

 フィオナさんを間にロシュフォールと睨み合う。

 簡単に出し抜けると思うなよ。


「ねぇ、フィオナさん。

 そんな溺愛執着系の粘着質なお子様、嫌なら嫌って言ってやっていいんだよ?」

 

「フィオナさん、貴方を世界一愛してるのは私だけです。

 誰にも渡す気なんかありませんよ。

 仕事が忙しくて寂しい思いをさせたかもしれませんが、ちゃんとこれから挽回します。

 死ぬまで、いや死んでからも、貴方を離したりしません」


 貴方を一生離したりしません。

 だから……

 僕を選んで……



「「フィオナさん!」」

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