Ep.19 狂想曲
女の子が連れて行かれて、牢屋にはまた静寂が訪れる。
尋問に来たのがノエル君かグラハムさんだといいなぁ。ノエル君だと間違いなく助けてくれるだろうし、グラハムさんも実直そうな人に見えたしな。
あ、私ベケットさんも真面目そうな人だと思ってたんじゃなかったっけ?
いや、あの人は脅迫されて追い込まれていただけで、悪い人ではなかったんだよ。多分。
それに、人違いがバレて問題になったらすぐに騎士が降りてくるだろうけど、それもまだ来ないからどうなんだろう? 上手くいったのかな?
(……?)
立哨の騎士が慌てて上に呼ばれて行ったんだけど、どうした?
さすがにもうバレたか。
ちゃんとお家に帰してって言えたかな?
うぅぅ〜、そわそわする。
すると、さっきの立哨の騎士とは違う騎士が降りてきた。
私の入っている牢屋の前に立つと鍵を開ける。
「お前がフィオナ・ベルウッドだろう、出ろ」
ん〜、これは話が通ったのか、バレてダメだったのか判断がつきづらいな。
まぁ、出ろと言われたからには出るんだけどさ。
いつものように手錠をかけられて階段を上がったのはいいんだけど、騎士さんは取調室とは反対方向へ歩いていく。
(あれ……? 取り調べすんじゃないの?)
なんだか騎士団全体が前にいた時よりざわざわとしている?
何かあったのだろうか?
騎士さんが立ち止まったので、私も立ち止まる。
あれ? ここ、裏口なのでは……?
この騎士さん、本当に付いてきて良かったの?
ここには騎士さんと私の二人だけだ。
しかも手錠されていて、裏に続く廊下は窓もないので薄暗い。
騎士さんが裏口のドアを開けると、そこには粗末な、もっと言うとオンボロの馬車がいた。
朝の新鮮でひんやりした空気が廊下に流れ込む。
騎士さんは先に外に出た。
「ご指示通りベルウッドを連れてきました。ドレイク室長はどちらに?」
騎士さんが、馬車の隣で所在無げに立っている男に声をかける。
(室長……? ドレイク室長のこと?)
男は振り向きざまに、騎士さんに掴みかかると手に持っていた布を押し当てた。
知らない男だ。室長じゃない!
「んぅ!」
騎士さんが慌てて体をよじるが、すぐに力が抜けたように手がだらんと垂れる。
ツンとした刺激臭!
(これ! 麻酔薬!)
私も口を押さえて吸い込まないようにしたいが、風向きはこっちだ。
ダメだ。まともに気体を吸った。
しかもこっちは二日酔い、食事も断ったから十分な水分も睡眠も足りてない。
意識がくらりと揺れる。
目の前で騎士さんが頽れていく。
意識障害を起こすことだってある薬なのに、なんて事をするんだ!
手を強く握りしめて爪を食い込ませる。
痛みで意識を保つしかない。
揺れる体を気合いで立たせる。
と、男が私の腕を掴んで引きずるように馬車に放り込んだ。
頭を振って、集中する。
馬車は私を乗せると、勢いをつけて走り出した。
がたがたとした振動がダイレクトに伝わってくる。
見た目どおりのボロ馬車だな。ちくしょう。
田舎の街馬車でももっといいのを使ってるぞ。
なんとか手錠をされたままの両手をついて起き上がると、目の前には目の血走った副院長とさっきの男がいた。
「くそ! 小娘の分際で!」
ようやく起き上がった私に副院長の蹴りが入る。
脇腹をしたたかに蹴られたのと、振動で座席に突っ伏してしまう。
「ぅぐ!」
いったぁ! 女性相手に蹴りとか!
(何してくれてんじゃ! このチビハゲデブ!)
痛みを堪えながら頭を罵倒が駆け抜けた。
おかげで麻酔薬の朦朧からは回復できたけど、馬車の揺れで吐きそう。
こいつらに吐いてやればいいのかな。
「しかし、良いのか? 殿下の名前を騙った上に、こんな誘拐などして」
言った男は不安そうだ。神経質そうな見た目で年齢は50代だろうか?
服だけは高そうだ。
「今更何を言う!
もう我々には後がないのだぞ!
その前にこの小娘だけでもギタギタにしてやらねば死ぬに死ねん!
全てが上手く行っていたと思っていたのに!」
対する副院長の方はと言えば、これまたこないだの罵倒してくれた日よりテンション高めで目はギラギラとしているし、今にもつかみ掛かってきそうな気配をしている。
まぁ、先に蹴られたんだけど。
「えーっと、誘拐、なんですか?」
とりあえず聞いてみる。
騎士さん昏倒させてたしな。
合法なわけではなさそう。
人間極限状態になると逆に冷静になるものだ。
私はこれ以上副院長を刺激しないようにしたいのだが……
「お前のせいで計画が全部台無しだ! 王弟殿下を穏便に更迭して、一緒にお前を道連れにするだけだったのに。なんでお前じゃなく、いきなり私の家も職場も押さえられて家宅捜索なんだ!」
ほほう。副院長は既に事件で疑われていて、捜査の手も入っている、と。
で、こちらの男性はどちら様なんでしょうか?
視線を横に向けて男性を見るが、自己紹介を丁寧にしてくれる気はないらしい。
ぶつぶつと独り言を呟きながら爪を噛んでいる。
「あぁ、今までの実績が……役職が……」
「こっちはベルウッドを証拠も上げて告発してるんだぞ! 薬学研究所の方で情報が漏れたんじゃないのか?!」
「ううぅうちは関係ない! 研究所の情報管理は徹底させた!」
なるほど、薬学研究所の。役職ということは偉い人か。
これは総合すると、この人たちが横流し犯だという認識でいいのかな?
「じゃぁ、お二人で薬の横流しを?」
「売ったのは導入剤とアジルスだけだ。混ぜると面白いことになったからな。お前に罪をなすりつけるのにも丁度いいだろう。」
揺れる馬車の中で副院長がふんぞりかえる。
混ぜると面白いこと、というのは例の薬を打ち消し合う効果のことを言っているのか。
もう一度、隣の研究所のお偉いさんを見た。
この人も頭髪に翳りが見えるな。言わないけど。
爪無くならないんだろうか。爪を噛みながらぶつぶつと一人の世界に入っている。
「薬学研究所の……この方もグルということですね?
要約すると、薬の管理責任を問うて室長を更迭し、私を横流し犯として突き出すおつもりだったと」
なるほど、納得が行った。
アジルスの原液が使われたなら研究所だとは思っていたが、共犯者がいたのなら頷ける。
いや、これでストンと納得できたんだけど、これってどうすりゃいいの?
目の前には血走った目の副院長。
一人自分の世界でぶつぶつ言ってる役職付きの研究所の人。
二日酔いと馬車の揺れで吐きそうな私。
犯人二人と哀れな生贄……。
しかも、こんだけ追い詰められた犯人と一緒に馬車に乗ってるってダメなんじゃ?
「あのー、私この後どうなるんでしょう?」
副院長の顔に狂気が走る。
「どうするもなにも、ここにはいい薬があるじゃないか。
少量で息の根を止める薬がな。
お前はどちらにしろここで死ぬんだ。
良かったな。大好きな薬で死ぬのを喜べ」
副院長の手の中には白い粉末の入った小瓶がある。
目が完全に常規を逸しているし、これはあかんやつや。
『少量で死に至る劇薬も含まれています。それが悪用されたらと思うと……』
アルフレッドさんの言葉が蘇る。
そういえば、紛失した薬には劇薬もあるって……。
けたたましく走る馬車の中で、副院長と睨み合う。
あの薬が本当に劇薬なのだとしたら、多分少しでも口に入ったら致死量だ。
あれ……? 私ここで死んじゃうの?




