Ep.17 急転直下
「ここです! 横流し犯はここにおります!」
副院長のダミ声がしたかと思うと検査室の扉が開き、後ろから横流しの捜査をしていたグラハムと複数の騎士がなだれ込む。
「こいつですよ! フィオナ・ベルウッドが薬の横流し犯です!
証拠はここに! こいつの机にあった薬のリストです!」
フィオナさんは意識がないままだ。
反論も出来るわけがない。
フィオナさんを抱える手に力が入る。
くそ、なんてタイミングが悪い。狙ったのか?
しかも、薬のリストって何なんだ?
「その証拠だとかいうリスト、見せて頂けませんか?」
ロシュフォールが落ち着いた声音で言いながら、フィオナさんを庇うように立つ。
副院長は確か、フィオナさんを個人的に攻撃していたと聞いた。
公衆の面前で罵倒してこき下ろしたと。
その後慰めたのが目の前の男だったことも思い出して、余計に腹が立つ。
「このリストは証拠品だ! お前に渡してどうする?
損壊されては敵わん。
お前はベルウッドに加担しかねんだろう!」
手に持ったリストとやらをグラハムに手渡している。
絶対に捏造品だ。断言出来る。
もしくは本物で、「フィオナさんの机から」の部分が虚偽だろう。
副院長の手から離れてしまえば後から見ることは可能だろうが……。
この場で真偽を断定することが出来ないのがもどかしい。
副院長がリストを持って調剤室に行って、今さも発見しましたと吹聴すればそれがまかり通ってしまうからだ。
「見てのとおり、ベルウッドは今意識がありません。
反論も出来ない彼女を拘束するというのですか?」
例え本人が反論出来たとしても、この状況では不利だ。
フィオナさん自身で「そんなリストは知らない」と言ったところで、こんな状況を作り上げられてはどうしようもなかっただろう。
それもこれも、長時間拘束して調剤室を離れさせたこいつのせいだ。
フィオナさんが調剤室にいさえすれば隙はなかっただろうに。
「反論も何も、動かぬ証拠がある!
こいつが犯人だ!」
フィオナさんが犯人なわけはない。
被害者の聞き取りだって彼女がやったんだ。
報告書を説明する時、平静を装っていたけれど手が震えていたのを覚えている。
あんな理不尽な暴力を助長するような薬の使い方を、彼女が許すわけがない。
「副院長、そのリストが彼女の机にあったという証拠はあるんですか?
彼女は横流しをするような人間ではありません」
私の怒りを孕んだ視線に気付いたのだろう、副院長が後退りする。
だが、ふと思い出したようにがなった。
「グレンジャー、確か貴様、ベルウッドと親密だったのではなかったか?
そんな奴の言うことなど参考にならんわ!
私がベルウッドの机から見つけた、それ以外に何か必要か!」
勝ち誇ったように副院長は言い放った。
確かに、私はフィオナさんとの交際を隠したことはない。
むしろ余計な虫がつかないように声高に吹聴して回りたいくらいだ。
「貴方が調剤室に来たことは、私が着任以来一度もないはずです。
それなのに、彼女の机を今日に限って探ったと?
彼女の不在を狙って?」
ロシュフォールが畳み掛けるが、副院長は聞く耳を持つ気はないらしい。
くそ! 何度も言うが、調剤室から長時間離れさせ、あまつさえ、彼女にいかがわしいことをしようとしていたお前のせいだぞ! ロシュフォール!
私の仕事が立て込んだ隙をついて、フィオナさんの寂しさに付け込んで!
『考えさせて下さい』なんて彼女が本心から言うわけがない!
「何をしている? 早く捕縛しないか!」
フィオナさんをしっかりと抱き抱えて蹲る私と、庇うように立つロシュフォール。
どうすればいいのかと顔を見合わせる濃紺の騎士服を纏った騎士と、いきり立つ副院長。
睨み合い、一瞬の沈黙が落ちる。
それを破ったのは、捜査を担当するグラハムだ。
「ロシュフォールさん、告発があった以上私どもも尋問をせざるを得ません。
副院長から頂いたリストもこちらで精査します。
彼女の身柄は丁重に扱いますので、ご協力頂けませんか?」
「この告発には疑義があります。
一方的な尋問にはしないとお約束頂かない限り、彼女を渡すことは出来かねます」
グラハムは副院長から受け取ったリストを折りたたんで胸ポケットにしまうと頷いた。
「それは勿論です。
薬の横流しについてはグレンジャーさんの方でも捜査されていたはずです。
そちらも合わせて情報の擦り合わせをさせて頂きたい」
この場は一旦引くしかないのか。
どちらにしろ本人の意識がないし、反証出来るだけの材料もない。
ここで騎士と争っても押し問答だ。
ロシュフォールと視線を交わす。
(こっちの情報もあるにはあるが、ここで開示するのはまだ早い……)
何より、全てを囲い込んで仕留めるにはまだ足りていない。
濃紺の騎士がフィオナさんを受け取ろうとするのを手で制する。
「いい。私が運ぶ」
「何をしておる! 捕縛だろう!」
副院長がグラハムに詰め寄っているが知らん。
彼女を他の男なんかに触れさせるものか。
「副院長、ベルウッドさんはまだ貴方の告発による参考人であって容疑者ではありません。
彼女が横流し犯かどうかは、これから捜査をして、それからの話です」
「なんだと! 証拠なら今出したろう! それで十分だ!
大体、その女は王弟殿下を体でたらしこんで王太子殿下にも取り入った売女だぞ!
どうせ借金を返済するのにやったに違いない!
こいつの金回りが良くなったと、周りも言っていた!」
グラハムが毅然と副院長を押し留めた。
「副院長、それは誹謗中傷と不敬罪にあたります。
これ以上おっしゃるなら、貴方も捕縛しますがよろしいですか?」
グラハムの「不敬罪」の言葉にようやく思い当たったのか、副院長の顔が青ざめた。
フィオナさんを抱えて検査室を出る。
一瞬振り返ると、ロシュフォールが私の顔を見て頷いた。
(あちらもようやく動き出してくれるということか……)
大事なフィオナさんに火の粉が飛んでからとは遅すぎるのだが……。
オリヴァー殿下は一体何を手をこまねいているのか。
薬剤師室の管理者で、当事者であるはずのオリヴァー殿下。
ずっとこの件を調べているはずなのに、未だに音沙汰無しとは……。
『うちのフィオナさんにベタベタと!』
フィオナさんの腰を抱き抱えて詰られたことを思い出す。
私にそう言い放つくらいなら、しっかり火の粉は払って欲しいものだ。
だが、以前と同じく騎士団に囚われていれば、今回ばかりは囮ではないフィオナさんの身の安全は保証される。
横流し事件の幕引きにフィオナさんを使おうとしたのだろうが、こんな薬に一生懸命な人を薬で陥れようとするなんて。
(必ず後悔させてやる、必ず、だ……)
騎士の先導でフィオナさんを馬車へと運ぶ。
騎士団へ向かう馬車で、私はこの後必要な手立てを高速で頭の中で組み立てた。




