Ep.16 国家薬師は色っぽい?
私がローブを脱ぎ捨ててブラウスのボタンに手をかけた時、ノエル君の焦った声が検査室に響き渡った。
「うぁああ! フィオナさん! ダメです!」
何で?
だって、今日凄く暑いよね?
服が邪魔でしかたがない。
「ロシュフォール! 貴方、一体何飲ませたんですか!」
ノエル君、一体何って。
ただの王家の秘蔵品の高級ブランデーだよ。
めちゃめちゃ美味しいよ、これ。
そりゃパクって引き出しに隠しておきたくなるわ。
あと、そんな騒がなくても聞こえてるよ。
うるさいなぁ。
「そっちは薬入りのブランデーだ! グレンジャー! すぐに水を!」
アルフレッドさんも何焦ってるんだろう?
水? チェイサー?
さっきは飲んでみる? とか聞いてきた癖に。
いざ飲んだら、やっぱり秘蔵品だからダメだったってこと?
(暑い……)
ブラウスに手をかけてぷちぷちとボタンを外していく。
「フィオナさん! 待って!」
脱ぎ捨てたはずのローブを手にノエル君が上から着せかけようとする。
いや、だから暑いんだってば。
なんで邪魔するのよ。
それにしても、珍しいなぁ。
黒騎士ノエル君はいつも冷静なのに、今は半泣きになっている。
ごめんなさいって謝りに来た時みたい。
こんなに男の人が可愛く思えることがあるなんてーって思ってたけど。
「のえるくん、かーわいー」
うふふ。
なんかおかしくなってきた。
前は娼館のベッドの上でさんざん人のこと泣かせた癖に。
焦って私の服を抑えるノエル君の顔が少し赤くなっている。
「のえるくん……、このまま……」
唇をゆっくりと舐める。
口端に残ったブランデーが、また私の喉を焼く。
涙目の年下男子が、こんなに恥ずかしがっているのって貴重よね。
しかもノエル君、超美男子だし。
指先でそっと、ノエル君の唇をキスするようになぞった。
ノエル君の喉仏がゆっくりと上下する。
ごくりと生唾を飲み込んで、何を想像してるのかな?
「ねぇ……、ほんとうは……」
ノエル君の首に手を回す。
後ろにずり下がったノエル君の手が空になったビーカーをかたりと倒す音がした。
そのまましなだれかかって体重をかける。
きっと、途中まで外したブラウスで、ノエル君の視点からは胸の谷間がくっきりと見えているだろう。
娼館の女将さんに下着の正しい付け方を教わったおかげで、私の胸は前よりワンサイズ上がって見えている。寄せて上げてるだけだけど。
どう?
「わたしと、こういうこと……したい……?」
ノエル君の力が抜けて床にへたりこんだ。
しなだれかかっている私も一緒になって崩れ落ちた。
私が上からノエル君を支配している。
ふふふ。
真っ赤になっちゃって。
そんなにお姉さんの谷間、好き?
もそもそと体重を移動して、ノエル君の腰の上に跨る。
ノエル君が着せかけようとしたローブは丸めて放り投げた。
「ま……待ってください! フィオナさん!
そういうこと……したいですけど!
今はダメです!」
「えぇぇ? なんでダメなのぉ?」
「と……とにかく! 一旦離れてください!
この体勢は、いろいろと。その……、まずいんです!」
「のえるくんだって、わたしにいっぱいしたよぉ?
あの時の仕返し、したいなぁ」
一生懸命はだけた肌を見ないように両手でガードしている。
顔も背けてはいるけど、目線はこっちなのわかってるんだよ。
「こここ……こういう事は! 二人きりの時にしてください!」
「のえるくんに、おしおき、したいなぁー」
ノエル君の両手にそれぞれ私の指を絡めて、床に押し付けた。
あはは。
ノエル君真っ赤だよぉ。
またノエル君が生唾を飲む音が響く。
ゴクリって。
ちゃんとドキドキしてくれてるんだねぇ。
私が怖がりだからゆっくりお付き合いしてくれているけど、ノエル君もちゃんとそういう欲求あるんだなぁ。
ゆっくりと覆い被さって、それから、口の端を掠めて。
しゃぼんの香りのする首筋に思いっきり歯を立てた。
「ふぃ……フィオナさん!」
へへ。噛み跡つけてやった。
こないだのキスマークだってしばらく消えなかったんだから、いい気味だ。
同僚にからかわれてしまえ。
満足して跡をぺろりと舐めてあげた。
あぁ、所有の跡つけるってこんな気持ちなんだ。
ノエル君はもう私のものだよ。
ふふふ……
途端、また視界がぐるんと回る。
あ、と思った瞬間に私の意識は落ちた。
ーー
フィオナさんを力づくで押し留めようとした時、ぽすりと私の胸に落ちてきた。
反応を見るが、すぅすぅという寝息が聞こえている。
(寝た……? いきなり……?)
ぽんぽんと背中を叩いてみるが、フィオナさんの反応はない。
「で、いつまで抱き合ってるつもりですか?」
ロシュフォールの冷たい声と視線が突き刺さる。
私はさんざん暴れて目を回したフィオナさんを抱き起こして床に蹲った。
フィオナさんが放り投げたローブを上から羽織らせて、目の毒なブラウスのボタンを直していく。
まったく、薬で意識朦朧としたとは言え、この人の破壊力は相変わらずだな。
(やばかった……色んな意味で……)
この人は私を社会的に殺す気なのか。
大事な事だから二回以上言いたいが、ここは職場で、目の前にフィオナさんの上司がいるんだぞ。
もう一回言うが、ここは職場で、目の前にフィオナさんの上司がいて二人きりじゃない!
こんなラッキーイベント、なんで二人きりの時じゃないんだ!
お酒が入って上気した頬と、潤んだ瞳に濡れた唇……。
それに可愛い噛み跡まで……。
首筋に手をやると、フィオナさんの唾液で濡れていた。
腰にぞくりとした衝動が再びせりあがりそうになって、さっきまで頭の中で唱えていた素数を繰り返すしかない。
頭の中のスイッチを強制的に切り替えるイメージをする。
平常心……。
(思い出すな……記憶から抹消だ……)
よし。
きっとフィオナさんも忘れていた方がいいだろう。
思い出そうもんなら、彼女のメンタルは地面の中までめり込んでいくに違いない。
「本当は水を飲ませた方がいいんだが……」
ロシュフォールが持ってきた水をフィオナさんの口に押し当てるが、口に少し入った水は端からこぼれていく。
(こいつさえいなければ口移しで飲ませるのに……)
同じタイミングで目が合った。
きっと同じことを考えているのだろう。
腹立たしい。
「ロシュフォールさん、お聞きしたいのですが」
「なんでしょう? グレンジャー君」
「今のとさっきのって、どういう意味ですか?
他にもセクハラを?」
「合意があれば、セクハラではないでしょう」
しれっと言うところが腹立たしい。
「あくまで合意があったと言いたいんですか?」
「えぇ、だって貴方が割り込まなかったら彼女よけなかったでしょう?」
「……いえ、危機感はあって反応が遅いだけだと言ってましたよね。
避ける気持ちはあったんじゃないですか」
「それは貴方の想像ですよね」
二人でフィオナさんを見る。
昏倒している? いや、眠っている彼女はすやすやと寝息を立てている。
確認しようにも本人はしばらく意識を取り戻すことはないだろう。
とにかく、彼女をなんとかしなければ。
「薬とアルコールの作用だと思いますが、中毒症状とまではいかないと思います。
彼女、結構お酒強いですよね?」
ロシュフォールの言葉にまたカチンとくる。
なんでお前がそんなことまで知ってるんだ。
「えぇ、ですがこの様子ではしばらく意識は戻らないのでは?」
「導入剤の効果時間は30分です。
アルコールが加味されているとしても1時間くらいすれば抜けるとは思いますよ。
ただ、彼女最近精神的に消耗していたみたいですから、すぐに起きるとは限りませんね」
『精神的に消耗』の部分に棘があるのは気のせいではないだろう。
ここ最近、フィオナさんとは口論になることが多かった。
それもこれもお前のせいだと声を大にして言いたい。
「医師用の仮眠室がありますから、そこを借りましょう
そこなら看護師も近くにいますから、一人になることはありません」
本当は家まで送り届けて意識が戻るまで見守りたいが、自分も仕事中だ。
提案に乗る以外選択肢がないか、と眠るフィオナさんを抱き抱えた時、
「ここです! 横流し犯はここにおります!」
副院長のダミ声がしたかと思うと検査室の扉が開いた。
後ろから横流しの捜査をしていたグラハムと騎士がなだれ込む。
「こいつですよ! フィオナ・ベルウッドが薬の横流し犯です!」
意識のないフィオナさんを抱えて、ロシュフォールと私は息を呑んだ。




