Ep.15 こんな修羅場は嫌だ!
私は調剤室から処方薬として置いてあった『妖精の小瓶』と睡眠導入剤を取り出して、アルフレッドさんと検査室に移動した。
こないだと同じ実験をアルフレッドさんの目の前で再現する。
(まずは、睡眠導入剤を水に溶かした溶液を作る)
混合溶液は薬の中の着色料が水に反応して緑色に染まった。
今度は室長秘蔵だろう高級ブランデーをビーカーに取る。
ブランデー独特のシェリー樽によって熟成された香りが検査室に広がった。
これよく知らんけどまじで高っかい奴じゃないの?
いいの? こんな実験に使って。
そして、睡眠導入剤の溶液を入れて混ぜ合わせた。
前の実験ではアルコール製剤の青色と緑の着色剤が混ざって濃い青緑色になったが、今度は琥珀色に緑色が混ざった何とも言えない色になる。
ここまでは悪用を防ぐための想定通り、こんな色の液体を口につけようとする奴を見てみたい。
(今度は睡眠導入剤の溶液を新しいビーカーに取り分けて、『妖精の小瓶』を混ぜる)
シロップの甘い香りが漂う。
『妖精の小瓶』はシロップの色で黄金色をしているが、混合した溶液は睡眠導入剤の着色料が勝って緑色のままだ。
最後に『妖精の小瓶』、睡眠導入剤の緑色をした混合溶液を、新しく取り分けたブランデーのビーカーに混ぜる。
(———————————!)
溶液は一瞬えげつない色になったと思うと、混ぜていくうちに琥珀色に戻った。
一瞬の変色。
変わらないブランデーの色。
睡眠導入剤の成分だけ残る。
ただし、今回混ぜた睡眠導入剤は患者さんが一回に飲む用の規定分量で、アルコールと混ぜたとしても人によっては酔いが早いなと感じる程度で意識混濁する程ではない。
まぁ、薬の効きがいい人とか元々アルコールに弱い人ならダメなんだろうけれども。
「……なるほどね。被害者の証言とも一致するわけだ」
「そうなんです。それよりも、このブランデー、実験に使って良かったんですか?
凄く高そうなんですけど……」
アルフレッドさんは「ん?」と首を傾げたが、さらりと答えた。
「あぁ、それ。室長のお父さんの秘蔵品だね。値段つかないと思うよ?」
「な———————!」
顎が落ちた。
いや、なんてものを室長は職場に持ち込んでるんだ!
室長のお父さんって前の王様じゃん!
しかも、王様の秘蔵品ってくすねて職場に持ち込んでいいの!
ていうか、アルフレッドさんもそんなもの実験に持ってこないで!
「美味しいよ? 飲んでみる?」
言いながらアルフレッドさんは新しいビーカーにブランデーを取り分けると口をつけた。
待って!
今、就業時間中!
違う!
それ室長の私物!
しかも前の王様の秘蔵品!
美味しいだろうは匂いで分かるけれどもよ!
アルフレッドさんは口についたブランデーを舐めとった。
くそ! イケメンがやると無茶苦茶色っぽいな!
美味しいとか呟いてるけど、そうじゃなくて!
「そういえば……、フィオナさん」
ブランデーの入ったビーカーをことりと置いて、実験をしていた私をアルフレッドさんが横から覗き込んだ。アルフレッドさんの吐息からブランデーのシェリー樽の香りがする。
「こないだの返事、聞いてないな……」
アルフレッドさんの目が伏せられる。
顔がすっと近づく。
机に手をついて横から覗き込んで、そのままキスされそうな距離感……
(あれ? キス……されちゃう……?)
あまりの状況に思考停止して固まったその時、パタンという扉が閉まる音がしたかと思うと、後ろに手を引かれしゃぼんの香りに包まれた。
いつも困った時に駆けつけてくれる安心する香り。
「何をしているんです!」
「の……ノエル君?」
え? 今、何が起こったの?
扉が閉まる音と引っ張られたのほぼ同時だけど、ドアからここまで結構距離あるよね?
「貴方もです! フィオナさん!
何ぼーっとしてるんですか! 危機感無いんですか!」
抱き止められてはいるけど、結構な言われようだな。
反論する余地は全くと言っていい程ないけどさ。
「ロシュフォール室長代理、今のはセクシャルハラスメントです。
報告させて頂きますよ。」
ノエル君の声は怒りを孕んで張り詰めている。
私がノエル君に抱き止められているのを見ても、アルフレッドさんは余裕の表情で笑って眺めているだけだ。
「そうかな? 彼女、迷っているように見えたけど。
私が付き合って欲しいって言っても、考えさせてって言ったよ?
考えるだけの余地があるってことだろう?」
あ、今それ言っちゃうんですか。
酷くないですか。
これって修羅場ですよね?
どうかしなくても、一人の女を取り合ってバチバチ系の。
恋愛小説で読むならもっとやれって思ってましたけど、これ当事者辛いな!
どうしたらいいの?
「フィオナさん、今の本当ですか?
私とは別れて、そいつと付き合う?
そんなに簡単に私と別れられると、本当に思ってるんですか?」
待って、話し合いで解決できないの?
簡単に別れられないって何?
何されんの私?
黒ノエル君めっちゃ怖いんですけど!
私相手に冷たいオーラ出てるよぉぉお!
「ねぇ、フィオナさん。
そんな溺愛執着系の粘着質なお子様、嫌なら嫌って言ってやっていいんだよ?」
そのものズバリですね!
キレッキレですよ! アルフレッドさん!
しかも、本人目の前にしてそれ言う?
言っちゃうの!
「フィオナさん、貴方を世界一愛してるのは私だけです。
誰にも渡す気なんかありませんよ。
仕事が忙しくて寂しい思いをさせたかもしれませんが、ちゃんとこれから挽回します。
死ぬまで、いや死んでからも、貴方を離したりしません」
重! 激重だよノエル君!
死んでからってどうやって分かるの?
もう、わけがわからないよ!
「フィオナさん」
「フィオナさん!」
あああぁぁぁぁ! もう----------------------!
私はノエル君の手を振り払うと、目の前のブランデーの入ったビーカーを飲み干した!
「あ”………………」
喉が一気に焼けた。
鼻からシェリー樽で熟成された華やかな香りが突き抜ける。
(くぅぅぅ! おいっしい-------------! )
そこらのブランデーじゃ味わえない、芳醇な香り!
さすが王家の秘蔵品!
胃に熱いものが滑り落ちる。
カーっとした強いアルコール独特の熱さが内臓を焼く。
飲み干して空になったビーカーを、ことりと机に置いた。
「アルフレッド・ロシュフォールさん」
アルフレッドさんは唖然とした顔で私を見ていた。
正面になるように向き直る。
「な……何かな?」
ちょっと焦ったような声音は珍しい。
いつも大人の余裕で私たちを翻弄しているのに。
「正面切って誹謗中傷は人として良くありません。
あと、今のもですけど、さっきのもセクハラです。
職場の女性には適正な距離を保って頂きたいです」
「う……うん、気をつけるよ」
アルフレッドさんの返答に頷くと、今度は後ろを振り返る。
「ノエル・グレンジャー君」
ノエル君も唖然とした顔をしている。
何、今その顔、流行ってんの?
「危機感はちゃんとあります。
反応速度が人よりちょっとだけ遅いだけです。
愛が重いのはいいですけど、一歩通行だと意味ないです」
「は……はい、気をつけます」
ノエル君の返答に頷く。
あ、頭がぐわんってした。
何これ。
目の前がぐるぐるしてるかも。
え? ブランデーってこんなにきつかったっけ?
ふらりとして、机に手をついた。
「「フィオナさん!」」
あれ? ブランデーの入ったビーカーがもう一つある。
私、どっち飲んだ?
あれ?
アルフレッドさんの手元にブランデーの入ったビーカー……
私が飲み干した空のビーカー……
あれ?
なんか考えがまとまらないな……
体が熱い……
目の前にノエル君の狼狽した顔が見える。
ノエル君、ごめんね。
喧嘩したいわけじゃなかったんだ。
だから……
体が熱い……
こんなものを着ているからいけないんだ……
私は薬剤師のローブを乱暴に脱ぎ捨てた。




