Ep.13 冷えたパンケーキ
「はぁぁぁぁぁ…………」
アルフレッドさんに送ってもらって、自宅に帰ると着替えもせずに座り込む。
もう一日で色々ありすぎじゃないのよ。
ノエル君との緊張状態は続いているし、副院長には超絶パワハラされるし、アルフレッドさんはなんだか仄めかしじゃなくて口説かれてるし。
厄日か?
前世の業か何かなの?
粘菌ぶち殺す以外に何かやらかした? 私。
モテ期はモテ期でもこんな修羅場満載なモテ期イヤ過ぎだろ、正直。
モテモテな女子ってこういう時どうしてるわけ?
横流しの件だってまだ中途半端なのに、今度は自分もいっぱいいっぱいなんですけど。
業が深すぎて自分で自分が怖いわ。
「はぁぁぁあぁ…………」
明日からどうしたら良いんだろう。
ノエル君もアルフレッドさんもいて、どっちつかずの私もいて。
あー、パワハラの副院長からは逃げないとな。
周り気をつけながら院内も歩くようにしなくちゃ。
『オリヴァー殿下の気に入りだか知らんが、室長室に引っ張り込まれてちょくちょく二人きりになっているそうじゃないか。共同研究などと言って、体を使ってたらしこんだんじゃないのか?』
『どうせ借金まみれだったお前が、金のために薬の横流しもやったんだろう!』
流石にこれが周り皆の意見だとは思わない。
思わないけど、実際こう考えている人もいるんだって思うとなぁ。
(きっついわぁ……)
明日から職場いけるかな。これ。
とりあえず、何か食べて寝なくちゃ。
重い体を引きずって台所へ向かう。面倒だからすぐ食べられる……あ、パンケーキ残ってたや。これ温め直して、シロップは……と、いつもの奴でいいや。
今はガッツリ甘いものが食べたい。
遅い時間にハイカロリーだとかは気にしてられるか。
甘さに癒されたいんだよ。
糖分は麻薬。麻薬結構。
甘さは人生を豊かにするんだ!
温めたパンケーキにひったひたにシロップをぶちまける。
そういえば、ノエル君も滴るくらいシロップぶっかけて食べてたな。
『妖精の小瓶』を大量に作っていた時と同じ、甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
「いっただっきまーす」
口に含んだ瞬間にシロップの甘さと香りがぶわっと脳天を突き抜けた。
あんま!
だが、それがいい!
糖分最高!
疲れた頭と心に染み渡っていくぅ!
口の端に垂れたシロップを舐めとる。
(あー、癒されるわー……)
あれ……?
ちょい待ち。
フォークを下ろし、たぷたぷになったパンケーキを見る。
焼いて一日経っているパンケーキは温め直したとは言えしおしおで、そこにシロップを大量にかけているので、美味しそうな見た目とは言い難いのだが。
いや、そこじゃない。
香り……。
シロップの甘い香り……。
なんか見落としてる。
なんだろう……?
(香り……甘い……)
今日の実験結果を思い出せ。
変色せず残ったアルコールの溶液。
あそこに私は『妖精の小瓶』と睡眠導入剤の溶液を入れた。
色はそのまま残って、甘い香りがしていた。
(でも、待って。現場から押収された証拠品はエールの匂いしかしなかったじゃないの!)
最初はこの効果を知った人間が『妖精の小瓶』を使って悪用していたのかと思ってた。
それなら、睡眠導入剤を手に入れた外部の人間にだってデートドラッグとして使うことが出来るんじゃないかと考えていたけど、シロップが混ざってればさすがにお酒の味も香りも変わるはず。
じゃぁ、これはおかしい。
でも『妖精の小瓶』は乾燥させたアジルスを煮詰めた原液をシロップで薄めたもの。
市販された『妖精の小瓶』を使ったのなら、甘い匂いがしないはすがない。
(とすると、どうなるの……?)
だとするならば、使われたのは『妖精の小瓶』じゃない。
アジルスの原液の方か!
待って、アジルスの原液なんて薬学研究所しか今は扱ってないはずよ。
それと、私が春花亭に引き続き卸してるけど、うちはちゃんと管理してて……
(アジルスの原液と睡眠導入剤をセットで渡したのだとしたら……?)
王立病院の薬の横流し……
アジルスも横流しされている……?
別々の事件だと思っていたのに、これって繋がってるの?
病院だけじゃない、薬学研究所も関わってるから室長は調査にかかりきりなんじゃ?
これってタブロイド紙で報道された内容なんか目じゃないくらいもっと大掛かりな話になるってこと……?
ロシュフォールさんは室長から不在の理由をどこまで聞いているんだろう。
室長は……薬剤師室に入った時から知っていて、ルピナス事件の時も親身になってくれた。室長の人となりは信じている。マッドサイエンティストなんて言われることもあるけど、薬に対する信念は人一倍だ。あの人に限ってそんな横流しで利益を得ようなんてするはずがない。そして、するメリットもない。臣籍降下したとは言え王族なんだもん、きっと金持ちよ。
ロシュフォールさんは室長が連れてきた人材だけど、そういえば経歴とか何も聞かされてないな。室長が信頼して任せている人物なのから、信頼して当然と思っていたけど、ノエル君の指摘も筋は通っている。
でも待って。上司で私の住所を知っていて、私を陥れたいだけだったら副院長だってそうなんじゃないの?
あの手紙の意図だけがこの事件から浮き上がっている気がする。
罪を押し付けたいなら、そんな警告みたいなことをする必要性なくない?
横流しとこの手紙の犯人は別にいるのだろうか?
では、何のために……?
思考の海に沈んだために、シロップ漬けのパンケーキは冷えて固くなってしまった。
翌日、家の鍵を閉めて外には出たものの、そのまま扉を開けて帰宅するという誘惑をなんとかして振り切る。
(あー、帰りたい帰りたい帰りたい)
黒騎士モードのノエル君と、キラキラ笑顔のアルフレッドさんと、そしてパワハラ野郎。
前二人はまぁ、贅沢な悩みなんだろうけど、最後のは論外。
そして、全部同じ職場にいるというのが大問題。
もはや空気と化すしかない。
廊下を歩く時は副院長とかちあわないようにして、ノエル君は会議室に篭ってるから大丈夫。アルフレッドさんは朝礼の後は特に声をかけられなかったし、とにかく仕事に専念だ。
タブロイド紙ショックは少し落ち着いたのか外来の患者さんも増えている。
いつものように処方箋を片っ端から調剤していく作業は心を落ち着かせてくれた。
無心に軟膏を練り上げる作業ほんと好き。
空気が入らないようにコツがいるんだよね。
ワセリンに薬剤を入れて、ヘラで練って伸ばして練って伸ばして、薬のいい香りを吸い込んだ。
(はぁー、すき……)
いい感じになったところで、これまた空気が入らないように瓶に詰めていく。
「フィオナさん、ちょっといいかな」
出来上がりにむふふと満足していたところを、アルフレッドさんの声が後ろからかかった。
いつものにこやかな笑顔だが、何かあったのだろうか?
騎士団かノエル君の調査に進展でもあった?
それか、もうすぐ室長が帰ってくるって言ってたからその話だろうか?
「はい、何でしょう? これ患者さんにお渡ししてからでもいいですか?」
「分かったよ。それ終わってからでいいから、室長室に来てもらえるかな」
去っていくアルフレッドさんを見送って、他の処方薬とをまとめて先輩にチェックしてもらう。
患者さんは慢性腰痛のお祖父ちゃんだ。
痛み止めの薬は時間を開けて飲むようにしつこく伝えて軟膏と一緒に渡す。
「じゃぁ、お大事に。また来てくださいね」
という時も「痛み止めの時間は開けるんですよ」と付け足した。
本当はご家族に一緒に来てもらって薬の管理について説明したいんだけど、お手紙でも書こうかしら。
処方箋に処理済みのサインを入れて済の箱に放り込む。
この時、なんでちょっと立ち止まらなかったんだろう?
いや、何も分かってなかったんだからどうしようもなかったんだけど。
この後怒涛の展開になろうとは、足取り軽く室長室に向かったこの時には思いもよらなかった。




