Ep.11 掛け違う
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「国家薬師と秘密のお仕事」(N9044KY)
https://ncode.syosetu.com/n9044ky/
銀杏の葉が舞い落ちる中庭には入院患者さんのお見舞いだろう子供達の笑い声が響いている。
中庭には明るい太陽が降り注ぎ、爽やかな秋風が優しく子供達を撫でていく。
私とノエル君は、ベンチに腰掛けて走り去る子供達の後ろ姿を見ていた。
無邪気に笑う女の子を必死に追いかける男の子。
ちょっと前までの私たちみたいだ。
その背中を見送って私は口を開いた。
「ねぇ、ノエル君。心配してくれてありがとう」
「フィオナさん……」
私は両手を組んで、爪先に目を落とす。
薬ばかり扱う手は、指先が乾いて荒れが目立つ。
そろそろ手入れをしないと、ぱっくりと傷が出来たりささくれてくる季節だ。
「だって、真剣に怒ってくれたってことはそれだけ心配してくれたからでしょう?
だから……、ありがとう」
組んだ私の手に、ノエル君の少し冷えた手が重なる。
二人の体温が溶け合って、少しずつ暖かくなっていった。
体温を分け合った手に、私はノエル君を恐る恐る見る。
「フィオナさん、僕はちゃんとフィオナさんの口から全部聞きたい。同僚や、室長代理なんかじゃなくて、フィオナさんに最初から教えてほしい」
ノエル君の眼差しは優しい。
そうだね。私たちはずっと言葉足らずだった。
私がもっとちゃんと伝えることを伝えていたら、こんなに悩んだりもやもやしたりしなくて済んだんだもの。お互いに仕事にも悪影響だし。この際、全部伝えなくちゃ。
「あのね。一月くらい前かな? 家のドアに『お前の秘密を知っている』って手紙が挟まってたの。その次の日も。心当たりもないし、最初はいたずらかなって思ってたんだけどね」
私の手を握るノエル君の手に力が入る。
「自宅に……ですか? それは犯人はフィオナさんの家を知っているということじゃ……なんですぐ言って……いや、続きを教えて下さい」
「うん、その後、職場の机にも同じ手紙が……」
ノエル君の手に痛いほどの力が入る。
「それで、アルフレッドさんに相談したら、送迎するって申し出てくれて」
「……そうだったんですか」
「後、タブロイド紙で事件が報道された後すぐにアルフレッドさんが私を室長に呼んだから、なんか薬剤師室に誤解が広がったみたいで。孤立しちゃって、この時も私は無関係だって庇ってくれたんだ」
ノエル君は俯いて沈黙したままだ。
内容はあらかた聞いていたにしても、衝撃の方が大きかったのかもしれない。
ノエル君の表情がだんだんと硬くなっていく。
「食事に誘われたのは残業になった日の一回だけだし、ちゃんとお付き合いしている人がいるって伝えたよ? こないだの、お酒飲んじゃったのはごめんなんだけど、ノエル君と喧嘩になってやさぐれてたというか……、ジュリーに愚痴言ってスッキリしようと思ったら、たまたまアルフレッドさんが来たっていうか……」
重ねられていた手がすっと解ける。
ノエル君の目は途中から私ではなく、目の前の木に固定されたままだ。
「フィオナさん、貴方は人がいい」
ん?
どういうことだろう?
「貴方の長所でもあり、短所でもある」
貶されてる?
何……?
「その手紙の主はロシュフォールじゃないんですか?
彼が室長代理として来た時に始まって、彼は部下の住所も知っている。」
「は……?」
思わず声が出た。
意味がわからない。
だって、そんなことして何の得が……
「貴方の職場に出入りするのも容易い。なぜなら、同じ職場で貴方の動きを把握できる」
「何を言ってるのか分からないよ。そんなことして何が……」
混乱してきた。確かに説明はつくかもしれないけど……
「貴方の不安を煽り、孤立させ、貴方に自分を頼らせる目的だったら? 貴方の心に自然に入り込んで、貴方に信頼させて……
「ちょっと、ノエル君! それはさすがに失礼だよ! 室長代理は本当に私を心配してくれて、元気に調薬してる姿の方がいいって初心に立ち返らせてくれて! そんな人をそんなふうに疑うなんて!」
私は思わず立ち上がってノエル君の言葉を遮った。
「私と喧嘩した次の日、貴方が飲みに行きたいような心理状態だったと彼は知っていた。貴方とジュリーの親密さは『妖精の小瓶』を知っているなら誰でも知っていることです。
本当に偶然でしょうか?」
ベンチに座ったままのノエル君を見下ろす格好になる。
ノエル君の顔が全然知らない人に見えた。
「フィオナさん、貴方は私と彼の、どちらを信頼しているんです?」
ぐ、と言葉に詰まった。
私はアルフレッドさんを信頼している。
優しい職場の上司、叱るべきところは叱ってくれ、優しく成長を見守って、そんな人を疑えっていうの?
ノエル君の言いたいことも分かる。
だけど、そんな冷徹な論理思考で私の頭は出来上がってない。
だって、今薬剤師室で一番信頼出来ると思っている人を失ったら、私は毎日どうやって仕事をしていったらいいの?
以前のようにノエル君が私の護衛としているわけでも、特別調査員として同じ職場に配属されているわけでもない。
室長も不在なのに……。
「すみません、フィオナさん。仕事中に動揺させるようなことを言って。話の続きは仕事が終わってから、また時間を取りましょう」
時間を取る? どうやって?
貴方、超多忙でちゃんと付き合っている時だってほとんど会えなかったし、連絡も途絶えることが度々だったのに?
不安な時、自信を無くした時、寄り添って欲しい時。
(いつも、側にいなかったじゃないの……)
去っていったノエル君のいたベンチにぽすりと腰を下ろす。
風がさらっていったのか、ベンチからはノエル君の体温すら感じなかった。
重たい気持ちを引きずって調剤室に戻る。
そうだ!
思い出した。
試したいことがあったんだった。
さっきの掴めそうで掴めなかった、事件の解決になるかもしれないヒント。
処方薬として置いてあった『妖精の小瓶』を取り出す。
それから、事件に使われたのと同じ成分の睡眠導入剤。
(まずは、睡眠導入剤を水に溶かした溶液を作る)
混合溶液は薬の中の着色料が水に反応して緑色に染まった。
睡眠導入剤を、誤飲を防ぐために青く着色してあるアルコール製剤に入れる。
緑と青の着色剤が混ざって、濃い青緑色になった。
ここまでは想定通り。
(今度は睡眠導入剤の溶液を新しいビーカーに取り分けて、『妖精の小瓶』を混ぜる)
いつものシロップの甘い香りが漂う。
『妖精の小瓶』はシロップの色で黄金色をしているが、混合した溶液は睡眠導入剤の着色料が買って緑色のままだ。
最後に『妖精の小瓶』、睡眠導入剤の緑色をした混合溶液を、青いアルコール製剤のビーカーに混ぜる。
(———————————!)
溶液は一瞬濃い青緑になったと思うと、混ぜていくうちに「青色」に戻った。
一瞬の変色。
変わらないアルコール製剤の色。
睡眠導入剤の成分だけ残る。
(これか!)
色を消す効果が着色料にだけ発揮され、本来の酒の色を消す効果が打ち消される。
酒を変色させるアジルスの効果の多くは解明されていないが、こんなことにも転用できるなんて!
これを発見したのは誰だろう?
アジルス研究は王立の薬学研究所が主体となって行っているはずだ。
うちのドレイク室長も出向してた。
こんな効果のレポートは薬学研究所からは出されていない。
どこかで握りつぶされた?
待て待て待て。
落ち着いて考えよう。
一番最初にルピナス事件があった後、私はドレイク室長と連名で『妖精の小瓶』の効果と原料となるアジルスについての研究発表をしている。
そこから、王太子殿下の命で王立薬学研究所がアジルスの栽培と効果研究をするというので、アジルスを乾燥させて粉末にしたものを持ち込んだ。
こんな効果が出ることは私も室長も知らなかったはずだ。いや、知らないよね? 多分。
私は室長に酒の色をなくす効果についてしか話をしていない。
どっちかというと色を消す、色を打ち消し合う、という連想ゲームから発想を得たようなもので、実際の事件で結果がわかっていたからこそ導き出せたようなものだ。
ここまできてはたと気付く。
(これってアルフレッドさんに報告、……していいの?)
ノエル君は手紙の件でアルフレッドさんを疑っている。
確かに、筋は通っている。犯行も可能だろう。
もし何かの意図があって、私を孤立させようとしたのだったら、あのタブロイド紙の直後に私を室長室に呼び出したのだってそのせいだったって言えるんじゃないの?
アルフレッドさんの優しい笑顔が頭をよぎる。
ノエル君の心配そうな顔……。
(どっちを信用すればいいんだろう……?)
欲しかった手がかりを手に入れたはずなのに、私は青い液体の入ったビーカーを手に途方にくれた。
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次話は翌日 AM6:00 予約投稿です。




