Ep.10 蛇の杖
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「国家薬師と秘密のお仕事」(N9044KY)
https://ncode.syosetu.com/n9044ky/
夕暮れに包まれた王都は、今日は一段と冷たい風が吹いている。
私の今の心模様を表しているようだ。
冷えるなぁ。心が。
酒場や屋台から流れてくる暖かい煮込み料理の匂いと、帰宅を急ぐ人々の喧騒が渾然一体に混じって雑多な夕暮れの香りとなって私たち二人を包む。
薬剤師室を出た私とアルフレッドさんは通りを並んで進んでいた。
溢れるほどに出ていた涙は、乾いた風に攫われて消えている。
そして、アルフレッドさんは私の気持ちが落ち着くまでそっとしておいてくれた。
(ノエル君に誤解させたまま、何も言えなかったな……)
陶器の彫像のようになったノエル君の顔が過ぎる。
握りしめられた手は少し冷たかった。
会えない間、あんな風に思ってたのか。
そりゃ、彼女が職場で浮気しているかもしれないなんて同僚に聞かされたんじゃ、落ち着かないし薬剤師室に来た時の態度が固かったのも頷けるよ。
でも、私は誓って何もしてないし、アルフレッドさんとだって適正な距離を保って接している。
ちゃんとそれはアルフレッドさんの口から説明してくれたけど、どこまで伝わっているのか……
何より一番ショックだったのは、
(信用、されてない……)
だよねぇ。
ちゃんとノエル君のこと好きだよって何度も何度も伝えたつもりだったんだけど。
私がそう思ってただけで、ノエル君には伝わってなかったのかなぁ。
すぐにふらふらするような女だって思われてるってこと?
それとも、ノエル君の溺愛執着具合が頭おかしいだけ?
それにしたって悲しいよ。
思わず深いため息が溢れた。
「落ち着いた?」
アルフレッドさんが歩きながら苦笑いをしている。
「すみません、なんか助けて頂いたみたいになっちゃって」
残った涙の後をハンカチで拭う。
明らかに泣いた後と思われる女を連れて歩かせたアルフレッドさんに申し訳ない気持ちになった。
本当に申し訳ありません。
「まぁ、原因の一端は私にもあるわけだから、こちらこそ申し訳ないことをしたね。
何度でも言うけど、君は悪くないよ。ちゃんとお付き合いしている男性がいることも最初に教えてくれていたし、その後の誘いは断ってたろう? こないだ、君のいる店に後から行ったのだってたまたまの偶然だ。彼が疑うなら何度だって同じ説明をするさ」
なんてことない風に言ってくれるアルフレッドさんは大人だ。
私たちがばたばたともがいているだけなのに、ちゃんと向き合ってくれる。
「でも、彼も忙しいのはわかるけど、君たちはちゃんと話し合うべきだと思うよ。お互いに誤解して、誤解されたままだと辛いでしょう?」
「……はい」
正論にぐうの音も出ない。
歩きながら俯いてしまう。
「別に責めてるわけじゃないよ。ただ、君の気持ちを整理するためには必要なことじゃないかな。私生活が不安定だと仕事にも影響出るから」
「仕事は……ちゃんと取り組んでいるつもりなのですが……」
「フィオナさん、気付いてない? こないだの記事が出てから調剤室で上の空だよ」
「えっ……?」
右から左に作業していたのを見られていた?
確かに薬剤師室で微妙な立場になってから、調剤に身が入っていなかった自覚はある。
外から見ても分かるほどだったなんて……。
「それって患者さんに真摯に向き合っているって言える?」
「あ……」
頭をガツンと殴られた気がした。
どの口が仕事にちゃんと取り組んでいるなんて言ったの?
こんな気持ちで患者さんと向き合っていたなんて。
『国家薬師』だって胸を張って言える?
ハッとして表情を固くした私に、アルフレッドさんは優しく笑った。
「そうそう、いつものフィオナさんじゃなかったでしょ?
私は元気に薬を届けているフィオナさんの方が好きだな」
「そうですね、ちゃんと自分の仕事に向き合えていませんでした。
初心、忘れちゃいけませんよね……」
恥ずかしくなって頬が赤くなっている気がする。
ちゃんとしろ、フィオナ。
気持ち、切り替えよう。
上を向いて街明かりに薄くなった星を見上げる。
大きく息を吸って、そして吐き出す。
「はい、明日から、頑張ります!」
アルフレッドさんは頷くとにっこり笑ってくれた。
「よし、いい返事だね。
きっとそろそろ室長も帰ってくるから、この騒動もそれほど長くはかからないと思うんだ。」
「室長が、ですか?」
そういえば、室長がどこで何をしているのかは謎のままだ。
薬剤師室がこれだけ荒れているのに、肝心の責任者である室長は何をしているのだろう?
薬の横流しとか一番に疑われそうなもんなのに、誰も室長について言及してないな。そういえば。
「あまり詳しくは言えないけどね。心配しないで」
優しく微笑むアルフレッドさんの背中を追いかけて、私は通りを早足で歩いた。
翌日、気持ちを新たに処方箋を手に調薬に取り組む。
初心を忘れず。
ちゃんと患者さんに向き合って。
薬を必要な人にお届けする。
『国家薬師』の免状を貰った時の気持ちを思い出す。
(そうだ、これをやりたくて私は薬剤師になったんじゃないの)
時間があっという間に溶けていく。
昨日までが嘘のように、仕事に向き合えている自分を感じる。
(思い出させてくれたアルフレッドさんに感謝しなくちゃ!)
医師に処方の確認をしにいく足取りも軽くなった。
階段をたんたんと駆け上がった先で、人だかりが出来ているところに出くわした。
中心には王立病院の院長がいる。
(あ、院長の回診時間だった?)
院長の隣には副院長、病棟の医師たちがぞろぞろと続く。
担当の医師が回診に混ざっているのなら、出直した方がいいかもしれないな。
回診の中に担当の医師がいるかどうか目をこらした。
すると、副院長と目が合った気がする……。
気のせいだろうか?
目が鋭い。
私は副院長とはこちらが一方的に顔を知っている程度しか面識はないはずなのだが、副院長は私のことを知っているのだろうか?
(なんか睨まれている気がするんだけど……)
頭にはてながいっぱい浮かんでは消えていく。
院長の回診の一団を見送って、私は調剤室へ踵を返した。
病院の中央階段を降りる。
いつもは調剤室がある方を降りているのであちらの階段は薄暗いのだが、中央階段は患者さん、入院する患者さんの受付もあるため二階までの吹き抜けになっている。正面入り口の上部には、王室の紋章と医療の象徴である蛇の杖をあしらったステンドグラスが嵌め込まれている豪華な作りだ。色とりどりのガラスが日差しを受けて、階段に彩りを添えている。
(…………?)
手元の処方箋を見た。
何かが足りない。
(これ、要確認の赤字が入っていたはずだけど……)
処方箋をよく見ようと動かした時に気付いた。
色だ。
ステンドグラスの色。
赤いガラスの光が当たっていた時、赤い字で書かれた文字が消えた。
赤い光が赤い字を消す……。
ちょっと考えて……。
何か、何かあったはずよ……。
色を打ち消す……。
脳裏をピンクの小さなガラス瓶に入った薬が過ぎる。
『アジルスにはお酒の色をなくしてしまう特性があるんです』
『アジルスは今、王都でも栽培の研究がされていて……』
『室長はアジルスから麻薬ルピナスの特効薬を……』
被害者に混ぜられた薬。
一瞬だけ変色した飲み物。
着色料が入っているはずの睡眠導入剤……。
(もう一歩だ。もう一歩で何か掴めそうなのに!)
「フィオナさん」
自分の思考の世界に入り込んだ後ろから声をかけられて、飛び上がるかと思った。
階段の上には黒い騎士様のノエル君が佇んでいた。
『君たちはちゃんと話し合った方がいい』
アルフレッドさんの言葉が蘇る。
そうだ、ノエル君とどうなるかを決めるのは、私たちの気持ち次第だ。
「少し、お時間いいですか?」
ノエル君の声は、昨日の喧嘩別れのためか固く聞こえる。
ちゃんと、二人で向き合って話をしなくちゃ。
私たちに足りないもの、
沢山あるはずだよ。
「いいよ、中庭にいく?」
黙って頷くノエル君を連れて、私は中庭へと続く通路へ足を向けた。
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次話は翌日 AM6:00 予約投稿です。




