Ep.09 三角形
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「国家薬師と秘密のお仕事」(N9044KY)
https://ncode.syosetu.com/n9044ky/
調剤室に戻った私は、少ないながらも処方箋を処理する通常業務に戻った。
薬の説明をする時の患者さんは不安そうだが、大丈夫ですよと声をかける。私たちは自信を持って何もやっていないのだから、堂々としていればいい。
それにしても薬の横流しかぁ。
睡眠導入剤だけではないってアルフレッドさん言ってたな。
それこそ役付きの鍵がかかっている場所から紛失した劇薬なんだとしたら、持ち出せる人間は限られてくるのではないの?
そんな分かりやすいことするだろうか?
大体、うちの薬剤師室の室長はあんなポヤンとした見た目はしているけれども王弟殿下だ。
あの王弟殿下を出し抜いて、薬の横流し……。
毎月、業者の納入時には在庫を管理していて差分を購入するわけだから、室長のところで数字がおかしければすぐに分かるはずだ。
それを分かっていて、抜いた……?
(室長の責任にしようとしたのか……?)
そして、今回は『首を突っ込むな』とアルフレッドさんからも強く言われているしなぁ。
これ以上横流し事件の方を考えるのは危険な気がする。
ノエル君も捜査に加わっていることもあるし、私がヤキモキしても始まらないのかなぁ。
それから、もう一つ。消えた睡眠導入剤の着色料。
犯罪に使われていたのが睡眠導入剤と同じ成分なのは私も確認したから間違いはない。
これが、在庫が消えた睡眠導入剤が犯罪に使われたのか、はまだ確定にはならないだろう。
被害女性は一瞬色が変わったと言ってたのが、着色料が一瞬発色してまた消えた?
消える成分を同時に混ぜたのか?
じゃぁ、その物質って何?
何もかもがわからんすぎる。
あの手紙もずっとあれから音沙汰無しだし、私の方だけいたずらで収束したとしても……う〜ん。
色……。
着色料……。
消える……。
なんか出てきそうなんだけどな。何が引っ掛かっているんだろう?
終業時間になり、先輩方もぱらぱらと帰り支度をして帰っていく。
誰もいなくなった調剤室で、私も机を片付けて帰り支度を始めた。
秋も深まり、夜になる速度もだんだんと早くなり始めている。
日の傾いてきた窓を順番に閉め、カーテンを閉めていく。
明かりを落とし、薬棚の戸締りを確認する。
カバンを手にした時、入り口に人影が差した。
「フィオナさん……」
そこには黒い騎士服のノエル君がいた。
私たちの間には数歩分の距離。
「フィオナさん、こないだはすみませんでした。自分の気持ちを押し付けるみたいなことをして、フィオナさんを怖がらせて……」
ノエル君の顔は怒られたいって言ったあの日みたいに泣き笑いのような顔をしている。
私の方が謝ろうと思っていたのに、先に謝らせてしまった。
「ううん。私こそごめんね。忙しいのに来てくれたんでしょう? 追い返しちゃって、ごめん……」
持ち上げようとしていたカバンをそっと置く。
謝ったはいいものの、私は何に対して謝罪をしているのだろう?
「それは……そうなんですけど……、でも、フィオナさん」
ノエル君と目線が合う。
どちらも距離を詰めることはしない。
「あの……、ロシュフォール室長代理とは……その……」
凄く言いにくそうだ。
これはもうこちらから言ってしまった方がいい。
「ロシュフォール室長代理は上司だよ。とても親切で、優しくしてくれる。わけわかんない手紙が来た時も、私が孤立しそうになった時も庇ってくれたし、頼りになる人だよ」
ノエル君の顔がハッとして止まる。
「手紙……わけわかんない手紙って何のことです? 僕、一度もそんなこと聞いてませんよ……、それに、職場で孤立していたってどういうことですか? この薬剤師室で? フィオナさんが?」
あ……。
相談しようと思ってはいたのに、何も相談できていなかったんだった。
「待ってください。フィオナさん、私には何もなくて、ロシュフォールには相談したんですか……?」
顔からどんどんと表情が抜け落ちていく。
あの壁に押し付けられた日のように、ノエル君の顔が陶器の彫像のようになる。
「だ……だから! アルフレッドさんは職場の上司で!」
「でも、彼氏の私には相談しなかった」
ノエル君が一歩踏み出す。
「それは、ノエル君も忙しかったからだよ! 大体、職場の事は職場で解決するのが……」
「貴方の心に一番寄り添わなきゃいけないのは私じゃないんですか? それとも、フィオナさんには年下の私はそんなに頼りないですか? 辛い気持ちを打ち明けることも出来ないくらいに!」
だって、と、だから、しか出てこない。
実際相談しようとは思ってた。でも、出来なかった。
こんなに喧嘩して気まずくなるなんて、あの時に想像できただろうか?
これ以上、何を伝えたところでこないだの喧嘩の続きにしかならない気がした。
「ごめん、ちゃんと相談したいとは思ってた。それだけは信じて」
「職場の同僚に聞かされたんです」
ノエル君の目がすっと細められた。
そして、もう一歩。
「フィオナさん、貴方とロシュフォールが二人で酒場から楽しそうに出てくるのを見た、と。しかも一回だけじゃないそうですね」
………確かに一緒に食事をしたことはある。
ちょっと待って。
(これって浮気だと思われてるってこと……?)
「アルフレッドさんと食事に行ったのは、遅くなったから食べて帰ろうかってなっただけだよ! そんな邪な感じじゃないし! アルフレッドさんに失礼だよ!」
「二人きりで行く必要がありますか? 上司が未婚の女性を二人きりでお酒のある席に誘うなんて十分セクハラ案件ですよ。それに、彼は貴方に好意を持っていることを既に伝えていますよね。貴方の方にも気があると考えていいんですか?」
「酷い! 酷いよ! ノエル君、私そんな事、これっぽっちも考えてない!」
「じゃぁ、私がいる時以外はお酒は飲まないで欲しいって約束は?」
……こないだ喧嘩の後にヤケ酒をした。
そこにアルフレッドさんが来て散々愚痴をぶちまけて飲みまくった。
帰りも送ってもらった。
黙る私にノエル君が最後の一歩を詰める。
彫像のような顔が暗がりに浮かぶ。
「酔って男と家まで帰った……」
ノエル君の手がゆっくりと持ち上がって私の涙に触れた。
あまりの口惜しさに私の目からはぽろぽろと涙が溢れている。
涙の跡をノエル君の指先がつたう。
「そこまでにしてください」
二人で入り口を見ると、そこにはアルフレッドさんがいた。
帰り支度をして佇んでいる。
「フィオナさんを一方的に責めるのは筋違いです。食事には私が誘いましたし、居酒屋で彼女と一緒になったのは偶然です。ちゃんと彼女は貴方に配慮していましたよ」
下ろされたノエル君の手が私の手を取った。
ノエル君の目はアルフレッドさんに固定されたまま、私の手をぎゅっと握りしめる。
「フィオナさん、帰るんでしょう? 送ります」
ノエル君が私の手を引こうとするが、私は立ち止まったままだ。
足が床に吸い付いたように動かない。
涙顔の私を見て、アルフレッドさんが眉を寄せる。
「それから、グレンジャーさん、副院長がお戻りです。事情聴取をするのであれば、今行かれた方がいいでしょう。彼女は私が送って行きます」
ノエル君の手が強張る。
私はそっと握られた手を離した。
静かにカバンを取り、入り口に向かう。
ノエル君の手が追いかけるように伸ばされて空を切った。
「ごめんね、ノエル君。仕事あるなら仕事頑張って……」
ノエル君の顔を見ることができない。
アルフレッドさんがそっと肩に手を添え、出口へ促してくれる。
私は室長代理の優しさに甘えて、そのまま薬剤師室を出た。
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次話は翌日 AM6:00 予約投稿です。




