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二角のコメディ

楽しい姥捨山

作者: 二角ゆう

数ある中からお話を選んで下さり、ありがとうございます!

「あのさ、母さん、そろそろ⋯⋯」


 私の目の前には息子夫婦と3歳になる孫。


 こちらが申し訳なくなりそうなほど、身を縮めて話を切り出す息子。


(もうそんな歳なのね)


 男性は平均して女性より早く亡くなってしまうため、女性だけがぽつんと残る。


 その例外はなく、主人も早くに亡くなってしまった。


「えぇ、分かっているわ」


 私は荷物を詰め始めた。


(何日かかるか分からないから、思い出のものも少し持っていきましょうね)


 私は引き出しを開けて、息子や孫からもらった絵を丸める。その隣にしまってあったのは、息子の奥さんからもらった手紙。


(美香さん、気まずいはずなのに、一緒に住んでくれて、本当に有り難かったわ)



 ───────────────


 ここは姥捨山──。


 とても静かに落ち着いた様子で縄の前に降り立った。


 息子夫婦と孫は頬を濡らしながら山の入り口に立つ。


 村と山の境界線に縄を張って、誰も立ち入らないようにしている。


 入れるのは『捨てられる者のみ』というのが村の絶対のルール。


 胸はきゅっと締め付けられながらも顔を上げると、皆の泣き顔がこちらに向いていた。


「ばあちゃ、ばあちゃ」

「お義母さん、今まで本当にありがとうございました」

「母さん⋯⋯またね」


「皆、元気でね」


 名残惜しんでは、いつまでたってもお別れ出来ない気がしたので、足早にロープをくぐる。


 息子に手伝ってもらって家出人のような荷物をなんとか担いだ私は、振り返らずに山の中へと入っていった。


 しばらく歩いていると、聞き覚えのある声で呼びかけられる。


「あら、朋子さん?」


 少し奥に見えるのは、2歳年上の──。


「滝子さん!!」


 ふくよかでおっとりとした滝子は急いでいるはずなのに、スローモーションに見えた。


「朋子さんは今日だったのね。早く皆に顔を見せに行かなくちゃ」


 喜びの含んだ滝子の声に安心を覚える。


 が、明るすぎる滝子に疑念がじわりと生じる。


 滝子の後ろを付いて行くと、洞穴が見えた。


(そうか、皆この中で暮らしているのね)


 私は何も無い山にひっそりと暮らし続ける人たちを想像して顔を歪めた。


 十分前の自分に早く伝えてあげたい。


(暮らしていた村よりすごく洗練されているじゃない!)


 洞窟の中とは思えないほど、街が広がっている。


 2階建ての建物も多いし、人工太陽のような強い光魔法で、昼間になっている。


 道も整備されていて、お店のようなお洒落な看板が道路を面した建物から突き出ている。


「皆さ〜ん、朋子さんが来たわよ〜」


 お茶会に呼ばれてやってきた人のような普段通りの滝子。


 よそよそしいのは私だけ。


 わらわらと集まってきたのは、今まで姥捨山に連れられていった人たち。


 ザ・おばちゃんズ、だ。


「皆、お元気そうで⋯⋯」


 喉の奥が締め付けられて、言葉が止まる。


「人情に溢れる朋ちゃんらしい反応ね」


 その奥に座っている人物を見つけると朋子は駆け寄った。


「陽子ばぁ!」

「朋ちゃん、元気そうだねぇ」


 時を刻んだ皮膚には幾重もの皺があったが、その表情はいきいきといている。


 話を聞くと、この山には結界を張っているそうだ。


 念の為、外から見えないように、洞窟で暮らしているが、見ての通り外と変わらない──いや、外より良い暮らしだ。


「実はね──」


 そう言いながら、連れられてきた先には、30人入っても隙間が目立つほど大きな転移魔法陣。


「もっと小さいのもあって、それは2人までだから、出稼ぎ用なの」


 どこか違う場所まで働きに行っているみたい。


「この国は遅れているから、こんなババたちに仕事はさせてもらえないんだけど、他国では喜ばれるのよ~」


 ロープの外とは言え、他国は外とカウントしないみたいだ。


 皆、出稼ぎに行っているようで、行った先の食べ物や洋服、台所用品など、生活用品も充実している。


 洞窟内は物々交換で成り立っているらしい。


「朋子さんは料理が上手だから、料理に特化したナニーも良いし、ギルド近くのダイナーでも喜ばれそうね。あ〜朋子さんのTボーンステーキ、また食べたいわぁ」


 滝子はうきうきと話している。


「滝子さん、せっかくだから今年は別のところに旅行に行かないかしら?」

「茂子さん、それ、すごくいいわね!」


「さすが茂子さんだわ」

「茂子っ、茂子っ」


「で、いつ行く?」


 おばちゃん特有の流れ──いきなりの提案に、具体的な日付まで決定。


 そして、矢のような時間が過ぎ、旅行の当日となった──。


「はーい、皆さん、これつけ忘れないようにね」と登紀子。


 お揃いの熊鈴のようなキーホルダー。


 皆、リュックに付けていく。


 山でも登るような大きなリュックを背負うと、肩がとても楽に感じる。


 私は驚いてくるくると回っていると、「それ、重さ軽減転移魔法、というか身体強化のアイテムよ」と教えてくれる。


「滝子さん、どっちも入ってるわよ~」

「ちなみに防御系のアイテムは登紀子さんがいつも作ってくれるのよ」


 登紀子が朋子に近づくとブレスレットを手渡してきた。


「朋子さんは初めてだから、防御ブレスレットもあげちゃう」

「ありがとうございます!」


 和気あいあいとした雰囲気に、心が躍り始める朋子。


 茂子が長傘のような魔法の杖を転移魔法陣につける。


 杖の先から魔法陣の大円の縁に向かって光が灯り始める。


「皆、円から出ないでね。転移するわよ」


 目の前が真っ白になった。


 ───────────────


 とある国、他国と激戦中──。


 そんな上空に現れた朋子たち。


「あらまぁ、困ったわ」

「茂子さん、座標読み間違えたわね」


「あら、本当だわ」


 井戸端会議が始まりそうな和やかな会話。


 突然、上空に現れた朋子たちに新たな敵勢と勘違いした両国。


 魔導師たちは杖をこちらへ向けてくる。


 地上で戦ってる戦士たちも頭を上げる。


 こちらに視線が集中するのを確認するとリュックからガサゴソと魔法の杖を探し始める一行。


「ねぇ、こちらに魔法弾山程撃ってくるみたいよ」

「そしたら皆、撃ち落とすわよ〜」


 いそいそと魔法の杖を構えて円を描く。


「あっ、私のリュック!!」と茂子の悲しい声。


 茂子のリュックが残酷にも空中へ投げ出された。



 拾う間もなく、魔導師から繰り出された魔法弾が直撃。


 リュックに入っていた飴やお菓子が勢いよく四方へ飛んでいく。


「あー!!」と茂子の叫び声。


 その破片さえも魔導師たちは魔法弾で跡形もなく消し去った。


 風に乗って焦げた嫌な臭いが鼻の奥に付く。


 そのすぐ後に凄まじい音。



 両国の魔導師たちが一丸となってこちらへ攻撃してくる。


 丸い球は私たちを包みこんで、魔法弾を次々に弾く鈍い音。


 それでも耳を覆いたくなるほどの轟音だ。


「登紀子さんすご〜い!」

「守りの登紀子は健在よぉ」


「攻撃するのも嫌だし、どうにかならないかしら」


「絶対許さないわ。ボンってやってピカーってして脅かして隙を作るのはどうかしら」と魔導師に恨みを持った茂子の提案。


 ざわざわ⋯⋯


 ボンで、ピカー??


「茂子さん、それじゃあ分からないわよ〜」

「ちょっとタイム。作戦を練るわよ〜」


 登紀子が目眩ましの光魔法を空いっぱいに撃った。


 周りの魔導師が四方に逃げた。


「ほら、登紀子のピカーでしょ?」

「なるほど〜」


 ザ・おばちゃんズは、極端に少ない言葉で分かりあえるのだ。


 茂子は皆に作戦を伝える。皆、ふんふんと頷いている。

 必要なところに必要な役割。


 言わなくても本人たちが勝手に手を挙げて役割を担っていく。


「さ、始めましょう」


「本当に良いんですか?」

「もちろんよぉ」


 朋子は不安でいっぱいだった。


 茂子は魔法の杖を前に傾けると炎魔法と水魔法の両方を使って霧を作り出した。


 その霧はどんどん大きくなる。


 そこへ登紀子が強烈な光を拡散させて視界を奪う広域魔法を使う。


 そこへ滝子が氷魔法で氷を作りながら壊すと、轟音が上空から地面へと降り注いだ。


「朋子さん、今よ」


 なぜか大役を任された朋子。


 大丈夫かな⋯⋯。


『なんかすごそうな岩の像を作ってね』


 何とも無茶振りだった。


 息を呑んだ。頭には息子からの手紙がよぎる。そして魔法の杖を押し出す。



 みるみる出来上がってくる、土魔法による岩の巨像。


 霧に現れた大きな影。


 頭には二本の突起物が生えていて大きな身体。




「「「わぁああぁぁぁ!!!」」」



「魔王が現れたぞー!!」


 両国は大混乱。


 そのうちに茂子は転移魔法を起動させた。


 さすがに息の上がった茂子。


「朋子さん、さっきのは何だったの? 魔王?」


「⋯⋯昔、息子からもらったママの絵の私です」


 それを聞いて笑い始める皆。


「朋ちゃん、工作のセンスが異世界レベルなの忘れてたわ〜」

「朋子さん、すごくいい出来だったわ」

「頭についてるの、何だったの?」


「あれは飾りですね」


 息子なりに私に可愛さを足してくれたらしい。




 それから──。


 間違えて朋子たちが訪れた両国は戦争を止めた。

 そして魔王を倒すために連合軍を作るのだった。


 しかし、唯一戦地に残った物。


 ──戦火で煤け、ところどころ焦げている股引ももひき。


「これを手掛かりに、魔王の居場所を突き止めよう」

「魔王って寒がりなんでしょうか」


 股引きをつまみ上げたスパイが訝しそうな顔をする。


 両国のスパイ機関はそれぞれ大々的に探し始めた。


「最近、ザ・おばちゃんズという最強魔女軍団がいるそうで⋯⋯」

「そうか。よし、連絡を取れ」






「はっくしゅん」

「茂子さん、風邪? 明日から延期してた旅行に行くんだから早く寝て明日に備えてよね〜」


「私ったら人気者みたい〜」


「さすが茂子さんだわ」

「茂子っ、茂子っ!」


 周りからの賑やかな笑い声。


 ザ・おばちゃんズの穏やかな夜はゆっくりと更けていった。

お読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただければ幸いです。

また、誤字脱字がありましたら、ぜひご連絡お願いします!

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姥捨山という重いテーマから始まった物語がまさかの最強おばあちゃん集団の冒険譚になるギャップがとても面白かったです笑 最初は切ない気持ちになりましたが、山の中の生活が村よりも洗練されていてしかも出稼ぎま…
特養老人ホーム・姥STAY山か。 きっと、爺STAY山もあるに違いない(なんそれ)。 姥捨て山を快適空間へと作り替えた原初の婆さんの物語が気になる。結界張って、中にいる間はそれ以上、歳を取らない的な…
 この発想はなかったです。こんな楽しい姥捨山があったら最高ですね。そしておばちゃんズ強い!!  角に見えたのは多分リボンだと思いますよ〜。
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